人生初のピアノコンクールを終えて、半年間を振り返る | 米津真浩先生のレッスン記録
レッスンスタジオに向かう道すがら、私は泣きそうだった。
久しぶりのレッスンを待ち遠しく思っていたはずなのに、いざレッスンの時間が近づくと「帰りたい」という気持ちが抑えられなくなっていた。
半年前、この日から私の「愛の夢」は始まった。
先日、第1回PiaDOORクラシックコンクールに参加し、人生初のピアノコンクールを終えました。
今回は順位を競うコンクール部門ではなく、順位なしで演奏に対して先生から講評をいただくステージ部門への参加でした。
この半年間、プロピアニストの米津真浩さんのレッスンを受けながら、リストの「愛の夢 第3番」と向き合ってきました。
ひどすぎた2年前の「愛の夢」 ー 絶対にリベンジしたい!
今回コンクールに挑戦しようと思った1番の理由は、約2年前の発表会にあります。
大人になってから初めてのピアノ発表会で、「愛の夢」がそこそこいい感じに弾けたらピアノはやめるつもりでいました。
でも、2年前の「愛の夢」は自分の中で「後にも先にもこれ以下はない」と言い切れるくらいひどい演奏で、しばらく引きずるほど悔しかったのを覚えています。
だからこそ、「もう一度、人前で自分なりに納得できる演奏でリベンジしたい」という気持ちがずっと心の中にありました。
PiaDOORクラシックコンクールを選んだ理由
そして、数あるコンクールの中でなぜPiaDOORクラシックコンクールを選んだのか。
去年観たPiaDOORのYouTubeで印象深かった動画があります。
そしてYouTubeを通して2026年に新しくコンクールが開催されることを知りました。
今年に入り、まだ審査員が発表される前のこと。
米津さんのレッスンにお伺いした際、スタジオの玄関にPiaDOORクラシックコンクールのチラシが置いてあるのに気づきました。
「え、もしかしてご関係者様…?」
そして後日、コンクールのHPで正式に米津さんが審査員として選ばれたことが発表されました。
あああああ、やっぱり!!
「愛の夢」は有名で定番のクラシック曲だからこそ、完成度を上げてしっかり見ていただける機会が欲しいと切に願っていました。
米津さんが携わっているコンクールなら間違いないと思い、PiaDOORクラシックコンクールへの挑戦を決めました。
本音を言えば、「愛の夢」で順位のつくコンクール部門に挑戦したい気持ちもありました。
でも今年はピアノに対して気持ちが沈んでいる時期が続き、順位を争う部門はもちろん、今回のような順位のつかないステージ部門にすら出られるかどうか、かなり悩みました。
「そもそも人前に立てる状態なのか」というところから、自分に問い直す日々でした。
冒頭の「帰りたくなって泣きそう」は、まさにこの葛藤を抱えたままレッスン初日を迎えた日のことです。
レッスン1回目 (3月)― 土台から作り直す
大人のくせに半泣きでレッスンスタジオに着いた私でしたが、「愛の夢」自体は「ある程度は弾ける状態」で行ったつもりでした。
独学と前の先生のレッスンを繰り返しながら数年間弾いてきた曲だったので、細かい修正が入るくらいだろうな、なんて内心では余裕をぶちかましていたのです。
でも弾き終わってすぐ、米津さんから「今日でだいぶ変わると思うよ」と言われました。
……はい、その通りでした。
特に衝撃だったのが指使い。
今まで一度も見たことのない指番号が次々と出てきます。「え、これで特許取れるんじゃないですか?」って本気で思うくらい。
しかも弾いてみると、恐ろしく合理的でびっくりするほど弾きやすい。
また、左手の和音の弾き方が前の先生とは真逆のアドバイスをされ、「これは直すの大変だ」と絶望しました。
「今までの弾き方を修正する」んじゃなくて「ゼロから作り直す」という覚悟に切り替えないと。

