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竜と親戚 ~ポケモンカード・ゴールデンカムイ~

私はその時、伝説の竜を探し求めていた。

探索を始めてすでに数か月が経過していたが、竜はその姿の片鱗すらも、こちらに見せようとはしてこない。どこだ、どこにいるのだ。伝説の竜は、いったいどこに潜んでいるというのだ。

情報は錯綜していた。
私の他にも、同じ竜を狩ろうとする者たちが存在しており、それぞれが虎視眈々とその機会を探っている。そして「竜はどうやらあそこで眠っているらしい」「いや、あそこではなく、こっちだ」などと真偽の分からない噂を流し合っている。相手の隙を突いたと思えば、こちらがいつのまにか隙を突かれ。油断の許されぬ攻防戦。
しかし私を含む狩猟者たちの目は、興奮の色に満ちていた。我こそが一番に竜を発見するのだ、我こそがこの闘いの覇者なのだ。そんな強い意志を絶やすことなく、伝説に対峙していた。

と、ここまでの説明を受けると、まるでヨーロッパの古城や人知れぬダンジョンなどを舞台とした壮大な物語を想起するかもしれないが、そうではない。これは東京都練馬区のごく狭いエリアを舞台とした話だ。え? じゃあ竜とはなんのことなのか。

ポケモンカードのことである。

竜の姿をしていて、炎攻撃を得意とするポケモン、「リザードン」のカードのことである。

そしてその「リザードン」カードを狙っているライバルたち。それは、弟たちであり、いとこたちである。すなわち、同世代の親族たちである。なぜ我々は、いい歳をして、親戚同士でのポケモンカードの争奪戦に熱をたぎらせているのであろうか。

凡庸でありたくない。とにかく、凡庸とは無縁でありたい。
現実を生きる中で、たびたび、そのような思いを強く浮かべることがある。

たとえば。
私は幼い頃より「将来は冒険家になる」という夢を描いていたわけだが、その念願は大人になった段で断念せざるを得なくなった。なぜかといえば、要は現実がもたらす「凡庸であれ」というプレッシャーに負けてしまったからである。
たしかに、「冒険家」という志は、非凡である。私の親は、まだ何者でもない子どもである私に向かって、折に触れて「とにかく安定が一番だ」などと告げていた。つまり、非凡な営為である冒険家への道は不幸に繋がり、そして凡庸に生きることこそが幸せなのだ、という論調である。ああ、現実とは、非凡を端的に嫌う。私はこうして、冒険家になるという夢を萎ませた。

しかし、凡庸が与える安心感を享受しすぎると、個の衝動は失われてしまう。衝動に素直に従って生きなければ、主体的に生きているとは言えないのに。凡庸であることは、あらゆる視野を狭くする。

冒険家にはなれなかったが、それでもなんとか凡庸には陥らない生き方をしたい。そんな反発心から、私はコントの構成を編む仕事に手を染め、そして作家になったところがある。現実のあらゆる場面にはびこっている「凡庸であれ」の同調圧力に負けてはならない。自分にとって大切な衝動を麻痺させないようにしなければならない。そんなことを、いまもなお、肝に銘じている。

さて。

そんな凡庸を忌み嫌う私にとっての、「凡庸な景色」の代表格とはなにか。
それは、親戚の集まりである。
親戚ほど、つまらないものはない。冠婚葬祭などのシーンで、たびたび催される、親類縁者の集い。それは身の毛もよだつような凡庸さのアソートパックである。
 
「やあ、しばらく見ない間に、背だけ大きくなっちゃって」
「もうさ、健診で肝臓が引っかかっちゃって、もっぱらウーロンハイよ」
「庭に生えている柿の木、そろそろ剪定してもいいんじゃないかなあ」

ああ、つまらない。なんて生ぬるいグルーヴなのか。
似たような顔が、毎年、似たような会話をしているだけ。赤ら顔になったおじさんが私を指して、「作家だかコントだか知らないけど、とにかくさ、親を安心させる仕事をしたほうがいいよ」などと大声で大きなお世話をたれてきたりもして、ああ、凡庸さ、ここに極まれり、である。

