見出し画像

レーモン・クノー『地下鉄のザジ』その3

まずい! よくわからないまま、残り50ページになっている。
AIによる要約。


はい。今回の添付部分は、前回の続きで第VIII章から第XIII章に入るところまでです。ここではザジの「パリ観光」が始まりますが、普通の観光小説とは正反対に、観光名所そのものより、人物たちの会話と騒動がどんどん前景化していきます。

第VIII章――エッフェル塔とシャルルの逃走

ガブリエル、ザジ、タクシー運転手シャルルはエッフェル塔へ行きます。塔上からガブリエルは「あれがパンテオンだ」「いやアンヴァリッドだ」「サクレ=クールだ」と相変わらず名所を取り違え、ザジは呆れます。しかも巨漢のガブリエルは高所恐怖症で、先に下へ降りてしまいます。

残されたザジはシャルルを質問攻めにします。年齢、結婚しない理由、女性関係、同性愛、タクシー運転手の性生活……と、遠慮がありません。ここでザジはかなり面白い問いを口にします。

なぜ人は、あることを言って、別のことを言わないのか。

つまりザジの好奇心は単なる下ネタから、**「そもそも人間はなぜその言葉を選んで話すのか」**という言語そのものへの問いへ滑っていきます。シャルルは答えられず、とうとうザジにうんざりして先に降り、そのままタクシーで帰ってしまいます。

するとガブリエルが突然、妙に哲学的な独白を始めます。

「存在か無か、それが問題だ」→人間は上ったり下りたり、行ったり来たりした末に消えていく→パリも夢、ガブリエルも夢、ザジは夢の夢、この物語自体が小説家のタイプした妄想にすぎない。

という、シェイクスピア、実存哲学、メタフィクションをごちゃ混ぜにした演説です。

この独白はふざけていますが、小説全体を読むうえではかなり重要です。「何が本物なのか」という前章までの問題が、人物の正体から世界そのものの実在性へ拡大するからです。

外国人観光客がガブリエルを「名ガイド」と勘違いする

ガブリエルの大演説を聞いていた外国人観光客たちは、彼を観光ガイドだと思い込みます。

そこへザジが戻ってきて、今度はガブリエルに

「結局、叔父さんはホモなのか?」

と質問を再開。観光客たちは内容をろくに理解できないまま、この奇妙な会話に感動します。

そこへ本物の観光バス運転手兼ガイド、フェドール・バラノヴィッチが現れます。彼はガブリエルの知人で、ガブリエルを「ガブリエラ」と呼び、彼がチュチュ姿で「白鳥の死」を踊る人物であることまで観光客の前でばらしてしまいます。

外国人観光客はますますガブリエルに夢中になり、彼をバスへ押し込み、ザジも一緒にサント=シャペルへ連れていかれます。

ここでも「本物のガイド/偽ガイド」が逆転しています。本物の観光ガイドの説明より、何も知らないガブリエルのデタラメのほうが観光客を魅了してしまうわけです。

第IX章――ガブリエル誘拐事件

バスの中でもザジはガブリエルを問い詰め続けます。やがて二人は途中でバスから逃げ出します。

しかし先ほどの外国人観光客たちがタクシーで追跡してきて、ガブリエルを見つけると、今度は彼を強引に車へ押し込み、サント=シャペルへ連れ去ってしまいます。文字どおりの**「ガイド誘拐(guidenapping)」**です。

