子連れワンオペ・サバティカル(8)現地の小学校
※この記事を書いている今はサバティカルでアーバイン(カリフォルニア州)に6か月目です。この記事では5か月前の話を書いています。
とりあえず子どもたち二人を連れて、4月1日にアーバインにやってきた。小6女子と小4男子。いつまでも旅行気分で遊ばせて過ごすわけにはいかない。それに、私だって一人で落ち着いて研究をしないといけない。しかし、いつから現地の小学校に通わせてもらえるのか?
三つ前の記事で、渡米前に小学校の手続きを進めてきたことを書いた。
そこで書いたように、3月末に書類を一通り出したけれど、宿舎の入居日が4月19日になっている関係で、登校日は4月21日と言われていた。もっと早く登校させてもらえないかと相談しようとしたら、学校が春休みに入り、担当者との連絡がとれなくなり、不安なまま4月1日にアメリカに来たのだった。そこから先が今回の話。
春休み明け、メールが届く
春休み明けの4月7日、朝担当者からメールが届くのではないかと思ったけれど、来なかった。それで、こちらから改めてメールをした。
その日の午後に返信が来た。
書類は受理されました。登校開始日は4月10日です。
メールにはさらに、担任の先生の名前と教室番号も書かれていた。
それまでの3月中のやり取りなどなかったかのように、シンプルな事務的な通知のようなかたちで「4月10日」と書かれていたので、こちらが逆に拍子抜けしてしまった。
ともかく、登校時期を早めることは認められたということだった。良かった。
登校前日、学校に行ってみる
いきなり登校というのはちょっと不安だったので、前日に見学に行ってもよいかと、担当者に尋ねてみた。そうしたら、このような返事があった。
ツアーは行っていません。ただ、児童のいない午後4時以降であれば、いつでも訪問していただいて大丈夫です。
言われたことがいまいちよくわからなかった。ツアーはしないけど訪問してよいとは、どういう意味だろうか?
とにかく登校の前日、4月9日に小学校に行った。このときはレンタカーを借りていたので、レンタカーで行った。
小学校の前に着いて第一印象は、日本の小学校とは建物の作りが全然違うということだった。日本の小学校はフェンスで囲まれていて校門がある。校門を入ると建物の玄関がある。中に入ると廊下があり、教室が並んでいて、上の階にあがるとさらに教室が並んでいる。それが日本の小学校だ。
それとは全然ちがっていた。フェンスがなかった。校門もなかった。平屋の建物にはドアがたくさんあって、どれがメインの玄関のドアなのかもわからなかった。

そして敷地全体が静かだった。
玄関はわからなかったが、オフィスと表示されているところがあった。そこのドアをノックしてみた。でも反応はなかった。
だんだんわかってきた。放課後の誰もいない時間帯なので、勝手に入って自由に見ていいということなのだ。
敷地の中をどんどん入っていくと、外から入れるドアがたくさんあり、それぞれに番号が書いてあった。つまり、全ての教室は外から入るようになっているのだ。だから玄関もないし廊下もないのだ。


子どもたち二人の教室番号はメールで聞いていたので、その二つの教室まで行ってみた。ドアは鍵がしまっていて中の様子はわからなかった。
登校初日
いよいよ4月10日、登校初日を迎えた。当日の持ち物は特に聞いていなかったので、かばんに筆記用具だけ入れ、あとは水筒だけ持たせることにした。この日もまだレンタカーを借りていたので、車で送った。ホテル住まいで学区外にいるので、スクールバスはまだ利用できない。
学校に着くと、路上に車をとめ、学校の入り口まで一緒に行った。時間がまだちょっと早いせいか、登校してくる子どもたちは少なかった。学校の前でちょっと待っていたら、続々と子どもたちが登校してきた。白人の子、東アジア系の子、南アジア系の子、いろいろだった。親と中国語や韓国語で話す子たちもいた。そろそろいいかなと思い、子どもたちを教室に行かせることにし、手をふって別れた。
学校周辺は、子どもたちを送る車でだんだんと混みだしてきた。私は車に乗り、学校周辺をぬけると、途中で買い物をしてホテルに戻った。子どもたちと離れて一人で時間を過ごすのは、ずいぶん久しぶりだった。
そして、午後2時すぎ、学校が終わるころにまた車で迎えにいった。上の子は東アジア系の女の子と二人で学校の前まで歩いてきて、私に気がつくと、その子に手をふって別れた。そのあと、下の子も一人で学校の前まで歩いてきた。
学校の初日の様子がどうだったのかは、上の子の日記を見るとよくわかる。以下、日記から本人の許可のもと、改変して転載する。
学校には子どもがいっぱいいました。アメリカや中国や韓国、いろんな国から来ている子たちがいました。わたしと弟は、おたがいに「バイバイ」と言って、お父さんにも手をふって、それぞれの教室に行きました。
わたしが教室の前で待っていたら、ブロンドの女の子が来て「あなたが新しい子?」と聞きました。わたしが「そうだよ」と言うと、その子は「やった!ついに女の子が来た!このクラスは男の子が多すぎるのよ」と言いました。わたしはにっこり笑いました。その子はわたしの名前を聞いて、何度も言い直して、ようやく覚えてくれました。どこから来たのか聞かれたので「日本」と言うと、その子は「T!この子、日本から来たんだって!」と言って男の子を呼びました。すぐに日本人の男の子Tが来て「本当に日本から来たの?」と聞いてきました。わたしが「うん」と言うと、日本語でいろいろ教えてくれました。
授業が始まり、D先生が「あなたが新しい子ね」と聞きました。名前の読み方を教えて、わたしは自分の名前がある席に座りました。となりにはSという中国人の女の子が座っていました。Sは英語があまり上手ではありませんでした。
わたしたちは一緒に「英語がまだ上手じゃない子のクラス」に行きました。わたしは英語ができたけど、「あなたも来て」と言われたので行きました。そこにはTや韓国の男の子、中国の女の子もいました。英語の先生は「あなたは英語がとても上手だから、もしかしたらこのクラスには来なくていいかも」と言ってくれました。でも、まだ何日かは来ないといけないそうです。クラスの最後にシールか「スターバック」という紙をもらえます。わたしはシールをもらいました。
それからふつうのクラスに戻って、本を読んだり、算数をしたりしました。休み時間には、Sといっしょにカフェテリアへおやつをもらいに行きました。カフェテリアのおばさんは日本人で、ジュースやおやつはいくつまでとっていいかを日本語で教えてくれました。わたしはオレンジジュースとチョコクッキーを選びました。でも食べる時間がなくてリュックに入れました。
次は理科でした。みんなはテストをしましたが、先生はわたしに「科学のサイトを見ていて」と言いました。そのあともう一つ授業があって、お昼になりました。
お昼ごはんは給食でした。ミニトマトとピザ1切れと牛乳。食べたあとフラフープで遊びました。
午後も授業は楽しかったです。でも宿題はたくさん出ました。
実際に算数の宿題がたくさん出た。本人にとってまだ習っていなかったところもあったので、その日の午後ホテルに戻ってからは、私が遅くまで教えることになった。
ともかく、アメリカ生活が一歩前進した気がした。
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