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シニアのお迎えトーク、私流の対応法~Let it be~

自慢ではないが、私は街中のシニアと割とすぐ仲良くなる。
というか、つい出来心で話しかけたら、向こうのマシンガントークが始まって収拾がつかない、ということがほとんどなのだ。

こんな風に書くと、高齢者好きの怪しいヤツと思う人もいるかもしれないが、至って私はまともだ。(逆に怪しい?)

先日も、歯医者の待合室で良き出会いがあった。90歳のおばあさんだ。

息子の話やら、仲良くしている「かしまし娘ばりの友人たち」の話などなど。「ウチら友達だったっけ?」と思うくらい、あけっぴろげに話してくれて、私はひたすら、「へえ~」「すご~い」など、相槌を打つくらいだった。あまりに饒舌で、口座番号などの言ってはいけない情報を言ってしまうのではとヒヤヒヤしたが、おばあさんは無事言わず。

話の終盤で、おばあさんは「もういつお迎えがきてもおかしくないしねえ。」と漏らし始める。はいはい、来ましたね。「お迎えトーク」開始だ。「お迎えトーク」は、皆さん言わずもがな、だと思うが、要するに「いつ召されてもいい」と割り切ったような話を始める展開だ。

仕事柄、高齢患者さんと多く関わってきたが、整形外科の病院に勤務していた時は特に「お迎えトーク」を浴びまくった。入院期間も割と長く、私のことを、孫のように扱ってくれる患者さんも多かった。

とある、かなり多忙な日。行く先々の病室で「わたしゃもう、いつお迎えがきてもいいんだ!」なんて文言を毎度毎度聞かされ、フォローするのも面倒になり、ある大部屋で私はついに言った。「あのね…、そういうこと言ってる人に限っていつまでも死なないの!」我ながら思い切ったことを言った。

するとどうだろう。その病室には高齢の女性患者さんが4人いたが、一同大爆笑!中には腹を抱えて笑うおばあさまもおり、「やめてぇ~、腹がいたい。」と笑い泣きをしていた。
綾小路きみまろを疑似体験できた気がする。

もちろん、病状が深刻で苦痛な症状がある人にはこんな返しはしない。
あくまで、元気そうでシャキシャキしている人限定。それに面識がない人は、さすがの私もそこまでは言えないため、笑ってごまかすことが多い。

だが、そもそも最近思う。長生きが良いことかどうかって、その本人にしかわからない。だから、自分の価値観で「長生きしてください」と言うのもなんだかなあ、と思うのだ。その人の歴史とか、苦労とかを知らないならなおさらだ。かと言って、「そうですねー」もちょっと。

もちろん、いなくなってしまうのは、寂しいことこの上ないから、どんなテンションで「お迎えトーク」を始めたか、その表情とトーンをよく見るようにしている。

正直、年齢的に死が近い人のそんな話を聞きたくはない。だが、相手が「お迎えトーク」をすることで、「笑い」に変えたければ変えてあげる、「しんみり」話したければ聞いてあげる。そんなスタンスで関わるようにしている。

あるがままに。

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