私の生まれは東京都練馬区にある家系。それは古くより続く農家の一族で、いまは亡きおじいちゃんが持っていた畑の土地を親類間で分けっこしてそれぞれの家を建てたという経緯があり、だから同じ町内における親戚の密度がかなり高い。私の実家の隣にはいとこたちの実家があり、そしてその四軒先には、さらに別のいとこの実家がある、という親類縁者のジュラシックパーク状態である。近所を散歩するだけで、草の茂みから、おじさんが、おばさんが、「がおっ」と現れる。同じ環境で毎日のように顔を合わせているものだから、もはや親戚というよりも、家族みたいな距離感の関係性が一帯には築かれていた。

で、土地と親族間のしがらみとに縛られたそのフィールドにおいては、とにかく波風の立たない日常が優先される。なにせ農家の末裔たち、好きな言葉は一様にして「実直」であり、親族のほとんどは企業か役所に粛々と勤めている。そしてその傍らで、先祖から残された畑の手入れにせっせと取り組む。「実直」に基づいたその日常のループからはみ出すことは決してない。教員であった私の母と大手自動車メーカーのサラリーマンであった私の父はかつてたびたび「とにかく安定が一番だ」と、凡庸に生きることの幸せを説いていたわけだが、それは町内の親戚一同を挙げての価値観でもあったのだ。
とにかく、角の立つことはしないほうがいい。とにかく、公務員かサラリーマンになったほうがいい。とにかく、庭には柿の木とかが生えてればいい。パッションフルーツとかドラゴンフルーツとかは、ノーセンキューだ。
 
私は、この親族界隈が放つ「凡庸であれ」のカロリー量に、子どもの頃から大人になるまで、何度も心を折られてきた。「あれをしたい」「これをしたい」という衝動は、「他の人はそんなことやってないよ」の一言で、無に帰されてしまう。
ここにはびこる凡庸さからは、なるべく距離を取っていたかったが、それでも親戚の集まりというのは開催される。法事があれば黒いスーツを着て参加しなければならないし、お正月の席でにこやかな笑顔を浮かべて親族たちと挨拶をすることからは逃れられない。現実とは、そういうものである。

で、ある時の話。
サトシという名の親族が、このたび結婚することとなった。ついては親戚が一堂に会する披露宴を開くという。
その席での乾杯の挨拶役に、私が指名された。実は私は兄弟やいとこの中で最年長者であり、つまり同世代親族においての長男的存在。親戚内の誰かが結婚するたび、こうした乾杯スピーチを任されてきた。
サトシは隣の家に住んでいた九つ下のいとこである。彼のことは、赤ちゃんだった頃から知っている。ガス管理会社のシステム事業部で働くお堅いサラリーマンになったいまでも、私にとってはとてもかわいい存在だ。乾杯の挨拶役を断る理由などどこにもない。

そして、当日。紅葉の眩しい秋の候。
披露宴会場であるホテルのホールに足を踏み入れれば、おお、正月以来で会う父、母、そして弟たちの顔がある。着物のおばたちがいて、すでに白ワインで頬を赤くしているおじたちがいて、御年九十を迎えたおばあちゃんがいて、そしてスーツやドレスのいとこたちがいる。白いタキシードを纏って登場したサトシとウェディングドレス姿の新婦に、皆で拍手を送る。親戚オールメンバーによる祝いの宴、開幕である。

乾杯の挨拶は、無難にこなした。新郎新婦はこのあとイタリアに新婚旅行に出かけるということだったので、「ふたりの門出に、ボン・ボヤージュ」などという文言を唱えるなどした。うん、つまらない。しっかり、面白くないことを言っている自覚はある。しかし、この凡庸さだけが求められている親戚一同の場では、このくらいのとろ火スピーチが相応しい。「ふたりの爆裂天使協奏曲に、サン・テグジュペリ」とか「ふたりの自由貿易協定に、ディーン&デルーカ」なんて強火のエッジを放り込んで、波風を立ててはならない。意味もない「ディーン&デルーカ」の響きを耳にしたら、たぶんだけど、おばあちゃんは吐く。

こうして和やかに会は進行し、それぞれのテーブルでコース料理に舌鼓を打ちながらの歓談の時間へと流れる。
私のテーブルには、弟やいとこたちの顔が揃っていた。誰もが町内で幼少期から成長を共にした間柄である。通っていた小学校・中学校も、全員同じだ。
自ずと、歓談の内容は昔話に花が咲く。子どもの頃は、放課後におばあちゃんの家の庭に集まって、一輪車とかウォーターガンとかで遊んだよね。サトシの家のスーファミで「スーパードンキーコング2」をやり込んでいた時もあったな。そうそう、全員がポケモンカードにハマって、トレーディングが親族内で盛んに交わされていたこともあったよね。バトルもよくやったっけ……。

