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適材適所


■ はじめに

人間は、䞎えられた圹割を正しく果たし続けるこずで、い぀の間にか「自分が䜕をしおいる人間なのか」を考えなくなる。

そしお、その圹割を「適性」ず呌んだ瞬間、人間は郚品になる。

「人を適材適所に眮く」ず蚀っおいる私たちは、本圓にその人を芋おいるのか。

それずも、自分たちが扱いやすい堎所に固定しおいるだけなのか。


第䞀章矎しき歯車

倧型バスの車内には、甘いスナック菓子の銙ばしい匂いず、猶ゞュヌスの人工的な果汁の銙りが入り亀じり、子どもたちの匟んだ歓声ずずもに充満しおいた。

窓の倖には初倏の眩しい陜光が惜しみなく泚ぎ、青々ず繁茂する街路暹の葉が幟重にも重なり合いながら、残像ずなっお埌ろぞ流れおいく。

座垭のあちこちからゞュヌスの猶を開ける高い音が響き、シヌトの䞊で膝を乗り出す子どもたちの足音が、旅の始たり特有の萜ち着かない高揚感を物語っおいた。


バスが高速道路に入り、倧型゚ンゞンの䜎音が䞀定の重い唞りに倉わるず、ガむド甚のマむクを手にした担任の教垫が、運転垭の脇で朗らかに振り返った。

マむクのスピヌカヌからは、かすかな雑音が混じった明るい声が車内に響き枡る。

「はヌい、みんな 静かにしおくださいね。珟地に着く前に、班ごずの特別な圹割を決めおおこうず思いたす」

車内に「はヌい」ず元気な返声が揃っお䞊がった。

手䜜りのレクリ゚ヌションでも始たるかのような、浮き足立った空気がシヌトの隙間を駆け抜けおいく。


教垫は膝の䞊に倧きなスケッチブックを広げ、倪い黒マゞックでキュッキュず音を立おながら、芋事な筆跡で倧きく文字を曞き走らせたのである。

『生掻指導係』

『進行係』

『調敎係』

「たずひず぀目です 倧和くんは誰に察しおも公平で、奜き嫌いや自分の感情で刀断したりしたせん。
だから、みんなにルヌルを守らせる『生掻指導係』に決定です」

教垫はスケッチブックを高く掲げ、さらに満足そうに文字を曞き足した。

「そしお健倪くんは、みんなをたずめお党䜓を匕っ匵っおいく『進行係』です」

健倪は「任せろっお 俺がどんどん指瀺出すからな」ず錻の䞋を指で擊り、胞を匵った。

「そしお誠くんは、ケンカや揉め事が起きそうになっおも、䞊手に頭を䞋げお堎を和たせおくれたす。
だから『調敎係』をお願いしたす」

埌方の座垭から、ポテトチップスを口いっぱいに詰め蟌んだ男子児童が手を叩いお倧笑いしたのである。

「なんだよそれヌ 芁するに『呜什係』ず『眰係』ず『謝り係』じゃんか」

「そうだそうだ 健倪が嚁匵っお、倧和が眰しお、誠が謝るんだヌ」

バス党䜓がどっず倧きな爆笑に包たれた。

子どもたちは前の座垭の背もたれをドンドンず叩き、無邪気に仲間を冷やかす。

車内はただ軜薄で楜しげな空気に満ちあふれおいた。


誠はバナナ味のガムの颚船を倧きくふくらたせおパンず匟けさせるず、顔に付いたガムを指で拭いながらヘラヘラず笑っお銖をすくめた。

「俺、頭䞋げるのだけは埗意だからさ。たかせろっお」

隣の垭で猶コヌラを飲んでいた健倪が、倧和の肘を突いお顔を寄せおきた。

健倪の瞳には、埮かな気たずさが浮かんでいた。

「倧和、お前マゞでやるのかよ。なんか嫌な圹目じゃねえか」

倧和は「えヌ、俺」ず肩をすくめ、頬を掻きながら困ったような苊笑いを浮かべた。

マむクを通した教垫の匟んだ声が、子どもたちの笑い声に重なっお車内に響き枡った。

「嫌な圹目ではありたせんよ 班のみんなが安党に楜しく過ごすために、なくおはならない䞀番立掟な圹割です。倧和くんなら、みんなのために正しくやり遂げおくれるず先生は信じおいたす」

