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2ヶ月通って卒業式――のどかなアーバイン,その外の不穏さ(子連れワンオペ・サバティカル #13)

※この記事を書いている今はサバティカルでアーバイン(カリフォルニア州)に来て10か月目です。この記事では7か月前の話を書いています。

アーバインにやってきて右も左もわからなかった4月が過ぎ,5月を駆け抜け,あっという間に6月になったというのが今回の話。

5月はあっという間に過ぎた

社会保障番号(SSN)は5月初めに無事届いた。そのあと2ベッドルームのユニットへの引っ越しがあった。1ベッドルームのときは子どもたちはリビングのソファーベッドで寝ていたのだが,2ベッドルームになったことで子ども部屋が出来た。

私はほぼ毎日大学に行き,自分の研究を進めたり,研究会に顔を出したりした。でもまだ,落ち着いて研究できるというかんじでもなかった。住まいのインターネットがうまく繋がらなくて何度も問い合わせたり,収納が足りないのでインターネットで注文したり,車を借りに遠くまで行ったり,日本の銀行のお金をアメリカの口座に移すのに苦労したり,本務校の担当者と出張手続きのやり取りをしたり,子どもの宿題が難しくて一緒に教科書を読んだり,子どもの目が赤くなったので病院に連れて行ったり,そこで立て替えた診療費を保険会社に請求したり,小学校のオープンデイに行ったり・・・。そして洗濯をしたり料理をしたり掃除をしたり買い物をしたり。一つ一つはちょっとしたことでも,様々なタスクがあった。私はそういう細々としたタスクを要領よくテキパキとできるタイプではないのだけど,それでも一つ一つ片付けていかなければならない。

そのようにして,5月はあっという間に過ぎた。

小学校の卒業式

6月になって一週間ほど経ったところで,うちの子ども二人が通う小学校は学期最後の日を迎えた。6年生の娘にとっては卒業式だった。2ヶ月しか通っていないけど卒業だ。

朝,子どもたちはいつものようにスクールバスで登校した。ただ,6年生の娘はいつもと違い,ブラウスを着て黒のスカートを履いていった。フォーマルっぽい服は日本からあまり持ってきていない。

子どもたちを送り出したあとは自分の準備。普段着にするかスーツにするか迷ったけれど,いちおうスーツを着た。ネクタイをするかしないか迷ったけれど,いちおうネクタイをした。

そして小学校へ。

学校に着いてみると,父母の中にはカジュアルな普段着の人もいればジャケット着ている人もいた。ネクタイをしている人は私以外に(先生たち以外で)いたかどうかわからない。

そして子どもたちもまた,フォーマルな服装の子もいればカジュアルな服装の子もいた。

屋外に椅子が設置されていて,親たちはそこに着席した。卒業する児童たちはその前に整列した。そして歌を何曲か合唱した。

そのあと,児童たちは壇上に向かって一列に。一人一人名前を呼ばれたら壇の中央に出て,校長先生,担任の先生と並ぶ。これが記念写真のタイミングらしい。親たちは自分の子が呼ばれるタイミングを見計らって写真の撮りやすい正面の場所に移動し,我が子の晴れ姿をカシャッと写真に収めるというわけだ。

私もタイミングを逃さないように,自分の子の順番が近づいたところで移動し,無事に正面から写真をとった。

そういうわけで,娘は小学校を卒業した。2ヶ月しか通っていないので,卒業といっても,親子ともども特に何の感慨もなかった。

のどかなアーバイン,その外の不穏な世界

卒業式が行われた午前中は曇っていてちょっと涼しかったが,昼ごろから晴れて気温も上がった。4月に来て以来,アーバインの天気はいつもそんなかんじだ。

卒業式の日の午後は,6年生を対象としたプールパーティーがPTA主催で行われるということで,娘を連れて行った。小学校の周辺は一戸建ての広々とした家が並ぶエリアで,その一角にコミュニティープールがあった。

娘を送ってからいったん私はいったん家に帰り,しばらくしてから迎えに行った。子どもたちはまだプールで遊んでいた。

住宅地の一角のプールで賑やかに遊んでいる小学生たちを眺めながら,アーバインはのどかだなと思った。

そんなことがあった数日後,私のところにはロサンゼルスの総領事館からメールが届いた。「ロサンゼルス市内における移民関税執行局(ICE)に対する抗議活動に関する注意喚起」というタイトルのメールだった。状況の説明が書かれており,次のように結ばれていた。

「邦人の皆様におかれましては、不測の事態に巻き込まれることのないよう、お出かけ前には報道等で最新の情報の入手に努め、抗議活動が行われている場所に安易に近づかない等、十分に注意を払ってください。」

アーバインから車で一時間ほどの距離にあるロサンゼルスでは,何やら大変なことが起きているようだった。

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