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精神科医が語る「患者を救えなかった日」無念を受け継ぐ理由



医療や臨床の現場には、どれほど全力を尽くしても目の前の患者さんを完璧には救えないという、逃れられない無念さや悲しみが存在します。

今回は、精神科医として臨床に向き合う中で感じる「無念を受け継ぎ、次に伝える」という精神科医のモチベーションや使命感について、その本質を精神科医の視点から解説します。






◾️ 恵まれた環境への葛藤と臨床で直面する限界


臨床現場に立つ中で痛感するのは、「どうしても救いきれない現実」が存在するという事実です。

これは他科の救急外傷や進行がんの治療に限らず、精神科領域においても同様です。
知的能力や環境の問題で社会的復帰が困難な方、過酷な虐待やトラウマによって人生を取り戻すことが極めて難しい患者さんにも直面します。

そうした限界を前にしたとき、医師として何を引き継ぎ、何を次に伝えていくべきなのかを深く考えさせられます。

私自身の背景を振り返ると、家族関係や体力、環境などに恵まれてきたという実感があります。

若い頃は、恵まれていることに対してどこか申し訳なさやハングリー精神の欠如を感じたり、「自分に劣等感がある方が出せるエネルギーがあるのではないか」と悩んだりした時期もありました。

しかし、他者から「恵まれているからお酒をやめられたのだろう」といった言葉をかけられたときにも、その恵まれた条件自体は事実であり、素直にありがたいことだと受け止めるようになりました。

中年期を迎えた今、恵まれた環境や体力があったからこそ、精神科臨床や医療の複雑で重い課題(ハードプロブレム)に対して、息切れすることなく持続的に向き合い続けられているのだと捉えています。

恵まれているからこそ果たせる役割があり、この持ち得た資質を難題へ還元していくことこそが重要だと感じています。




◾️ 知識・制度・証言を継承する使命


私自身、防衛医科大学校出身という背景があり、自衛隊の訓練や災害派遣の現場を通して、事故、戦争、災害などで命を落とした方々の無念さや、遺族の深い悲しみに触れる場面に何度も遭遇しました。

こうした体験や解剖学実習、そして日々の臨床で出逢う患者さんたちの思いは、「同じ苦しみを他の人に味わわせたくない」という切実な問いを投げかけてきます。

無念さを抱えて亡くなられた方や、病気やトラブルでキャリアを絶たれた方の思いを引き継ぐために、医療者や社会には以下の3つの役割が求められていると考えられます。



医師の労働動機には、社会的成功や自己実現、知識欲といった「表面的なモチベーション」も当然含まれます。
しかし、その根底を支えているのは、患者さんの死別や病状悪化、遺伝的・環境的な不条理に伴う無念さを引き継ぐという「裏面のモチベーション」です。

患者さん自身が抱える無念さや「仕方なさ」を真に共有することは容易ではありませんが、法的な枠組みや儀式、そして時間をかけた対話を通してその無念さを理解し、社会的な知識や制度へと還元していくプロセスにこそ、医療の本質的な価値が存在します。

実存主義的な「生まれてきてよかった」という感覚や、仏教的な「諦観(仕方なさを受け入れること)」を獲得することは容易ではありませんが、到達し得ないからこそ目指すべき重要な理想目標と言えます。



◾️ 制度の改善によって変わったこと


時代とともに社会制度や認識が改訂された結果、過去の無念さが解消され、救われるようになった領域は確実に広がっています。

精神科医療の歴史を振り返っても、この数年で劇的な環境の変化が起きています。


  • うつ病に対する理解

    かつては精神科通院への強い偏見が存在し、診断書の病名変更を希望されるケースや過労死の軽視が横行していました。
    現代は、働き方改革などの制度改善や社会的啓発が進んだことで、早期受診と休養が当然の権利として認められる環境へと変化しました。


  • 神経発達症(発達障害)への支援

    過去には「怠慢」や「甘え」と片付けられたり、他の疾患と誤認されたりしていたASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)に対し、2010年代以降の支援制度の整備に伴って正確な診断と適切な薬物療法・合理的配慮が普及しました。


  • PTSD(Post-Traumatic Stress Disorder / 心傷後ストレス障害)の認識

    過去の心的トラウマや宗教的・構造的被害が及ぼす心理的影響への理解が深まり、多様な症状に対する社会的認知が確実に前進しています。


  • パーソナリティ症(パーソナリティ障害)の概念更新

    DSM-5-TR等における次元的評価(スペクトラム)への移行に伴い、自己愛性パーソナリティ症や境界性パーソナリティ症などの特性が正しく整理されつつあります。
    これにより、ハラスメント対策や司法精神医学における教育プログラムの改修へと繋がっています。


現在では、医療における生成AIの活用など新たな課題も登場していますが、不適切な使用による依存や病状の固定化を防ぐための啓発活動もまた、現代における重要な予防的課題と言えます。

過去の臨床で救えなかった患者さんの無念さや悲しみは、次の患者さんを救い、未然に不幸を防ぐための貴重な糧となります。

亡き人々の思いや不条理な苦しむ声と対話し、それを知識と制度へ昇華させていく営みこそが、医療従事者や支援者が共有すべき真の使命であり、臨床の醍醐味であると考えます。





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