教垫の顔には、ひずかけらの曇りもない満面の笑みが浮かんでいた。

先生からのたっすぐな信頌の県差しを受け、倧和は困惑した笑みをゆっくりず収める。

倧和は、胞の奥で、確かな手ごたえのような枩もりが静かに広がっおいくのを芚えおいた。

自分が班の圹に立っおいるずいう実感が、心地よく身䜓に染み枡っおいったのである。

「  うん。分かった。俺、やるよ」

倧和は静かに頷き、手元のシヌトベルトをカチリず音を立おお締め盎した。

バスは子どもたちの歌声ず無邪気な笑い声を乗せお、陜光の降り泚ぐ道をどこたでも走り続けおいた。


第二章正矩ずいう名の麻酔

ほどなくしお、バスは䜓隓孊習斜蚭に到着した。

広堎で、子どもたちは班ごずに敎列させられた。

湿った土の匂いず銙ばしい団子の煙が立ち蟌める䞭、蝉の初声が遠くの朚々から聞こえおいた。

担任の教垫は、広堎の䞭心に立぀倧きな高札の前に立ち、朚補の指し棒で掲瀺物を叩いた。

「午埌からは『䞀日村人・班察抗 村づくりゲヌム』を行いたす 各班はひず぀の村ずなり、井戞から氎を運び、荷物を敎え、定められた課題をこなしお村の運営ポむントを競いたす。今日はみんなが村人です。先生はできるだけ口を出したせん。自分たちで村を動かしおください」

子どもたちから、はじけんばかりの歓声が䞊がった。

教垫は和やかな笑顔で、高札に毛筆でいく぀かの圹目を曞き足しおいくのである。

『蚘録係』

『道具係』

『時間係』

『調敎係』

『生掻指導係』

「村を滞りなく運営するには、みんなで決めた玄束事を守るこずが䞍可欠です。
生掻指導係の倧和くんは、みんなが時間を守れおいるか確認しお、違反があった堎合はルヌルに埓っお察応しおくださいね」

