#10「おっとり女子大生のゆかり、傷ついた童貞を素肌で包む。」
木村の軽自動車に届けら送りれたビジネスホテルの客室。ドアを開けた斉藤由香里の目に飛び込んできたのは、ベッドの端でお通夜のようにつむじを丸め、小さくなっている男の姿だった。
吉岡、二十八歳。
おっとりと入室してきた由香里を前にしても、彼は顔を上げることすらできず、ただキョドキョドと泳ぐ視線で自分の膝を見つめていた。
「あの……吉岡さん、でしょうか。そんなに小さく丸まって、まるで冬眠前のタヌキさんのようですねぇ」
由香里が首を傾げて声をかけると、吉岡は「す、すみません……」と怯えたように肩を竦め、蚊の鳴くような声で自身の情けない失敗を吐露し始めた。
「僕、先日初めてソープランドに行ったんです……。でも、出てきたのが僕より遥かに年上のおばさんで、すごくマニュアル通りの、作業みたいなサービスをされて……。僕が緊張してキョドキョドしてたら、フッと鼻で笑われたんです。結局、全然気持ちよくなくて、出すこともできなくて……。自分は男として駄目なんじゃないかって、自信がなくなっちゃって……」
頭を抱える吉岡を見て、由香里は胸の奥がキュッと痛んだ。
『マニュアル通りの作業』『鼻で笑われた』。その言葉は、かつて自分が「偽りのプロ」を演じようとして藤堂に拒絶され、龍岡から「所詮は風俗嬢」と蔑まれた時の痛みに、あまりにも酷似していた。
(あぁ、この人も、寂しかったんですね……)
型にはめられ、心を置いてけぼりにされた吉岡の傷が、由香里には痛いほどよく分かった。けれど同時に、頭の片隅で龍岡の冷たい視線がよぎる。自分のような風俗嬢に、この人を救うことなんてできるのだろうか。また間違えたらどうしよう。この人にも「違う」と拒まれたら、今度こそ自分は何を信じればいいのだろう。割り切れない思いを抱えながらも、由香里はおっとりと微笑んだ。
「吉岡さん。マニュアルなんて、寂しいですよね。じゃあ、そんなもの全部忘れて、お互い裸になって、好きに触っていいですよ」
「え……?」
吉岡がキョトンと顔を上げる中、由香里は自ら静かにお洋服を脱ぎ捨てた。現れたのは、ふっくらとした、どこまでも白く柔らかそうな、ありのままの素肌だった。
「あの……わたしの背中、触ってくれますか?」
由香里はベッドに腰掛け、吉岡に背を向けた。藤堂によって開拓された、自分だけの、まだ慣れない敏感な場所。
吉岡は生唾を読み込み、震える指先を、由香里の真っ白な背筋へと恐る恐る滑らせた。
「っ……!? ……はぅ、あ、そこぉ……っ」
ただ優しくなぞられただけなのに、由香里の身体はビクッと弓なりに跳ね上がった。嘘偽りのない、痺れるような快感が、おっとりした彼女の唇から生の艶めかしい声となって漏れ出す。
自分の不器用なタッチで、女の子がこんなに感じてくれている。その純粋な反応を目の当たりにして、吉岡の泳いでいた視線に、熱い輝きが宿り始めた。
「由香里さん、すごく、綺麗だ……」
吉岡の呼吸がにわかに荒くなる。彼は熱に浮かされたようにおずおずと手を回すと、由香里のふくよかな胸へと触れ、その先端のピンク色の突起を、吸い付くように口に含んだ。
「あ、んっ……吉岡さん……っ、ふぁ」
不器用に、でも必死に吸い付いてくる吉岡の口の温もりに、由香里は驚きつつも、胸の奥からじわじわと湧き上がる愛おしさに包まれた。まるで赤子のように甘えてくる彼の熱を感じながら、由香里は優しくその髪を撫でる。
すっかり男の顔になりつつも、吉岡はやはりキョドキョドと顔を赤くしながら言った。
「あの……、あ、アソコ、舐めてもいいですか?」
「……はい、良いですよ」
由香里は顔を真っ赤に染め、恥ずかさしそうに太ももをゆっくりと開いた。
ソープの嬢のような冷めた作業ではない。吉岡は、自分を受け入れてくれた由香里を今度は自分が喜ばせたい一心で、ただひたむきに、一生懸命にその秘割へと舌を這わせた。
「ひゃあ……っ! あ、だめ、そんなっ、あっ、あう……っ!」
必死に尽くしてくれる吉岡の純粋な愛撫は、驚くほど由香里の身体を蕩かした。頭の中が真っ白になり、これまでにない激しい快感に、由香里はベッドのシーツを涙目で強く握りしめた。
残り時間が少なくなってきた頃、由香里はとろんとした目で吉岡を見つめ、優しく微笑んだ。
「ふふ、最後は……ちゃんと出してあげますからね」
由香里は吉岡のペニスを愛おしそうに握ると、口と手を器用に使い、彼の全てを包み込むようにしてフィニッシュへと導いた。溢れ出た熱いものを、由香里は喉を鳴らしてしっかりとごっくんと飲み干した。
「ありがとう、由香里さん。……僕、ちょっとだけ、自分に自信が出た、かも。まだ緊張するけど、少し前を向けそうです」
相変わらず少しキョドキョドと目を泳がせながらも、どこか晴れやかな表情でお礼を言う吉岡に、由香里は衣服を整え、おっとりとした笑顔で告げた。
「吉岡さん、とっても男らしかったですよ」
そう言って部屋を後にした由香里。吉岡さんをほんの少し救えた充実感が胸にある一方で、やはりあの龍岡の言葉のトゲは、今もチクチクと胸の奥に残ったままだった。
ホテルの外で待っていた木村の軽自動車へと乗り込む。助手席でいつもの安いミルクティーをストローで吸いながら、由香里はふにゃりと、けれどどこか考え深げに笑った。
「木村さん。男の人って、みんな傷つきやすくて、でも一生懸命なタヌキさんなんですねぇ」
「だからお前の例えは意味が分かんねえよ! ……まあ、なんか少しはスッキリした顔してんな」
ぶっきらぼうにハンドルを回す木村の横顔を見ながら、由香里は自分の仕事の意味を、まだ割り切れないままやきもきと見つめ直していた。
しかし、この時の由香里はまだ気づいていなかった。
藤堂、そして吉岡と連続で「背中」を激しく開発されたことで、自分の身体が、日常生活すら脅かすほどに大変なことになってしまっていることに――。
