レーモン・クノー『地下鉄のザジ』その4
今回の部分は第XIV章から最終第XIX章までで、物語はガブリエルのショー、正体不明の男の再登場、乱闘と銃撃、そしてザジの帰郷へ雪崩れ込んで終わります。
第XIV章――ガブリエルの舞台
シャルル、マド・プチピエ、テュランド、グリドゥー、オウムのラヴェルデュールたちが、ガブリエルの働くナイトクラブ「モン=ド=ピエテ」に集まります。シャルルとマドは結婚する意思を改めて確認し、周囲から祝福されます。
そこで初めて、近所の人々もガブリエルの本当の仕事を見ることになります。ガブリエルは、自分の女装ダンスは単なるストリップではなく**「芸術」**なのだと大演説し、舞台に立ちます。ザジもこれを見て、後には叔父の踊りを素直に「最高だった」と認めます。
これまでザジが執拗に「叔父さんは同性愛者なのか」と聞いてきた問題も、結局きれいな答えには収束しません。ガブリエルは女装して踊るが、それと性的指向とは別だ、と一貫して主張します。
第XV章――ペドロ=シュルプリュスの正体がさらに崩れる
一方、自宅に一人で残ったマルスリーヌのところへ、あの謎の男が侵入してきます。
朝にはペドロ=シュルプリュスと名乗っていた男ですが、今度は「自分はベルタン・ポワレ警部だ」と名乗ります。しかしマルスリーヌはまるで信用しません。
男自身も、ペドロ=シュルプリュスという名はその場で適当に作っただけだと認めます。また警官の制服を着る時には別の名前を使うとも話す。つまりこれまでのペドロ=シュルプリュス/トルスカイヨン/ベルタン・ポワレは、どうやらすべて同じ男の別名・別の役柄だったことがほぼ明らかになります。
男は今度はマルスリーヌを口説き、最後には強引に迫ろうとします。しかし「vêtir(着せる/身につける)」の活用について口論になり、辞書を調べることに夢中になっている隙に、マルスリーヌは窓から逃亡します。
第XVI章――トルスカイヨンの正体がばれる
ショーの終了後、例の男は再び警官姿のトルスカイヨンになっています。
ガブリエルたちと再会すると、グリドゥーが、「こいつ、今朝の変質者じゃないか」と気づきます。
ガブリエルも、朝の付け髭がなくなっているだけで同じ男だと認めます。問い詰められたトルスカイヨンは、警官の制服も「変装みたいなもの」だと言い出します。
しかもムアック夫人に対して、朝ザジを追いかけていたことまであっさり認めてしまいます。
そこへ本物らしい警官たちがやって来ます。ところが彼らもトルスカイヨンを警官と認めず、逆に身分証を要求。警官が警官に「お前は本当に警官か」と問い始め、とうとうトルスカイヨン自身が警察に連行されてしまいます。
第XVII章――大乱闘
トルスカイヨンを失って落ち込むムアック夫人を慰めるため、一行は「オ・ニクタロープ」でオニオンスープを食べます。
ところが些細な口論から、ムアック夫人とグリドゥーが殴り合いを始め、それが店員との喧嘩へ発展。最後には店中を巻き込む大乱闘になります。
巨漢ガブリエルは圧倒的な強さを発揮し、店員たちを次々に投げ飛ばします。ザジまで起き出して「がんばれ叔父さん!」と叫び、カラフェを乱闘の中へ投げ込みます。
戦いが終わると、ザジはガブリエルに、同性愛者かどうかはともかく、叔父さんは最高だったという趣旨のことを言います。
第XVIII章――喜劇が突然「戦争」になる
ところが外を見ると、武装した大部隊が店を包囲しています。その中に例の男がいるのを見つけたムアック夫人は、恋人トルスカイヨンだと思って飛び出します。しかし機関銃で撃たれ、致命傷を負います。
彼女は、「馬鹿みたい。私、財産もあったのに」という趣旨の言葉を残して死亡します。ザジはショックで失神します。
ここで、ペドロ/トルスカイヨン/ベルタン・ポワレだった男が、さらに別の姿で現れます。今度の名前は、アルーン・アラシッド(Aroun Arachide)です。
彼は堂々と、自分は、お前たちがさまざまな姿で見てきた「私」だ、と宣言します。
警官、怪しい男、未亡人や少女を追う男……それらは全部自分が取った一時的な姿にすぎない。そして自分は「不確実性と誤謬の姿」をまとって世界を歩く、といった、ほとんど悪魔か寓意的人物のような演説をします。
地下へ逃げる――そして地下鉄が動き出す
武装集団の攻撃を逃れるため、ガブリエル、失神したザジ、テュランド、グリドゥーらは地下へ降ります。地下室から下水道のような場所を抜け、さらに進むと、タイル張りの地下通路に出ます。
そこで案内している人物が言います。
「地下鉄がまた動き出した」
ストライキが、ついに終わったのです。
これは当然、小説冒頭から待ち続けた瞬間です。
ところが――
ザジは失神したままです。
つまり念願の地下鉄に、ザジはおそらく乗せられて移動するのですが、本人は眠っていて何も見ていません。
この皮肉がこの小説の最大のオチの一つです。
第XIX章――母親のもとへ
翌朝、母ジャンヌ・ラロシェールは恋人との二日間を終え、駅へザジを迎えに行きます。
するとザジは、荷物を持った「マルセル」という人物に連れられて現れます。
ここはかなり意味深です。
これまでずっとガブリエルの妻は**マルスリーヌ(Marceline)と呼ばれていました。ところが最後にはマルセル(Marcel)**という男性名で呼ばれています。
したがってマルスリーヌについても、男なのか女なのか、妻なのか夫なのかという人物設定が最後まで確定されません。
最後の四行
この最後は非常によくできています。
ザジが求めていたのは最初、地下鉄=見るべき対象、経験すべきものでした。
ところが実際に経験したのは、地下鉄ではなく世界そのものです。父親の死や性的危険については以前から知っていた少女ですが、パリではさらに、大人の欲望、恋愛、同性愛をめぐる曖昧さ、虚偽、演技、芸術、暴力、死を目撃する。
この二日間を経てザジが得たものは、教養でも成熟でもなく、少しだけ世界に疲れたことなのかもしれません。
物語全体を一文でまとめるなら、
「地下鉄に乗る」という具体的な目的をもってパリへ来た少女が、結局地下鉄を見ることさえできないまま、嘘、性、暴力、恋愛、死、芸術、警察、観光、言葉の不確かさに巻き込まれ、最後に帰っていく物語
です。