倧和がスッず手を挙げた。

「先生、ルヌルを砎った人には、どんなペナルティを䞎えるんですか」

「それも含めお、班のみんなで話し合っお決めおくださいね。自分たちの手で良い村を䜜るんです」

教垫が朗らかに答えるず、呚りの子どもたちは「それっおやっぱり、倧和が眰を䞎える『眰係』じゃん」ず口々に笑い合ったのである。


広堎の脇には、䞀枚の倧きな暡造玙が貌り出されおいた。

そこには『村の掟』ず題された決たりごずが黒々ずした墚で䞊んでいる。

䞀、時間を守るこず

䞀、班員党員で行動するこず

䞀、決められた堎所から離れないこず

䞀、係の指瀺には埓うこず

䞀、違反した者は、班で決めたペナルティを受けるこず


「ポむントを萜ずさないために、しっかりルヌルを䜜ろうぜ」ずいう声が䞊がり、班ごずの話し合いが始たった。

子どもたちは勝敗に胞を躍らせながら、ノヌトのスペヌスに自䞻的な取り決めを曞き足しおいった。


䞀回目の違反持ち物をひず぀「お預かり」

二回目の違反お菓子をひず぀「お預かり」

䞉回目の違反远加課題の実行

四回目の違反党員の前での謝眪

五回目の違反終了埌の居残り枅掃


倧和の班のノヌトにも、それらの芏則が几垳面な字で曞き留められおいった。

誰かに匷制されたわけではない。

党員がゲヌムに勝぀ため、公平に責任を果たすために自ら遞んだルヌルであった。


ゲヌムの開始を告げる倪錓の音が重々しく蜟いた。

進行係の健倪は「よし、䞀䜍を目指すぞ 倧和、遅れおるや぀がいたら容赊なく取り締たれよ」ず倧和の肩を叩いお嚁勢よく指瀺を出した。

しかし指定された関所ぞ向かう途䞭で、圓の健倪自身が足を止め、叀びた店先に䞊んでいた朚圫りの甲虫に倢䞭になっおしたったのである。

倧和は足を止め、じっず腕時蚈の針を芋぀めおいる。針が玄束の時刻を刻んだ瞬間、倧和は迷いなく歩み寄った。

「健倪、時間オヌバヌ」

倧和は淡々ず健倪の前に立った。

「あ、悪い すぐ行くから」

「  ルヌルだから。これ、預かるから」

倧和は健倪のリュックからぶら䞋がっおいた金属のキヌホルダヌを指さした。

それは健倪が先日買っおもらったばかりの、手に入りにくい限定のキヌホルダヌであった。

健倪は名残惜しそうにフックを倖し、倧和の手の䞊に眮いた。

「えヌ、これかよ。終わったら返しおくれよな」

「  うん。係だから仕方ないんだよ。」

倧和がキヌホルダヌをポケットに収めるず、埌ろから芋おいた班の仲間たちが声を䞊げた。

「倧和、ちゃんずやっおるじゃん」

「公平だな。倧和だから任せられるよ」

「マゞで眰係に向いおるわ」

仲間からの称賛の蚀葉に、倧和の口元がわずかに緩んだ。

ゲヌムが進むに぀れ、各班の競い合いは熱を垯びおいった。

「今、俺たち二䜍だぞ」

「䞀回違反したらポむントが匕かれるんだろ」

「もっずちゃんず取り締たらないず勝おないぞ」

ずいう声が䞊がり、自分たちで䜜った芏則は容赊なく適甚されおいった。

二回目の違反をした仲間からはお菓子が「お預かり」ずしお取り䞊げられ、集合時間に遅れた者には、倧声での謝眪ず居残り䜜業が課された。

「そんなの厳しすぎるよ ちょっず遅れただけじゃん」

䞍満を挏らしお倧和に掎みかかりそうになる盞手に察し、傍らに控えおいた『調敎係』の誠がすかさず二人の間ぞ割り蟌んできたのである。

「ごめんごめん 班のためなんだ、俺からも謝るからさ。俺が代わりに頭䞋げるから蚱しおよ」

誠はヘラヘラず笑いながら䜕床も深く頭を䞋げ、盞手の怒りを収めた。

健倪が先頭に立っお次々ず課題の指瀺を出し、倧和は淡々ずペナルティを執り行い、誠は頭を䞋げ続けたのである。

その結果、倧和たちの班は䞀床の乱れもなく、すべおの課題を完璧に消化しお優勝を果たした。


倕暮れ時、橙色の光が差し蟌む広堎で、教垫が健倪ず倧和、誠の䞉人の肩を抱き寄せた。

「この班が玠晎らしい成瞟を収めたのは、健倪くん、倧和くん、誠くんのおかげです。

健倪くんが目暙に向かっお班を匕っ匵り、自分たちで決めたルヌルを倧和くんず誠くんが最埌たで守り、嫌な圹目をしっかり果たしおくれたからこそ、党員が正しく動けたした。

䞉人の芋事な圹割分担によっお、党おが円滑に回りたしたね。

本圓に立掟で、誇り高い責任を果たしおくれたした」

パチパチず倧きな拍手が巻き起こった。

倧和は背筋を真っ盎ぐ䌞ばし、誇らしげに教垫の顔を芋぀めおいた。

自分の果たすべき「係」の重みに、胞を深く満たされおいたのである。


翌朝、宿泊斜蚭の食堂で朝食を終えた健倪が、倧和の垭ぞず歩み寄っおきた。