「あ、ポケモンカードといえばさ」
そこで私の弟のひとりが、口を開いた。
「オレたちが当時集めていた初期バージョンのポケモンカードって、けっこうな価値が付いているらしいよ」
へえ、そうなのか。そういえば、最近のポケモンカードって投資の対象にもなっている、みたいな話を聞いたことがあったような。
「あの頃に持ってたリザードンのカードとか、売ったらけっこうな値段なんじゃないかな」

と言っても、せいぜい一枚五千円とかの話だろう。まあ、それでもあの頃は十枚入りのポケモンカードが二百円とかで買えたわけだから、時が作りだす商品価値というのはあなどれない。
「いや、もっとするんじゃないかな。いまちょっと調べてみるわ……」
そう言って、弟はスマホをいじり始めた。なんとなく、その様子を一同、固唾を呑んで見守る。
「……おいおいおい」
なに? リザードン、実際はおいくらなの?
「百万円って出てるんだけど……」
弟がそう言ってこちらに傾けたスマホの画面、そこには中古カード販売サイトがあり、私たちもよく覚えのあるリザードンのカードの画像の下に、「取引価格:百万円」の文字が打たれていた。

全員で泡を吹くような間があったのち、にわかにテーブルが盛り上がる。全員の目の色が変わっているのがわかる。
「 え? え? え? このリザードン、たしかオレたち、けっこう持ってたよね?」
「うん、あたしだけでも、五枚は持ってたよ……」
「自分も二枚は持っていたような」
「あ、オレの手元には三枚は確実にあったね。デッキに組み込んでたし」
「ちょっと待って、あの頃のポケモンカードって、みんないま、どうしてる?」
「自分はたしか、中学生になったタイミングで、このなかの誰かにあげたような」
「オレもそうだわ」
「僕もいとこの誰かに全部渡した記憶だな……」
「え? っていうことは、誰も捨ててないってこと?」
「うん、つまり、この中の誰かの実家には、百万円のリザードンが何枚も眠っている可能性があるってことだね……」
そこで会話が、ピタッと止まる。

いま、ここにいる全員が頭で思っていることは、同じである。練馬区の、私たちが過ごしたあの町内一帯の親戚の家のどこかに、下手したら一千万円の価値を超える、ポケモンカードが潜んでいる可能性が現れたのだ。これは、これはどうしても、自分が手に入れたい……! だから、もうこれ以上、ライバルたちに自分の持っている情報は、開示したくない……!

どこだ、あのカードたちは誰の実家にあるのか。互いが互いに、疑心暗鬼の目を向ける。

「これはもう、明日から、争奪戦の開幕だね……」
いとこのひとりが、そんなことをつぶやく。
この時、私の胸は、異様に高鳴っていた。
なんだ、これは。
凡庸だと思っていた親戚の景色、それがいま、非凡なものとして反転を始めているではないか。が、血で血を洗うようにして、伝説の竜を親族一同で争うドラマが現れるなんて。
この逸脱に、参加しない手はない。私もまた登場人物として、この非日常的な物語に名乗りを上げようではないか。

まずは、この争奪戦キャストたちの紹介だ。

タクヘイ:私の弟である。三人兄弟の真ん中であり、誰に対してもソフトな性格。現在は保育園に勤務している。リザードンのカードに百万円の価値があることを全員に知らしめた張本人であり、ポケモンに関しては親族の中でおそらく一番造詣が深い。いまも新作のポケモンゲームをプレイしているという。今回のリザードン争奪戦の勝者、その最有力候補だ。

ジンペイ:彼もまた、私の弟である。現在は教員をしている。三人兄弟の末っ子で、その性格はかなりしたたか。無欲なふりをして、美味しいところは全部持っていくところがある。こないだの正月の集まりも、私が最後の楽しみにとっておいた豚の角煮を、気づいたら彼に全部食べられていた。その抜け目のなさ、今回の争奪戦においても要警戒人物だ。

ヨッちゃん:いとこ。私より歳がひとつ下の、電鉄会社に勤めるサラリーマンである。私とは子どもの頃、一番仲良くしていた親族である。小学校も毎日一緒に通った。登校途中、犬に吠えられてよく涙目を浮かべていたような気弱な性格で、たぶんこの争奪戦を制することはできないと思われるが、油断は禁物である。

