見出し画像

言葉の自壊と、その先にある体温 ── 『かわいらしいポエム禁止法』を書き終えて

言葉の「曖昧さ」や「多義性」を許容できなくなった社会が、善意の検閲と自動的な防衛システムによって自らを窒息させ、最終的に世界規模の戦争へと破滅していく ──。
そのプロセスを書き切った今、私は物語が孕む「誤読の連鎖」というテーマの深淵に向き合っています。

本作執筆のプロセスは、現代の情報社会が孕む危うさとの対峙の連続でした。

文脈を剥ぎ取る「コンテクスト・コラプス」や、情報の過剰飽和が招く「インフォデミック」、現代のSNS社会における情報の拡散と変質、確証バイアスや集団ヒステリー ──そこにコンプライアンス過剰や過度な自粛という病理を掛け合わせ、人々がどのように言葉を奪われ、また自ら手放していくのか。
その顛末を追いかけました。


世界が静かに停止するまでの軌跡

物語において、言葉がシステムによって怪物化していくプロセスを、私は以下のように整理しました。


無垢の発生と消費 

一人の少女が綴った「花火が綺麗だった」という数行の詩『なつのそら』──。
人々は内容を精査せず、その「かわいらしさの気配」だけを消費します。


意味の空白と誤読のパンデミック

定義されない言葉の「空白」に、不安や陰謀論が磁石のように群がります。そのポエムが持つ「あまりの無垢さ」ゆえに、大人はそこに「何か裏があるはずだ」「これは隠喩に違いない」というフィルターをかけてしまいます。
国家は「特定言語表現規制法(かわいらしいポエム禁止法)」を可決し、事態は法という檻に囲われます。
この作品は、「人間は、意味のないものに耐えられない」という社会の弱点を突いています。
中身が空っぽであるからこそ、そこに誰もが自分の不安を投影し、社会全体がパニックを引き起こしてしまいます。


言葉の去勢と認知のハッキング

言葉が死滅した世界で、言葉のプロたちは「ポケットが冷たい」といった100%安全な客観的記録を大量投下し、人々の飢えた情緒を爆発させます。


国境を越えた翻訳の致命的な傾き

国内の沈黙を、他国のリスク評価システムは「奇襲直前の気配の消去、極秘の軌道兵器コード」と誤認。
誰も戦火を望まないまま、誠実な防衛本能によって砲門が開かれます。


均一なる忘却と救済

戦争の停止後、人々は「忘れ方を揃える」ための記念館を作ります。
そのベンチで、かつて母親の愛によって守られ、普通に老いた「あの少女」が、ただ夏を惜しむように炭酸飲料を啜るのです。


荒唐無稽を「真実」へ反転させるディテール

物語の出発点は、ささやかな言葉の齟齬が雪崩のように増殖し、取り返しのつかない破滅へ至る「連鎖」の恐怖を描くことでした。

しかし、単に社会が窒息するだけではありふれた話に留まってしまう。

そこで私は、「児童のポエムがミサイルの引き金になる」という、あえて滑稽なほど突き抜けた極端な事態にまで世界をデフォルメしてみることにしました。
他でもなく、本作の脈にギャグを意図したのですが、結果、その実、現代人がコンテクストを読みすぎるあまり、本来無害であるはずの他者の表現に過剰反応し、断罪する現代社会の病理的現象が鏡写しの様に浮き上がってきました。

全体を通じ、少女の無垢なポエムが世界戦争の引き金となるという一見すれば荒唐無稽なこの跳躍を観念的なパロディに終わらせないために、小説としての完成度を高めるべく、私は細部を執拗に現実的なリアリティで埋めていく手法をとりました。

役所の審査基準における無機質なフォント、硬質な行政文書、最高裁長官が引いた「憲法は国家が自滅するための心中の免罪符ではない」という冷徹な法理、そしてテレビ局の画面を埋め尽くす無力なテロップ ──。

私は、飛躍という名の「歪み」を、こうした冷徹なほど緻密なディテールで支えることで、物語に確かな手触りを与えようと試みました。
この様に、リアリティの構築を緻密に積み上げたからこそ、その滑稽さを社会の限界を告げる警鐘として機能させることが出来ました。


誤読が織りなす世界の正体

私たちは日頃、「言葉は正しく伝わるもの」という大前提の上で社会を営んでいますが、現実の正体は、誤読と解釈が幾重にも積み重なった「言説の累積」に過ぎないのかもしれません。

古来より語り継がれる予言も、現代を揺るがす社会不安も、SNSの炎上も、世論も、突き詰めれば他者の意図を自らの文脈で解釈するプロセスから生まれます。

世界とは、確かな実体ではなく、無数の誤読が複雑に連鎖することで形を成している ──。
そうした仮説が、執筆を通じて私の確信へと変わりました。


誤読の時代に、物語が帰着する場所

「虚構が現実を侵食する恐怖」を背骨に、中盤以降はコロナ禍の「息苦しい空気」をブレンドしたこの物語。

私が最後に描きたかったのは、システムに還元できない「個人の体温」です。

国家という巨大なシステムがどれだけ壮大に誤読を繰り返そうとも、目の前の我が子を愛おしむ母親の孤独な愛や、少女が母親から受け取った瑞々しい記憶だけは、何ものにも翻訳されない「純度100%の真実」としてそこにあります。

この物語が、読者の胸に「システムに回収されない、自分だけの体温」の存在を問いかける灯火となることを願っています。

世界がどれほど誤読の層で閉ざされていたとしても、個人の内側に宿る「言葉以前の感情」だけは、誰の管理下にも置けない、揺るぎない聖域としてあり続けるのです。


『かわいらしいポエム禁止法』リンク先はこちら🫱🏻

https://note.com/vast_hare3097/n/ne7b8226a947a


いいなと思ったら応援しよう!