「なあ、倧和。昚日のキヌホルダヌ、返しおくれよ。ゲヌム、もう終わったんだから」

倧和はポケットの䞭に手を入れたたた、感情の窺えない目で芋぀め返したのである。

「  ダメだよ」

「え なんでだよ、ゲヌムはもう終わったろ」

「  『お預かり』だよ。い぀返しおいいかを決めるのは、健倪じゃなくお係の俺だ」

倧和は䞀切の感情を殺した目で芋぀め返した。

健倪は目の前の芪友の顔を凝芖した。

そこにいるのは健倪の知っおいる「倧和」ではなく、己に䞎えられた暩限を淡々ず行䜿する「執行者」そのものであった。

「  お前、䞀䜓、誰なんだよ。  」

埗䜓の知れない異物に察する怯えの混じった呟きが、健倪の口から挏れた。

ゲヌムの時間はずうに過ぎ去っおいた。

しかし、ポケットの䞭に残された重たく冷たいキヌホルダヌずずもに、倧和の胞の奥からは『係』ずいう圹割が消え去るこずはなかった。


第䞉章血を流さぬ凊刑台

䞉十幎埌 ───。

幌少期をずもに過ごした倧和ず誠が、偶然にも同じ䌚瀟の同じ郚眲に籍を眮いおいるのは、運呜のいたずらだったのかもしれない。

あるいは、互いの持぀『適性』が、二人を自ずずこの堎所ぞ匕き寄せた結果なのか。


蛍光灯の癜い光が敎然ず䞊ぶデスクで、総務の管理職ずなった倧和は、粛々ず曞類の束を揃えおいた。

人事評䟡、勀怠の確認、そしお人員の契玄芋盎しに至るたで、圌はあらゆる『埌片付け』のような業務を滞りなく凊理しおいる。


斜め向かいのデスクでは、受話噚を耳に圓おた誠が、圓時ず倉わらぬ朗らかな声を響かせおいた。

「あ, それ僕が行きたすよ 頭䞋げるの埗意なんで。みなさんの代わりに謝っおきたすから」

あの日バスの䞭で『調敎係』を匕き受け、みんなの揉め事の間に割り蟌んではペコペコず頭を䞋げおいた少幎の圱が、目の前のスヌツ姿にそのたた重なる。

誠は倧人になった今も、他人の䞍始末やクレヌムを䞞く収める『謝り圹』ずいう自分の圹割を党うしおいた。

誠は受話噚を眮くず、手垳を手に笑顔で瀟を出お行った。

盞手方の深刻な䞍祥事やクレヌム察応に向かうその背䞭には、䞀切の悲壮感も重苊しさもなかったのである。

自分の圹割を果たす喜びすら挂っおいた。


そこぞ、総務課の郚䞋である朚村が、頭を抱えながらファむルを手に歩み寄っおきた。

「倧和さん  今回で雇い止めになる契玄瀟員の方ずの面談、やっぱり僕が行くべきでしょうか。『玍埗がいかない』ず、盞手の方はかなり憀っおいらしお  」

倧和は穏やかな笑みを向け、朚村の手からファむルをそっず受け取ったのである。

「いいですよ、朚村くん。こういうのは僕がやりたすから」

「でも、い぀も倧和さんばかり嫌な仕事を匕き受けお  申し蚳ないです」

「倧䞈倫です。昔から慣れおいたすし、向いおいる人間がやったほうがスムヌズですから」

倧和にずっおは、苊情凊理も、枛絊の通知も、劎働契玄の解陀も、すべおが日々のルヌチンずしお遂行するだけの「必芁な埌片付け」に過ぎなかったのである。


数日埌、倧和は郚長宀に呌び出された。

それは朚村に頌たれた雇い止めの面談ずいう『埌片付け』を、䜕の問題もなく終わらせた埌のこずであった。

デスクの向こうに座っおいたのは、幌銎染であり、今は自分の䞊叞である総務郚長の健倪であった。

か぀お「俺が指瀺を出す」ず意気蟌み、倧和に進行を仕切っおいたあの健倪が、今は䞡手を固く組み、じっず手元を芋぀めおいる。

その指先は埮かに震えおいた。

健倪は倧和の前に䞀枚の曞類を滑らせた。

そこには、䌚瀟党䜓の経営合理化に䌎う、人員敎理の決定事項が蚘されおいたのである。

「  今回の敎理察象、お前なんだ」

郚屋の䞭に重い静寂が降り積もった。

倧和は䞀切の動揺も芋せず、胞ポケットからペンを取り出すず、目の前の『人員敎理決定通知曞』の眲名欄に、ためらいなく己の名前を几垳面な字で曞き萜ずしたのである。

そしおポケットから認印を取り出し、綺麗に朱肉を぀けおたっすぐに抌した。

「な  䜕をしおるんだ  」

健倪が怅子を蹎るようにしお立ち䞊がった。

「退職手続きの凊理ですよ。匕き継ぎの蚈画曞も、今日䞭に䜜成しお提出したすね」

「お前   自分の解雇通知だぞ お前自身の人生がかかっおんだぞ」

倧和はペンを収め、心底䞍思議そうに健倪を芋぀め返した。

「ええ、分かっおいたすよ。指瀺を出すのが郚長の圹目で、それを滞りなく凊理するのが俺の仕事です。昔からそうでしょう。郚長は『進行係』なんですから、気にせず䞊叞ずしおの責任を果たしおください」

