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【キャリアの話】人生で一番大きな決断ほど、意外と『勢い』で決めている

進学、就職、結婚、家を買うこと、あるいはキャリアの大きな舵切り。人生には、その後の数年間や数十年の方向性をガラリと変えてしまうような「大きな分岐点」が何度か訪れます。

そうした局面を振り返るとき、人はつい「自分は綿密に情報収集を行い、リスクを洗い出し、完璧に合理的な計算に基づいて決断した」と語りたがるものです。

ですが、胸に手を当てて本当のところを思い出してみると、どうでしょうか。

正直渡しの場合は人生を左右するような一番大きな決断ほど、実は最後、驚くほど「勢い」や「ノリ」で決めていたのではないでしょうか。

1. 博士進学という「コスパ・タイパの悪い」決断

私自身、大学院生のときに「博士課程に進学する」と決めた瞬間を振り返ると、決して完璧なシミュレーションを重ねた結果ではありませんでした。

もしあの時、完璧な合理性だけで判断しようとしていたら、私は絶対に博士課程には進んでいなかったと思います。

  • 修士で就職する同期との生涯年収(年金なども含む)の差

  • 20代後半を閉ざされた狭い空間である研究室で過ごすキャリアリスク

  • 3年後の業界動向や日本企業の雇用情勢

  • 学術的な成果が出なかった場合のリバウンド策

考えれば考えるほど、「やめておいた方が無難な理由」や「将来の不安要素」のほうが圧倒的に多く見つかります。
またこれまでも書いてきましたが、少なくとも日本においては「博士号」は大きなインセンティブになりにくいものです。

情報集めに没頭し、電卓を叩き、リスクヘッジばかりを考えていたら、足がすくんで一歩も動けなくなっていたはずです。結局、最後の引き金を引いたのは「まあ、やってみないと分からないし、面白そうだから行っちゃえ!」という、『勢い』でした。

2. 完璧な情報収集なんて、最初から不可能

なぜ、人生の大きな決断ほど「合理的な計算」が通用しないのでしょうか。

理由はシンプルで、大きな決断の先にある未来は、まだ経験したことのない「未知の変数」で満ち溢れているからです。

やったことがないことの「本当のメリット・デメリット」を、やる前に100%正確に把握することなど不可能です。

それなのに「絶対に失敗したくない」と情報収集を重ねすぎると、ネットや他人の意見から拾い集めた「リスクの山」に押しつぶされてしまいます。合理性を追求すればするほど、選択肢は狭まり、人は意思決定ができなくなってしまいます。

選択肢を絞り込むところまでは論理が必要ですが、最後に背中を押してくれるのは、論理ではなく「感情の跳躍(=勢い)」でしかありません。

3. 「勢い」で決めたあと、全力で「正解」にしていく

「勢いで決める」と言うと、なんだか無責任で浅はかなことのように聞こえるかもしれません。

しかし、人生の決断において本当に重要なのは、「どちらを選ぶか」ではなく、「選んだあとにどう動くか」です。

勢いで飛び込んだ先で、泥臭く試行錯誤し、目の前の課題に向き合い続ける。そうやって後から「あの時の決断は正しかった」と自分で正解にしていくこと(思い込むこと・自分を肯定していくこと)こそが、納得感のある人生を作るプロセスなのだと思います。

成果を出している人や、自分の人生を楽しんでいる人を観察していると、決断そのものは「直感や勢い」でパッと下し、決めた後のプロセスに圧倒的なロジックと熱量を注いでいるケースが実に多いことに気づきます。

4. 悩みすぎて動けない人へ

今、人生の分岐点に立っていて、「どっちに行けば正解なのか」「失敗したらどうしよう」と情報を集めすぎてパンクしそうになっている人がいたら、伝えたいことがあります。

「100%納得できる完璧な情報」が揃う日なんて、一生来ません。

7割くらいの準備と観察ができたら、残りの3割は「勢い」に頼っていいのです。直感を信じて一歩を踏み出してみる。

勢いに任せて飛び込んでみたら、予想外のトラブルに焦ることもありますが、それ以上に「計算通りに生きていたら絶対に味わえなかった面白さや出会い」が待っています。

さいごに

振り返ってみれば、私が「勢い」で飛び込んだ博士課程での3年間は、計算通りの安全な道ではありませんでした。

しかし、そこで得た泥臭い思考力や、予想もしなかった人との繋がりは、今の私の人生を強く支える財産になっています。

人生のハンドルを大きく切るとき、最後に必要なのは立派なデータシートではありません。

「まあ、なんとかなるか!」と小さく呟いて飛び出す、ほんの少しの勢いと勇気なのだと思います。

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