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【#RealVoice2026】 「点を紡ぐ」 1年・彦野真央

「人生は、先に計画して点と点を線にすることはできない。
だけど、どうにか点と点が繋がると信じて沢山のことを経験すればいつか線になる」

かつて幾度となく伝えられたこの言葉の意味を
今やっと実感できているような気がします。

はじめまして。今回ブログを担当させていただきます。学生トレーナーの彦野真央です。

未来のカタチを最初から予測して、きれいに点と点をつないでいくことなんて誰にもできません。

でも、一見まったく無関係に見える過去の経験が、思いがけない場所で繋がり、
今の自分を支える強さになることがあります。

私にとってのその象徴が、幼少期から人生の大部分を捧げてきたクラシックバレエです。

毎日毎日鏡の前に立って、
どこかピリついた雰囲気で自分の身体と向き合う日々が好きでした。
どんなにきついことがあっても、風邪をひいて学校は休んでも、
踊ればすべて忘れてしまえるから毎日誰よりも早くスタジオにいきました。

多分とても期待されていた。

親からも先生からも。なによりも私が自分自身の将来にとても期待していました。

それでも、どんなにバレエが大好きで、この道に進みたいと願っても
非情なまでの外見主義の基準から外れていく
体型の変化に抗えませんでした。

周囲の目と自分の理想に悩まされ、食べることがとにかく怖くなりました。
母がつくってくれた夕飯ですらお風呂場ですべて吐く日もあれば、
別人のように、あるもの全て食べる勢いで泣きながら口にモノを運ぶ日もありました。

自分の身体が自分でコントロールできず
自分のものではなくなっていくような感覚のなかで、
毎日鏡を見るたびに涙が溢れないように歯を食いしばりました。

さらに追い打ちをかけるように怪我が重なりました。

復帰の計画が長引けば長引くほど、怪我を繰り返せば繰り返すほど、
悔し涙が出なくなっていきました。

強くなったからではありません。

リハビリ中に誰かを殴ってしまいたくなるほどの悔しさからくる焦りが
いつの日か諦めに変化してしまったから。

それは人一倍負けず嫌いで完璧主義だった自分と、
夢へ着実に打っていたはずの点が崩れていくようでした。

当時は、すべてを失ったかのように思えていました。

情熱も、努力も、心身を削った長い年月も、
夢を諦めた瞬間に何の意味も持たなくなったのだと。

けれど、それは違うと今ならはっきりと言うことができます。

自分をごまかさずに向き合い続けた孤独な時間も、
歯を食いしばって耐えた悔しさも、
挫折から立ち直ろうとした葛藤も、
すべては今の私をかたち作るかけがえのない土台になっていました。

高校入学を機に、私は「サッカー部のマネージャー」という新しい道を選びました。

友達の言葉や先輩の存在など理由はいくつかありましたが、
一番大きかったのは、過去に何気なく出会い、なんとなく夢中になっていた
「横浜F・マリノスという大好きなチームの存在」という『点』があったことです。

ただ好きで見ていただけのその存在が、私の中でいつの間にか大きな意味を持ち、この選択へ進む後押しになりました。

広く視野を持ち、常に先回りの行動をすること。
適切なコミュニケーションをとり信頼される存在になること。
どんなことがあっても大丈夫と言えるくらいいつも落ち着いて行動すること。

ここには上げきれないくらい選手に負けない熱量をもって強くあり続けようと努力した3年間は間違いなく青春そのものです。

もちろん高体連ならではの理不尽なこともあったり、勉強との兼ね合いもあったり。
1日に30分8本の練習試合をしたこともあるくらいタフな環境の中でしたが最高の同期たちのおかげで、トップチームは県一部リーグに所属し、3年次の選手権予選ではベスト4の景色も見ることができました。

でもこの現場もやはり美談ばかりではなく、高校の部活という限られた時間と空間の中で懸命に闘う選手たちがふとした瞬間に大けがを負う瞬間を目の当たりにしました。
そのたびに、ただマネージャーとして存在しているだけの自分の無力さを感じました。

1年生のころからAチームだったのに再離脱を繰り返し最後の大会に間に合わなかった人がいました。

日常生活も困難になるほどの腰椎分離症が原因で、部活から去った人もいました。

一方で、前十字を怪我してしまい2年間まったくプレーできずサポートをし続けていた人が最後の4部リーグで直接FKを決めたこともありました。

そんな1つ1つの牛久栄進高校サッカー部での「点」が
「早稲田大学で最先端のスポーツ科学を学びたい」という「点」へ繋がっていきました。

同時に育成年代の怪我を少しでも減らせるようになりたくて、
そのヒントを早稲田大学ア式蹴球部で得たいと思うようになりました。

毎日13時間勉強する受験期を乗り越え、受験校すべての合格を手にした私は
早稲田大学ア式蹴球部の門を叩きました。

3か月の仮入部期間。

その期間中、これまで以上に私は自分が「積極的にいけない人間」であることを強く自覚しました。
空回りし、自分の居場所を探してばかりいて、一歩を踏み出せない自分の情けなさと、
どこか疎外感を覚える日々は、時間の経過を果てしなく遅く感じさせ
私にとってとても厳しく、長く感じられた日々でした。
仮入部3日目にして高校の同期に電話で弱音を吐き散らしたりもしました。

それでも、どうしても、私はこの組織でトレーナーになりたかった。

人の身体の構造を学び、リハビリやコンディショニングを支え、怪我をしにくい体づくりに貢献すること。

それは私がこれからやらなければいけないことで、それ以上にかつての私が最も必要としていたものであり、かつての選手たちがピッチで求めていたものでもあります。

自分の経験がいま、目の前の誰かを少しでも救えるための知識や共感力に変わっていくとしたら、どんなに思い出したくないことでも無駄な経験など一つもないと思うことができます。

過去の自分はいつも何か足りなく感じます。もっと努力できたはずだとか、賢く立ち回れたはずだとか、もっと早く勇気を出すべきだったとか、後悔の種は尽きません。
だけど、それを今の自分が完全に補えているかと言えば、答えは否で、いまの私もまた、日々の活動の中で壁にぶつかり、自分の知識不足や未熟さに頭を抱え、無力感を覚える夜があります。

無我夢中で駆け抜けたこの19年間で足りないことばかりの失敗を数えきれないほどして
それは思い出したくない不格好な「点」でしかありませんでした。

でもそれらすべての「点」が、いまの現在地まで繋がっていると感じるからこそ

不器用なままでもいいから
いままでとこれからのすべての点に意味があったのだと証明するために。

数年後の自分が今の自分を振り返ったとき
さらに強く太い線として結びついているように。

私は今日もピッチに立ち
愚直に自分の現在地と向き合いながらたくさんの「点」を紡いでいきます。


次回のブログを担当するのは、マネージャーの宮田初音(都立駒場高校)です。
スポーツ科学部の教養演習クラスが一緒の彼女とはオリエンテーションで知り合い、お互い高校時代サッカー部のマネージャーだったことで仲良くなり今に至ります。
とにかく明るくいつも元気な彼女は、たまにとてつもなくネガティブなことを言い出す私を日々笑顔にしてくれます。仮入部期間は特にお世話になりました。
そんな彼女がどんなことを考え、何を語ってくれるのかとても楽しみです!


◇彦野真央(ひこのまお)◇
学年:1年
学部:スポーツ科学部
前所属チーム:県立牛久栄進高等学校


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