マユ:いとこ。ヨッちゃんの妹。兄と同じく気が弱い性格ではあるが、以前におばあちゃんを懐柔して車を買ってもらうことに成功しており、その策士の面には注意を払いたい。一児の母。関係ないが、小学生の頃に脱力した顔で自転車を漕いでいたら、口の中にコウモリが飛び込んできた、という逸話を持つ。

サトシ:いとこ。前述の通り、ガス管理会社に勤務している。親族一同から愛されており、不要となったポケモンカードは彼に回されている可能性が高い。しかも名前がサトシ。ポケモンとの親和性を嫌でも感じさせる名前だ。

アツシ:サトシの弟。同世代親族の中で、最も若い。当時、我々がポケモンカードに夢中になっていた頃、まだお小遣いももらっていないような歳だった。そしてリザードンカードの話が結婚披露宴内で盛り上がっている最中、彼だけは喫煙所に行っていた。よってこのたびの争奪戦において、彼のことはノーマークでよい。さようなら、アツシ。

:親戚内で最初にポケモンカードのコレクションを始めた者。どうにかしてリザードンカードを自分の手中に収めたいし、この親戚内で巻き起こった熱きドラマを骨の髄まで味わいもしたい。好きなポケモンはゲンガー。

サトシの結婚式の翌日。月曜日。私はさっそく、自分の実家に顔を出し、納戸や引き出しなどの物色を始めた。平日から動くことのできるフリーランスの身である私は、この争奪戦において大きなアドバンテージを持っているといえる。
ライバルたちはこの時間、ガスを管理したり、教壇に立ったりしている。そして私だけが、二十年以上昔のリザードンのカードを昼間から探している。通常であれば「ダメな大人」とされるのは私のほうだが、すでに現実は反転している。平日にポケモンカードを血眼になって追い求める姿は、偉大な勝利に最も近い。

がさがさ、ごそごそ。

伝説の竜は、おそらくプラスチックボックスという名の牢屋の中で眠っていると思われた。当時の私たちは、大量のポケモンカードをそのように保管していたのだ。納戸の奥などに、あのプラスチックボックスが雑然と置かれているのではないか。竜はそこで目を閉じ、光を再び浴びる日を待ちわびているのではないか。

しかし、その姿は現れない。

ああ、竜よ。あの頃、バトルの最大のパートナーであった、愛しき竜よ。エネルギーカードを与えれば、喉の奥から高熱の炎を吐き出し、弟やいとこたちのナゾノクサを一網打尽に焼き払ったお前はいま、どこにいるというのか。どうか、どうか現れてくれ。私は心の中で祈りの詩を捧げる。

探すべき場所は、無限にあった。階段の下の物置、トイレの上の棚、ベッドの下の段ボール、掘りごたつの足元の空間。ああ、まるでダンジョン。っていうか、我が実家の収納スペースの豊富さよ!

日が暮れるまで捜索を続けたが、成果はなにも上がらなかった。徒労に肩を落とすが、しかし冒険はまだ始まったばかりである。

日を置いて、次の週。
仕事の間隙を縫い、実家を再び訪れる。そして前回には探らなかった押入れの上や、かつての子ども部屋の収納スペースなどを洗ってみる。
だが、進展はない。当時したためていた日記帳、小学校で使っていた教科書やピアニカ、それから『踊る大捜査線』のVHSなどの懐かしいものは出てきたが、肝心のポケモンカードは一枚も見当たらない。

ごそごそ、がさがさ。

するとその様子を見て、実家に住む母が声をかけてきた。
「例のポケモンカード、本気で探してるの……?」
呆れ顔を浮かべられてしまったが、意に介さずに捜索を続ける。母には、伝説の竜の価値など、説明したところでわかってもらえるはずもない。
「一昨日の夜にタクヘイもこっちに顔を出したと思ったら、同じところ探してたわよ。兄弟そろって、大人になって、なにやってるんだか……」

おおお。タクヘイもすでに動き出していたか。
やはり最もこの争奪戦の覇者に近いと(勝手に)目されていた男。私は強く動揺する。そういえばタクヘイは、ポケモンカードで盛んに遊んでいた当時、下の弟であるジンペイに「ディグダを四枚やるから、フシギバナを一枚ちょうだい。大丈夫、ディグダはデッキに四枚揃っていると、最高のコンボ技を発動させるのだよ」などと口八丁手八丁でその不当な交渉を成功させていたりした。抜け目がなく、そして狡猾である彼の動向には、注意を注がなければならない。