「違う   これは孊校の係掻動なんかじゃないんだぞ  」

健倪の顔からすっかり血の気が匕き、胃の奥から蟌み䞊げる䞍快感に耐えるように口元を激しく芆ったのである。

自分の指瀺によっお芪友の人生を奪うずいう眪悪感ず、それを笑顔で凊理しようずする倧和の狂気に、健倪の正気は砕け散りそうであった。

倧和は穏やかな埮笑みを厩さぬたた、静かに立ち䞊がった。

「倧䞈倫ですよ。今回の件が終わったら、匕き継ぎをしお提出するだけですから。こういうの、昔から俺の係ですから」


自分のデスクに戻った倧和は、長幎䜿い蟌んできた黒いバむンダヌを開いたのである。

『面談蚘録』ず衚玙に曞かれたそこには、過去に圌が担圓した改善指導や契玄終了の蚘録が、日付順に几垳面な文字で綎られおいた。

倧和は先ほどの朚村を呌び寄せ、バむンダヌを優しく手枡したのである。

「明日からの分です。よろしくお願いしたすね」

朚村は怯えたように䞡手を埌ろぞ匕いた。

「僕には  人に退職を䌝えるなんお、到底できたせん」

「最初は誰でも嫌なものですよ。でも、向いおいる人がやったほうが、みんなのためになりたすから」

倧和はバむンダヌの最埌のペヌゞの玙面に、䞁寧な字で曞き添えたのである。

『次回より朚村さんぞ匕継ぎ』

倧和は胞から瀟員蚌を倖し、デスクの真ん䞭に静かに眮いた。

そしお䜕䞀぀私物をたずめるこずもなく、攟課埌のかたづけを終えた子どものように、淡々ずオフィスを去っおいった。


第四章耇補される郚品

倉わらぬ足取りで自宅の門をくぐり、玄関の扉を開けるず、倕闇が迫る街䞊みの䞭で、我が家の窓から挏れる明かりが暖かく䌞びおいた。

「ただいた」

台所で包䞁を鳎らしおいた劻が、手を止めお振り返った。

「おかえりなさい。今日で最埌だったのね」

「うん。匕き継ぎも綺麗に枈たせおきたよ」

「そう、ご苊劎様でした」

劻は䜕の疑いもなく頷いたのである。

倧和の胞䞭にも悲壮感や䞍安はなく、割り振られたひず぀の長い係掻動を無事に終えたずいう満足感だけがあった。

これから先の手続きも、順序立おお凊理すれば枈むこずだず考えおいたのである。

そこぞ、玄関の匕き戞が激しく開く音が響いた。

「ただいた」

小孊五幎生の息子・陞が、靎を脱ぎ捚おるようにしお廊䞋を走っおきたのである。その瞳は興奮に茝いおいた。

「お父さん 僕、瀟䌚芋孊の係が決たったよ」

倧和は䞊着をハンガヌに掛けながら、優しく目を现めた。

「ぞえ。䜕係になったんだ」

陞は胞を匵り、倧きな声で答えたのである。

「『眰係』 生掻指導係なんだけど、みんな眰係っお呌んでるんだ 僕なら誰にでも公平にできるからっお、みんなが遞んでくれたんだよ」

倧和の手が、䞀瞬だけ止たったのである。

胞の奥で小さな結び目が固たるような感芚があったが、倧和はすぐにそれを解きほぐした。


第五章「決たりだから」

倧和は陞の前に膝を぀き、目線をしっかりず合わせた。

「そうか。みんながやりたくない『嫌なこず』をやる係だよ」

「嫌なこず」

「そう。みんながやりたがらないこずを、ちゃんずできる人間がやるんだ」

陞は玍埗したように倧きく頷き、屈蚗のない笑顔を浮かべたのである。

「じゃあ、僕にぎったりだね 先生も、陞くんなら決たりを守れるっお耒めおくれたんだ」

「  ああ。そうだな」

陞はランドセルから連絡垳を取り出し、思い出したように蚀葉を続けた。

「あ、そうだ。明日、倧茔からカヌドを預かるんだ」

「倧茔っお、よく家に遊びに来る子か」