米津さんから「なんか本番あるんだっけ?」と聞かれました。
レッスンを予約した時点では「夏のコンクールを目指してます」と書いていたのに、その日はっきり答えられず「やめるかもしれません」と伝えました。
我ながら、なんとも歯切れの悪いスタート
レッスン2回目(4月) ― メロディーを際立たせる
2回目のレッスンでは、指使いはまだ完全に馴染んでいなかったものの次の課題に進みました。
米津さんの一言はシンプルでした。
「メロディーが全然聞こえない」
……実はこれ、自分でも薄々気づいていた。
「愛の夢」はメロディーが内声に隠れていたり、伴奏の音数がメロディーと比べて多かったりで埋もれやすい曲です。
1番聴かせたいはずの旋律がちっとも前に出てこない。
メロディーを際立たせるための弾き方をじっくり教えていただき、何度も何度も何度も同じフレーズを弾きました。「まだやるの?!」と思うくらい。
そのくらい一音一音の細部までこだわって妥協せずに練習することが大切だということを教えていただいていたのでしょう。
米津さんはまた「本番あるんだっけ?」と聞いてきましたが、気持ちの沈みもあって人前に立つこと自体への迷いが。
ちょうどこの頃、PiaDOORクラシックコンクールの審査員が発表され、そこに米津さんのお名前があるのを見つけてなんだか気恥ずかしい。
でもせっかくなので、コンクールに出ようか悩んでいることを米津さんに話してみることに。
すると「ぜひ!」という前向きなお返事。とはいえ、その日はまだ出場宣言をすることができませんでした。

レッスン3回目(6月) ― 表現を深める
米津さんから「OK!よく頑張った素晴らしい!!」と言われた瞬間、「ほえ?」と気が抜けました。
レッスンでこうしてストレートに褒めていただくことはほとんどないので、積み重ねてきたものが少しは出せたみたい。
そしてこの日もまた、米津さんから「本番あるんだっけ?」と聞かれました。初めて「PiaDOORクラシックコンクールのステージ部門で出ます」とはっきり宣言し、ようやく自分の中で腹が決まった瞬間でした。
「2ヶ月あれば全然大丈夫!余裕ある」って言っていただけて嬉しかった。
そして次の課題は「メロディーを少し崩す」
ただ音を並べるんじゃなくて、フレーズに自然な揺らぎや強弱を作ること。
私が音量を全然出せていないというのを示すために、穏やかでお優しい米津さんがいきなり鍵盤をグーで力強く叩き出した光景は衝撃的でした。

レッスン以外で挑戦したこと
レッスンだけではなく、人前で弾く経験も積みました。
まず参加したのは、本番と同じようなサイズのフルコンサートグランドピアノがある会場で開催された弾き合い会です。

また、以前から弾いてみたいと思っていた憧れのカフェでも演奏する機会がありました。
カフェ①
カフェ②
どれも貴重な経験ではありましたが、思っていたような演奏はできませんでした。
人前で弾くことの難しさを改めて突きつけられて、ちょっと自信をなくした時期でもありました。
最後のレッスン (7月)― 雲行きが怪しい
この日、米津さんが「PiaDOORで愛の夢だ!」と、私の曲名まで覚えていてくださったのが嬉しかったです。
1回目から毎回「本番あるんだっけ?」と聞かれ続けていたので、たくさんの生徒様を抱えてお忙しい中、感激!
最後のレッスン前、私はとにかく忙しくて思うように練習時間を確保できませんでした。
「ちょっと今日は自信ないです」って言ってみたら、想像を遥か上回る勢いで
「なんでなんでなんでなんでなんで???」
結局、「今日はマイペースで大丈夫ですよ」と優しくしてくださいましたが…
明らかな練習不足で、前回のレッスンでできるようになっていたはずのことがじわじわ後退していました。
また伴奏が大きくなってしまい、「メロディーが聴こえない」という、一度やった課題に逆戻り。
さらに、このタイミングで初めて楽譜の読み違いがあると指摘された箇所が。半年やってきて今さら?!みたいな。
でも、見つかった課題も含めて今の自分の実力。
本番までにやるべきことは明確。
「徹底的に音のバランスに気を付ける」
「同じフレーズを何度も弾く」
頭では分かっていても、本番の約1ヶ月前からなかなかピアノに集中できず、気づけばコンクール前夜にまさかの一夜漬け。
こんな状態が事前にわかっていたら確実にコンクールには申し込まなかったでしょう。

