【わたモテ】なぜ今江会長と智子は本編で描かれなかったのか【28巻】
※結論があるわけでもないただの管巻き記事です
わたモテ28巻が発刊されました。
面白いことは言わずもがな。ここ最近は本編で何か文章に起こすような語り幅があるわけではなかったので(ただただ笑えるので)久しぶりの「わたモテ」についてですが…
単行本の巻末おまけにて描かれた今江会長と智子の会話。
まだ発刊から日も浅いのでそれ自体の内容には触れませんが、12巻で智子が与える側に回るきっかけを作ったこの漫画で最も重要なキャラクターだった今江会長は役割を終えました。(彼女はもともとウケを狙って立ち回る与える側のキャラではあるが、実態として与える側になった。の意)
今回のこの記事を書くにあたって、まず26巻の時点で大きな疑問がありました。26巻のカバー下と裏で対になるマクゾーを着ぐるみを着てほほ笑む智子と同じく笑顔の今江会長。
これ本編外でやることなの⁉
この時点でもう本編ではもう智子と今江会長のエモはやりません!という宣言にもなっていたので、そこへの期待感というか”ドラマ”は諦め半分、なんで?が半分。
というのも私が「わたモテ」を読み続けようと思った最初のきっかけは1年、2年の卒業式に泣く→泣いてないの天丼ネタで、これは智子が卒業するときには号泣する大きなフリだぞ~とこっちも泣く予感・準備が出来たからでした。こっちは泣く準備してたのに!というしょーもない独り相撲でしかないんですが、とはいえ泣かせを入れてきたのはそっちだから期待するでしょ!と管を巻くのを許して欲しい!こちとら泣くのが好きなの!
とはいえ26巻の一件ではさすがに、文化祭で映画を作ること。なぜ映画がプチバズったのか。マクゾーの多用や対比的に描かれるきーちゃんの物語、26巻収録の喪234で今江会長がマクゾーをハグして智子に語り掛けるも中身は坂本ちゃん。というすれ違い
などなどは今江会長と智子の濃い目の会話がないとペコッだけの1コマじゃ不完全燃焼のままだよ?それは作劇上ずるくない?と引っかかったままでした。
そこで今回の巻末おまけ
さらっと全部押さえて描くんかい!!!!
いや嬉しいんですよ?26巻から「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のマンソンファミリーの拠点くらいずっと宙吊りだったので。
ただここから考えてしまうのは、重要なことや出していた謎を本編では触れられず”おまけ”で補完されていることに関してです。
逆説的に言えば、誰でも感動できる今江会長と智子のあれこれを、谷川ニコ先生も担当編集も感動路線ではやらないし本編で描く必要はない。と判断した…ということですよね。
となると卒業式に智子が(本編で)泣く可能性も…いやさすがに天丼なのでそこはやってくれるとは思うんですが、そこまで大仰な感じでやらない可能性を考慮しておく必要が出てきました。
そもそも下ネタギャグ漫画なのでそこをメインに期待するべきではないですし、路線変更やキャラ変更は常の作品だし、予想とは違うことをするからずっと楽しく読めているんですが…
感動した今江会長のハグのような感動モノや小陽編のような映画のような巧みな展開と演出などを一度味わってしまうとまた同じものを食べたくなる。
こういう考えが“But that’s not cinema.”

と言われてしまう潮流を作って先細ってしまうよくない考え!
それでも個人的な趣向として本編で謎やフックとして出したものを本編外で語られることに結構な抵抗があるので本編で描いて欲しかったり、今江会長とおまけの組み合わせに関しては"犬の件"もあるので……
(犬の件=ミディクロリアン、「アイアンマン2」のお面の少年がピーター・パーカー。など)
と愚痴っぽくなってしまいましたが、別に嫌いになったとかそんなんじゃないよ!好き過ぎて全てを求めしまうだけで!!
それにガンガンオンラインの最新話では特濃のかともこのイチャつきを周囲に見せつけるだなんて特大燃料まで投下していただいて感謝しかありません。
アリガットウ!アリガットウ!