次の週も、そのまた次の週も、私は時間を見つけては実家での探索を実行した。それでもポケモンカードはその影も形もこちらに見せず、その間にジンペイやヨッちゃん、そしてサトシもこのところそれぞれの実家に頻繁に顔を覗かせるようになった、という情報が母から流れ込んできた。焦りが募る。争奪戦は、すでに静かに過熱しているのだ。

しかし、全員がこそこそと探索を続けているということは、まだ本丸は無事だということである。落ち着いて、相手を出し抜いていこうではないか。

格闘が始まって一か月。ここで争奪戦は大きな局面を迎える。
私はこの現実に巻き起こっている物語を攪乱するために、タクヘイに連絡を取った。
「一緒に組まないか。リザードンが見つかった際の分け前は、タクヘイが六、私は四でいい」
結託の誘いである。
彼はなにせ、親族の中で最もポケモンに情熱を注いできた者だ。子どもの頃、まっさきに『ポケモン言えるかな?』の曲を覚え、念仏のように暗唱していたのも彼である。
ディグダをフシギバナへと変換させるそのファンタジスタ的手腕は、この争奪戦でもじきに脅威となることだろう。ライバルとして争うのではなく、仲間として共に竜を探した方が得策であるといえる。そして、そうしたほうがドラマにも大きな波風を立てることができるはずだ。
タクヘイからは「わかった、オレも同じことを考えていた」という返事がある。そうこなくてはいけない。
そして約束を交わし、日曜日。ふたりは実家で落ち合った。

私はタクヘイの部屋だったスペースを、タクヘイは私の部屋だったスペースを、それぞれ検める。 思い込みによって見落としている箇所があるのではないか、という意見がタクヘイからあったためである。なるほど、自分を疑うことができるとは、なかなかにさばけている。こいつとチームを組んで正解だった。

タクヘイがかつて使用していた学習机の中を隅々まで探し、洋服ダンスを開け、そして本棚の下に並ぶ書類ラックを漁る。
すると。
なにやら指に懐かしい手触りが走る。プラスチックボックスではなく、これはクリアファイルだ。
記憶が弾ける。
そうだ、当時、このホルダーを内蔵したファイルにポケモンカードを入れて、持ち運びをしていたような。
唾を飲み、おそるおそる、それを開く。

「……あ!」

ポケモンカードだ。透明なファイルの中から、ついに数枚の、ポケモンカードが見つかった。いそいでタクヘイを呼ぶ。
それらの中には残念ながらリザードンの姿はなかったが、しかしコラッタ、ヤドラン、ベロリンガ、ああ、どれもが懐かしい。あの頃、夢中になって遊んだポケモンカードたちである。

「これがあるってことは……」
私とタクヘイ、どちらともなく口を開く。
「他のカードだって捨てられてはいない可能性が高い!」
「そうだ、つまりリザードンは、必ずこの近くに存在している!」
考古学者のハインリヒ・シュリーマンは発掘調査の中で黄金の装飾品を発見し、伝説のトロイ遺跡の実在を確信した、という逸話がある。それのスケールをめちゃくちゃに小さくしたドラマがいま、練馬区のはじっこで生まれていた。

そして私は、さらなる攪乱工作を行った親族たちそれぞれに連絡を取り、「リザードンは見つかりました。これにて争奪戦は終了です、皆さまおつかれさまでした」と告げたのである。これを鵜呑みにしてくれれば、ライバルは一掃される。伝説の竜の探索は、私とタクヘイだけのものになる。

しかし、彼らはバカではなかった。
「ウソをつけ」
「だったらリザードンの画像を見せてみろ」
「こっちこそもう見つけたから。おつかれさまでした」
そんな返答が一斉に押し寄せる。ああ、そう上手くことを運べるわけがないか。いいだろう、好敵手たちよ。お前たちよりも先に伝説を明らかにし、本物のリザードンカードを、目の前に突き付けてやろうではないか。

数か月が経った。
情報は錯綜したままで、リザードンはいまだにその所在を不明としている。状態は拮抗していた。

ジンペイとサトシが徒党を組んだ、という噂が入る。
ヨッちゃんは実家の屋根裏部屋まで探しているらしい。
マユは季節外れの実家の大掃除をしたという。
アツシはバイト先の店長から「社員にならないか」と声をかけられた、とのことだ。アツシ以外は、全員要注意である。