コンクール前日に焦って片手練をしている様子
本番があったら、今までは平日でも2時間は練習してました。それが今回は朝に15分とか…?全くピアノに触れない日はほぼないけど、これで大丈夫なのかって不安は大きかった。
あとコンクールなのに家のデジピでしか練習できなくて出る意味あるの?とかね。
コンクール当日
会場に着いてまず驚いたのは、スタッフの方々の温かさでした。
ロビーで座る場所が見つからずに立っていたら、すぐに声をかけられ椅子を出してきてくださいました。
(今思えば私童顔らしくて…若く見られてた可能性はありますね笑)

運良く米津さんが会場にいらっしゃる日
今回、ステージ部門に関しては舞台袖で待機する形式ではなく、客席から直接、下手側の階段を上がって舞台に立ち、演奏後もそのまま同じ階段を降りて自分の席に戻るという流れでした。
そのおかげか、これまでの発表会と比べると緊張は少なめ。
ただ、私の前に演奏していた方々が学生さんなどお若い方が多く、しかもみなさま驚くほどお上手。
自分の番になり階段を一段ずつ上がる間、頭の中は不思議と静かでした。
お辞儀をして椅子に座り、弾き始める。
でも中盤で何度も音を外してしまい、指がもつれて苦しくなりました。
心が折れかけたその瞬間、「とにかくやり切れ!」と、自分に言い聞かせるように唱えながら、なんとか最後まで気持ちで弾き切りました。
※最後に拍手あり※
弾き終わった直後は「やっちまったな」という気持ちが大きいが、ようやく終わったという安堵もありました。
ピアノもホールも立派で、素敵な響きに浸れて幸せでした。
講評では、米津さんからは「冒頭のバランスがすごく良かった」と言ってくださいました。一方で、別の審査員からは「最初が難しいので音量や音色を考えられるといいのでは」というご意見も。
振り返ってみると、米津さんに教えていただいた全てを発揮できたわけではなかった。
米津さんはどうしようもない私のかろうじて良い箇所で優しく励ましてくださったと思っています。
後で「途中暴走してたね」とは言われちゃったけど!!!🤣

2年前の自分に何か言葉をかけるとしたら――正直、特別な言葉は浮かびません。
でも、2年前の演奏よりは間違いなく良くなっていたし、今回「音を外してしまった」という悩みも、当時と比べればずっとレベルの高い悩みになったと感じました。
半年間を振り返って
本番は誰の耳にもわかるくらい大きなミスもしてしまい、悔しさがないと言えば嘘になります。
それでも、2年前の「後にも先にもこれ以下はない」と言い切れるほどひどかった演奏と比べたら、半年で米津さんのおかげで格段にレベルアップした実感がありました。
だからといって、今後「リベンジしたい」という気持ちがあるかというと、実はそうでもない。
「もうリストはやりたくない」し、「大きなホールで弾きたいわけでもない」のが本音です。まぁ、「愛の夢」は10月にライブカフェで弾く予定があります!😂
2年前の私は、「愛の夢がそこそこ弾けたらピアノはやめよう」と思っていました。
でも現在、「愛の夢」に半年かけて分かったのは、これは区切りじゃなくてここからまた続いていくということ。
レッスンスタジオに向かう道すがら泣いていたあの日の私に、伝えたい。
「大丈夫、ちゃんとステージに立てたよ。」

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