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触れたときに、触れられている

整体スクールを主催している。これまで多くの生徒さんを送り出してきた。

手技そのものは、実はそんなに多くない。触れる。擦る。つかむ。揉んで、離す。揺らす、回す。大きく分ければ、これくらいのものだ。

施術家になるために、まずはこの手の使い方を練習してもらう。けれど、本当に大事なのはその先にある。手技の正確さより先に、触覚の感受性。

ここの差は大きい。

触れたときに、触れられている感覚になる。押したときに、押されている感覚になる。揺らしているときに、揺らされている感覚になる。

そういう触覚を
感じようとする感性のことを、
テレパシック感性と呼んでいる。

これは手技だけの話じゃないかもしれない。

たとえば夫婦喧嘩。
ちょっとしたことで口論になる、あれ(笑)。

怒りのボルテージが上がっていく中で、自分が何か言葉をぶつけた瞬間、相手がどう感じたかが一瞬でわかったらどうだろう。ちょっと言い過ぎたな、とか、全然伝わってないな、とか。

電車で混雑しているときに
席を譲った、その相手の気持ちが伝わってくることもある。

もう少し視野を広げると、
あまり触れたくない話だけれど、
誰かに暴力を振るったとき、振るわれた側の痛みがそのまま伝わってきたら。
刺したときに、
自分も刺される感覚になったら。
最悪、殺すときに自分も殺されるような感覚になったら。

この感覚がなくなると、分離が起きる。
利己的な作用が働いて、
何も感じなくなる。そうして環境は少しずつ劣悪になっていく。

でも、もしこの感性がもう少し強く、
そして、自身の感受性への信頼が強くなったら・・・。

争いは苦痛になるし、
暴力は悲劇になるだろう。

平和で、穏やかで、
調和のある生活ができるんじゃないか。

これが、
今の地球社会で一番遅れているところなのかもしれない。

この感性を取り戻すことが、
地球を救うのかもしれない。大げさだけどね。

そんなことを思いながら、
今回noteにちょっとだけ書いてみた。


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吉田正幸 /施術家 いただいたチップは直感の表現に使わせていただきます。