お前たち、なかなかやるじゃないか。
私はなにか、感動のようなものを覚え始めていた。かつて凡庸なものにしか映らなかった親戚の景色は、ここにはない。それぞれが、非凡な景色の中で、いま主体的に蠢いている。そのことが妙に嬉しかった。

私とタクヘイは、予定を何度も合わせて、引き続き実家での捜索を続けていた。発掘には、まだ余地が残っている
「お母さんたちの部屋のクローゼット、まだ探してないよね……?」
ふと、タクヘイがそんなことを呟く。
そうだ、そういえば、両親の部屋はまだ、手を付けていなかった。
うちの親たちは、子どもの持ち物を勝手に捨てたりするタイプではない。実家のどこかに打ち捨てられていたままだったポケモンカード、それをどこかのタイミングで自分たちの寝室のクローゼットに保管している可能性は、大いにあり得る。母親は「なにやってるんだか……」と今回の争奪戦に関して知らぬ存ぜぬの態度を見せていたが、長い時の流れの中で、自分が伝説の竜をかつて闇へと幽閉した張本人であることを、もしや忘れてしまっているのではないか。
これはとんでもない盲点かもしれない、との見解一致があって、両親の部屋を隈なく調査していく。

「……おおお、なんだこれ!」
クローゼットの隅に置かれていた収納袋、その中を探っていたタクヘイが声を上げる。
そこには、手のひらサイズのカードデッキボックスがあった。おそるおそるその蓋を開けると、手前にゲンガーのカードがあった。キラカードだ。たしかこれ、限定企画に応募しないと貰えない、当時としてもレアなポケモンカードだったのでは……。
さっそくタクヘイがスマホでその価値を調べる。

現在のその取引価格、九万円。一枚で、九万円。

思わず、ふたりしてのけぞる。ウソだろう、リザードンではなかったが、これもまた、伝説級のポケモンカードじゃないか。
「あ、思い出した。これ、兄ちゃんが持ってたデッキだよ。このゲンガーも、兄ちゃんが大事にしていたやつだ」
本当だ。ゲンガーの後ろにあるフーディンも、メタモンも、バリヤードも、覚えがある。あの頃、擦り切れるまで遊んだカードたちだ。



これはさすがに兄ちゃんがもらってくれ、とタクヘイに言われるが、いや、いいよ、第一発見者のタクヘイにあげるよ、と返す。いやいや、もらえないって。いやいや、私はいいんだってば、というやり取りがあって、結局このカードの束はふたりで秋葉原にあるカード買取店に売りに行くことにした。デッキ全部で、十五万円ほどになった。このお金は、両親の古希祝いの時にでも使おうとなり、タクヘイに預かってもらうことにした。

「リザードンは見つからなかったけど、レアなゲンガーは見つかりました」
親族たちに、そんな報告をする。すると、「よかったね!」「いやあ、それはおめでとう」「あー、ゲンガー! 懐かしい!」という声がある。よく考えたら、こうして彼らと同期しながら密になって過ごしたの、子どもの時以来である。
なんだか、やっぱり、胸の中に広がるものがある。この先の彼らとの未来が、有機的に切り拓かれていったような感覚だ。

なにかを一緒に行った時、人は強烈に仲良くなる。私たち親族は、この伝説の竜の争奪戦を通して、関係値を編みなおすことができたのではないか。
ああ、これだったら、もう一回、彼らと距離を近くして付き合ってもいいかもな。そんなことを思う。

リザードンが発見された、という報せはまだどこからも届いていない。だからこの争奪戦の物語は、いまもなお、うっすらと上演されながら、我々は少しだけ凡庸でない親戚関係を続けている。冠婚葬祭の集まり以外で顔を合わすことは滅多にないが、しかしたまに、それぞれから「リザードンはまだ見つからないね」「どこにあるんだろうね」などというLINEでの連絡があったりして、そこから昔話に花が咲いたりする。これまでにはなかった景色だ。

ところで。
同世代親族最年少者であるアツシが最近、高い車を乗り回しているという噂を聞いた。ダークホースは、まさか彼だったのか。
真相は闇の中、もしくはプラスチックボックスはどこかの家のクローゼットの中、である。

(了)

『小説新潮』2024年7月号掲載『竜と親戚』を改稿


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