その場に残されたザジと一緒にいるのが、途中から話に割り込んできた未亡人です。

未亡人が「誘拐だ!」と叫ぶと警官がやって来ます。

ところがザジは、その警官の顔を見て、

「この顔、どこかで見たことがある」

と感じます。

警官は自分を**トルスカイヨン(Trouscaillon)と名乗り、未亡人もムアック夫人(Mme Mouaque)**と名乗ります。

ここは前回の「ペドロ=シュルプリュス」の謎が再び浮上する重要なところです。読者にも、この警官は例の謎の男ではないかという疑いが生じます。

第X章――トルスカイヨン、ムアック夫人、ザジの追跡

ムアック夫人は早くもトルスカイヨンに色目を使い始めます。

三人は誘拐されたガブリエルを追おうとしますが、地下鉄ストのせいで交通は大混乱。警官の権威で車を止めようとしても誰も言うことを聞きません。

ようやく一台の車を確保します。運転していたのは偶然にもザジの故郷サン=モントロンから来た男で、彼はザジを「ジャンヌ・ラロシェールの娘」と知っています。

一行はサント=シャペルを目指しますが、渋滞、追突、口論などが続き、ほとんど前へ進みません。

その最中にもザジは、

「こんなの全部みじめ。私は地下鉄だけが好き」

という態度を崩しません。

パリに来て、エッフェル塔にもサント=シャペルにもほぼ感動しない。彼女が一貫して欲しがっている唯一の「パリ」は地下鉄なのです。

第XI章――「誘拐された」ガブリエルが観光客を支配している

ようやくガブリエルを発見します。

ところが救出などまったく必要ありません。

ガブリエルは外国人観光客を完全に魅了していて、カフェで人生論を演説しています。「誘拐された人間」がいつの間にか「誘拐犯たちの主人」になっているのです。

実際ガブリエル自身、

最初は自由を奪われたが、状況に適応した結果、誘拐犯たちが自分の奴隷になった

とトルスカイヨンに説明します。

そしてザジに、「今夜になれば全部分かる。自分が踊るところを見せてやる」と約束します。外国人観光客までガブリエルの夜のショーへ連れていくことになります。

つまり昼間の「パリ観光」が、そのまま夜のガブリエルの女装ショーへ移行していきます。

第XII章――ムアック夫人とトルスカイヨンの恋

一方、ムアック夫人とトルスカイヨンは急速に惹かれ合います。

二人は待ち合わせを約束し、トルスカイヨンはいったん制服を脱いで私服に着替えに行きます。

ザジはムアック夫人の恋愛話に付き合わされますが、「そんなの映画みたいなものだ」と冷淡です。それでも少し同情して一緒に歩きます。

やがてガブリエル一行と合流。ガブリエルは外国人観光客を従えてビリヤードをし、ザジは叔父をかなり誇らしげに眺めます。

ここはザジのガブリエルへの態度が少し変わっている点が面白いところです。口では馬鹿にしているのですが、観光客に囲まれて喝采される叔父を見ると、明らかに嬉しそうです。

その後一同で夕食。ひどいザワークラウトが出てきて、ザジは遠慮なく「まずい」と抗議し、店側と騒動になります。外国人観光客はそんなものでも「フランス料理」としてありがたがる。

ここでもクノーが笑いものにしているのは、「本物のフランス」「本物のパリ」をありがたがる観光客の視線です。粗悪な料理でも「フランス料理」と名付けられれば文化になる。ガブリエルも、ガイドと勘違いされれば名ガイドになる。

第XIII章――シャルルとマドの恋愛が動く

ここで場面はテュランドの店へ戻ります。

シャルルは、以前から彼に惚れていたマド・プチピエに結婚を申し込みます。前半でマドが「シャルルは新聞の恋人募集欄ばかり読んでいる」と嘆いていましたが、ようやく目の前にいる女性を選んだわけです。

そこへガブリエルから電話が入り、マルスリーヌを呼び出してほしいと言われます。

しかしシャルルは、エッフェル塔でザジに散々からかわれたこともあってガブリエルに腹を立てており、頼みを拒否します。ガブリエルの電話とシャルルの求婚が交錯しながら、第XIII章へ話が進んでいきます。


ここまでを一本の筋にすると、かなり単純です。

ザジはエッフェル塔へ行く → シャルルを質問攻めにして逃げられる → ガブリエルが外国人観光客に名ガイドと勘違いされる → 観光客がガブリエルを「誘拐」する → ザジとムアック夫人が警官トルスカイヨンと追跡する → 実はガブリエルは観光客を逆に支配している → 一同で食事し、夜のガブリエルのショーを見に行くことになる。一方シャルルはマドに求婚する。

ただし、筋以上に重要なのは、前回登場した「正体不明の男」の問題が、この部分でさらに大きくなっていることだと思います。

ペドロ=シュルプリュスは「名前も職業も正体も定まらない男」でした。今度はトルスカイヨンという警官を見て、ザジもガブリエルも「どこかで見た顔だ」と感じる。

同時に、ガブリエルも「叔父/叔母」「男/女装ダンサー」「観光客/ガイド」「誘拐された人/誘拐犯を支配する人」と、役割が次々反転する。サント=シャペルも「本物の名所」でありながら、作中ではほとんどまともに描写されません。

つまり第VIII章以降では、前回までの

「この男は一体誰なのか?」

という謎が、

「そもそも人間を『何者か』と確定することはできるのか?」

という小説全体の遊びへ拡大しています。

そしてその中でザジだけが妙に一貫しています。彼女はエッフェル塔にもサント=シャペルにも「本物のパリ」にも興味がなく、ひたすら地下鉄に乗りたい。この地下鉄が、最後にかなり皮肉な形で回収されることになります。


いいなと思ったら応援しよう!