マイクの代わりに冷水を配れ――特等席の野次馬どもに告ぐ、災害報道の在り方|災害報道|マスメディアの闇|防災と減災|社会派コラム|人間味|

日本という国で暮らしている以上、避けて通れないのが「震災」だ。ひとたび大きな揺れが起きれば、インフラは寸断され、日常は一瞬で崩れ去る。その極限状態の中で、テレビやラジオといったマスメディアが果たすべき役割が「事実を伝えること」にあるのは言うまでもない。
だが、近年の災害報道を見ていて、胸に湧き上がるのは怒りと違和感ばかりだ。
画面の向こうで繰り広げられているのは、本当に「報道」なのだろうか。俺には、安全な特等席から群がる「野次馬の群れ」としか見えない。
土足で踏み込む「野次馬」たちの正体

倒壊した家屋を目の前にし、わざわざ「1階が押しつぶされ倒壊しています」と実況する。映像を見れば一目瞭然のそんなことを口にして、何の意味があるのか。
さらに耳を疑うのは、その家屋の前に立ち、途方に暮れている当事者にマイクを向ける姿だ。
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\Huge\textbf{ 🎤}\\[-0.8em]
\large\textbf{「今、どんなお気持ちですか?」}
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――犯罪者じゃねぇんだ、被害者なんだぞ。そんなこと、聞かなくても分かるだろ。

その地震がなければ、今もなお家族と共にそこで普通の生活を送っていたはずだ。すべてを奪われ、言葉を失っている人の心情を少しでも想像したことがあるのか。相手の立場に立ち、もし自分がその場にいたらと考えたら、あんな無神経な質問をぶつけることなど到底できないはずだ。

被災し、家を失い、それでも気丈にインタビューに答え、時には絞り出すような笑顔を見せる被災者の方々。その姿を見るたびに、胸が締め付けられる。もし俺があの立場でマイクを向けられたなら、間違いなく胸ぐらを掴んでいる。「そんなこと聞かなくても分かるだろ」と怒鳴り散らしているだろう。
それでも優しく対応してくれる人たちの気遣いに、あいつらは甘えているだけだ。
エアコンの効いたスタジオと、手ぶらのロケ車

報道陣の姿は、あまりにも醜悪だ。
現地に赴くなら、ただカメラを回して画を撮るだけでなく、本当に必要とされている物資を少しでも調達して届けるのが筋ってもんじゃないのか。物資の配給は他の者に任せ、自分たちの目的のためだけに相手の気持ちも考えず撮影とインタビューを繰り返す。

大きなロケ車のエアコンをガンガンに効かせ、涼しい顔で現場に乗り込み、高みの見物を決め込む。もし「暑いので気を付けて」と思うなら、その涼しいロケ車に少しでも案内して休ませてやるくらいの配慮がなぜできないのか。
そして、そんな冷徹な絵面を編集し、エアコンの効いた安全なスタジオで綺麗ごとを並べるコメンテーターたち。
見ている側は、そんな配慮の無いレポートも、上っ面の偽善的なコメントも、一切望んでいない。マスメディアの人間は、その現実を知るべきだ。
マイクの代わりに、冷たい水を一本

ある被災地で、ボランティアが配ったかき氷を子供が嬉しそうに食べている映像があった。そこにマイクを向け、「冷たい?」と問いかけるレポーターの姿が映る。
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\large\textbf{――なんと低能で無能な質問か。}
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子供が嬉しそうにしているその小さな瞬間を、ただの「視聴率稼ぎの絵面」としてしか見ていない証拠だ。

カメラなんて一旦下ろして、その子の頭をなでて「美味いか? 一緒に頑張ろうな!」と声を掛けることが、なぜできないのか。
現状や真実を伝えることは大切な役目だ。だが、それは相手の心情を察した対応があって初めて成り立つものだ。ただ流せばいいというものではない。今どんな気持ちで避難所暮らしをし、どんな思いで配給の列に並び、何を望んでいるのか。それを知りたいなら、土足で踏み込むような真似はやめろ。

マイクやカメラを突きつけて痛みを晒し者にする前に、喉をからして乾ききっている人に、冷たいペットボトルの水をひとつでも差し出してくれ。
すべてのレポーターやコメンテーターが悪い訳ではない。
だが、こういう時こそ機械の様にマイクを突き出すのではなく、本当の人間の持つ優しさを最大限に出すべきじゃねぇのか?
――なあ、あんたはあの画面の向こうの光景を見て、何を感じる?



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