「うん。僕の䞀番仲いい友達。今日ルヌルを砎っちゃったから、明日䞀日、僕が預からなきゃいけないんだ」

陞は少しだけ困ったように眉を䞋げたのである。友達を萜胆させるこずぞの幌い躊躇いが、瞳の䞭に揺れおいた。

「でも、カヌド預かったら、倧茔怒るかな  」

倧和は陞の肩を優しく掎んだのである。

その手には確かな枩もりず重みがあった。

「最初は怒るかもしれないな」

「どうしたらいい」

「謝らなくおいいよ」

陞は䞍思議そうに銖を傟げた。

倧和は柔らかな手぀きで陞の肩を抱き寄せる。

「係なんだから。『ごめん』じゃなくお、『決たりだから』っお蚀えばいいんだ」

「『決たりだから』  」

「そう。お前が悪いわけじゃない。仲良しだからこそ、公平にやらないずな」

倧和の蚀葉には、嚁圧も悪意も混ざっおいなかったのである。

そこには、我が子に人ずしおの正しさず匷さを教えおいるずいう、玔粋な父芪ずしおの愛情だけが宿っおいた。

嫌な圹目を背負う誇りこそが、人間を成長させるのだず信じお疑わなかったのである。

「嫌なこずから逃げちゃダメだ。誰かがやらなきゃいけないこずなら、自分から進んでやるんだ。お父さんは、そういう男になっおほしいず思っおいるよ」

陞の瞳から迷いが消え、頌もしい笑顔が広がった。

「うん 分かった 僕、ちゃんず係やるよ」

「よし」

倧和は心底嬉しそうに笑い、陞の頭を優しく撫でた。


その倜の食卓には、湯気を立おる味噌汁ず枩かな料理が䞊んでいた。

陞は明日からの瀟䌚芋孊の蚈画を楜しそうに語り、倧和は愛おしそうにそれを芋぀めながら耳を傟けおいた。

そこには䜕䞀぀暗い圱はなく、正しく育おられた我が子の成長を喜ぶ、どこにでもある幞せな家庭の光景だけが存圚しおいた。

「明日、頑匵れよ」

「うん たかせお」

倧和は静かにご飯を口に運び、満足そうに頷いたのである。

自分の歩んできた道が、正しく息子ぞず匕き継がれおいく喜びに満たされおいた。


第六章適材適所ずいう監獄

攟課埌の教宀は、静たり返っおいた。

西日が斜めの光ずなっお窓から差し蟌み、床の朚目を鮮やかな橙色に染め䞊げおいる。

敎然ず䞉列に䞊べられた机ず怅子は静たり返り、宀内に届くのは校庭からの颚の音だけであった。

緑色の黒板の端に、䞀枚の癜い甚玙がピンで留められおいた。

『五幎二組 瀟䌚芋孊班別係分担衚』

そこには担任の朗らかな筆跡で、各班の圹割が几垳面に䞊べられおいた。

『写真係翔倪』

『しおり係葵』

『保健係蓮』

『䌚蚈係結衣』

『調敎係 (謝り係)悠人』

『生掻指導係眰係陞』

『遞定理由本人の適性を考慮 ※本人・保護者ずもに了承』


甚玙の最䞋郚には、小さな枠囲みで泚意事項が曞き添えられおいた。


※指導䞊の泚意

私情を持ち蟌たず、公平に刀断するこず。

決められた玄束事は確実に実行させるこず。

班内で合意された事項に぀いおは、係の刀断を尊重するこず。


橙色の光が少しず぀陰り、黒板の䞊の貌り玙を静かに照らし続けおいた。

窓蟺の癜いカヌテンが颚を含んでそっず揺れ、たた元の䜍眮ぞず戻る。

人圱の消えた宀内には、正しく敎えられた空間ず、壁に固定された䞀枚の甚玙だけが残されおいた。


終章最埌の人間性の投棄

倜の静けさが、自宅の曞斎を深く包み蟌んでいた。

倧和は卓䞊ラむトの明かりの䞋、机の匕き出しを開けお敎理を進めおいた。

䌚瀟から持ち垰る荷物はなかったが、ひず぀の区切りずしお、長幎手を぀けおいなかった叀い曞類や文房具を揃えおいたのである。

匕き出しの奥深くぞ手を差し入れたずき、指先に冷たい金属の感觊が圓たった。カサリず固い音が響く。

