見出し画像

アンダルシアの夏を駆け抜ける|エッセイ

私がサイクルロードレース(自転車競技)を知ったきっかけとなった作品がある。

『茄子 アンダルシアの夏』

2003年に劇場公開されたアニメ映画で、私は公開してしばらく経ってから、テレビで放送されたときにはじめて見た。

原作は短編マンガで、監督・キャラクターデザインなどを務めた高坂さんは、スタジオジブリでも活躍された方で、キャラクターがなじみのあるデザインで、興味を持ったのがこの作品を見るきっかけだった。

当時、私はサイクルロードレースを全く知らなかった。独特な形のハンドルの自転車に跨った選手たちが何十人も固まって、真夏のスペイン・アンダルシア地方を走るシーンから物語は始まる。

ルールはよく分からなかったが、とにかくこの選手の中で、一番最初にゴールに辿り着けば勝利だということだけ、なんとなく理解できた。

この作品の主人公は、同じチームの中でエースと呼ばれる最後にゴールで1位を目指す選手ではなく、エースが勝てるように道中でアシストする選手だった。彼にスポットライトが当たることはない。ひたすら監督とエースの指示に従って、黙々と仕事をする。

映画を見ていて、なんだか声が少し聞き覚えがあるなと思った。なんと主人公ペペの声は、大泉洋さんだった。役者として大活躍している大泉さんだが、普通に声優さんが声を当てているんだろうと思ってしまうほど、自然な演技だった。

大泉さんといえば、バラエティ番組やドラマでもコミカルなキャラクターのイメージがあるが、今作主人公のペペも明るくてコミカルなキャラでとても好感が持てるキャラクターだった。しかし、レースが進むにつれて、だんだんと主人公の頭の中で、暗い過去がフラッシュバックしていく。

ペペには故郷のアンダルシアにカルメンという恋人がいた。しかし、ペペが兵役で故郷を離れている間に、カルメンはペペの兄であるアンヘルと結婚することになってしまう。ペべがアンダルシアを通過するレースの日が、兄とカルメンの結婚式当日だった。

ギラギラと照り付ける日差しの中を、汗だくになりながら自転車を漕ぎ続ける選手たち。懐かしい故郷へと続く道を走るペペの脳裏には、色々な思い出が蘇る。カルメンとのこと。家族のこと。兵役のこと。自転車選手としてプロを目指したこと。

兵役と仕事を言い訳にして、カルメンを手放してしまったペペは、心の中がぐちゃぐちゃになりながら走り続ける。その時、ペペの無線に監督から「集団から飛び出して逃げろ!」という声が聞こえて…。


サイクルロードレースはルールを説明するのが難しいスポーツだ。そんなレースをどうやって楽しめばいいか、映画1本にすべて詰め込んだ作品が『茄子 アンダルシアの夏』だ。この映画を見てから、本物のレースを見ると選手にとても感情移入できる。

私はこの映画に出会ったあと「ツール・ド・フランス」という世界最大のサイクルロードレースの中継を見て、「弱虫ペダル」という自転車競技のマンガを読み、ついにロードバイクを購入して、ロードレースのイベントに参加するまでになった。

日本の暑すぎる夏。汗をかきながらペダルを踏み込む。変速機を切り換えるカチカチという音。足を止めるとシャーという音がするホイール。立ち上がって、一気にペダルを踏み込んだときのフレームのしなり。映画で見た世界が、今自分の目の前にある。

夏が来るたびに、私はアンダルシアの容赦ない太陽と、ペペの顔を思い出す。故郷を駆け抜けたペペが、最後に何を手にしたのかは、ぜひ映画を見て確かめて欲しい。



私がロードバイクを買って走り出した日のエッセイ


いいなと思ったら応援しよう!