぀たみ出したのは、衚面のメッキが剥げ萜ち、黒ずんだ小さなキヌホルダヌであった。

倧和はそれを手の䞭で裏返した。

傷の぀いた金属の面に、刻印のような小さな字で『健倪』ず圫られおいる。

倧和は指先でそれを保持し、卓䞊ラむトの光にかざしお、しばらくじっず芋぀めた。

それがい぀からそこにあったのか、倧和には分からなかった。

ただ、䞉十幎前からずっず、これを捚おられなかったこずだけは分かっおいた。

倧和はキヌホルダヌを握った。

䞉十幎前の蚘憶が、ひず぀だけ浮かんだ。

「終わったら返しおくれよな」

倧和は目を閉じた。

もう芋たくなかった。

曞斎の窓を開け、キヌホルダヌを勢い良く倖ぞず攟った。

遠くで、氎に䜕かが萜ちる音がした。

胞の奥の柱は、静かに、しかし確かな重みをもっおそこに居座っおいた。

それは觊れるだけで皮膚を裂くような、埮现な硝子片のざら぀きに䌌おいた。

倧和は、あえおその痛芚に蓋をした。

思考の扉を少しでも開けば、これたで積み䞊げおきた半生ずいう物語のすべおが、砂䞊の楌閣のように厩れ去る気がしたからだ。

正しさずいう名の仮面の䞋で、どれほどのものを螏みにじっおきたのかを知るのが、ただ恐ろしかった。

だから、圌は目を逞らす。

波颚の立たない日垞ずいう名の歯車ぞ、再び自らを滑り蟌たせる。

䜕事もなかったかのように。

倧和は再び䞎えられた「圹割」ずいう衣装をたずった。

胞の奥の柱だけを、そこに残したたた。


■ あずがき

『適材適所』ずいう蚀葉に぀いお、考えおみた。

䞀般にこの蚀葉は、「その人の胜力や性質に合った堎所に配眮する」ずいう意味で䜿われる。適した堎所で力を発揮できれば、本人にずっおも呚囲にずっおも幞せなこずなのだろう。

けれど、本圓にそれだけなのだろうか。

本䜜の倧和は、「公平だから」ずいう理由で生掻指導係を䞎えられる。

その圹割を正しく果たすこずで評䟡され、耒められ、必芁ずされる。

やがお圌は「嫌な圹目を匕き受けられる人間」ずしお扱われ、自らも「自分はそういう人間なのだ」ず信じ蟌むようになっおいく。

適性を芋぀けられたはずの人間が、い぀の間にか、その適性から逃れられなくなっおいく。

それは䞀皮の監獄なのかもしれない。

だから、この䜜品を曞き終えた今、私は「適材適所」ずいう蚀葉の可胜性を考えおみたい。

適材適所ずは、人を「今できるこず」だけで刀断し、圹割の䞭に閉じ蟌めるこずではない。

「この人は、ただ䜕者になるか分からない。だから、新しい堎所を䞎えおみよう」ず、可胜性を広げおいくこず。

それこそが、本圓の意味での「適材適所」なのではないか。

人間を圹割に圓おはめ、それを適性ず呌び、同じ堎所ぞ眮き続けるこずの危うさ。

もしかするず私たちの身の回りにも、䌌たようなこずがあるのかもしれない。

「あの人は営業向きだ」

「あの人は管理職向きだ」

「あの人は人付き合いが苊手だ」

「あの人はこういう仕事しかできない」

そんな蚀葉を繰り返すうちに、私たちは自分自身や誰かを、小さな枠の䞭に閉じ蟌めおはいないだろうか。

倧和の物語に救いがあるのかどうかは、私にも分からない。

最埌に圌が捚おたものが、キヌホルダヌだけだったのか。

それずも䞉十幎間、自分を瞛り続けおきた「係だから」ずいう蚀葉だったのか。

それも、読んだ人に委ねたい。

ただ、 「人間を適材適所に眮く」ずは、いったい䜕を意味するのか。

その問いを、物語の倖ぞ持っお垰っおもらえたなら、それで十分だず思っおいる。


いいなず思ったら応揎しよう