訪日中国人が消えた同じ時期に、中国「へ」の外国人観光客はなぜ過去最高を更新しているのか?
今年に入ってから、日本の観光地で「以前より中国語が聞こえなくなった」と感じた人は多いだろう。
温泉街でも、家電量販店でも、免税カウンターの行列でも。
多くの人はこれを、中国人の海外旅行需要そのものが冷え込んでいるサインだと受け取っていると思う。
だが数字を追っていくと、まったく逆のことが起きている。
同じこの時期、中国「へ」向かう外国人観光客の数は、過去最高のペースを更新し続けている。
訪日中国人が急減した理由
きっかけは2025年11月14日、中国政府が自国民に対して「日本への渡航自粛」を呼びかけたことだった。
高市首相の台湾有事をめぐる発言が引き金だったとされる。
呼びかけの直後、日本行きの予約のうちおよそ3割がキャンセルされたという。
2025年1〜9月の訪日中国人はおよそ749万人で、国・地域別で首位。
中国人観光客の消費額は、その年の7〜9月期だけでインバウンド消費全体の27.7%を占めていた。
香港と合わせれば、実に3分の1に達する規模だ。
その太い柱が急速に細り、2026年1月には日本の訪日外国人数全体が、4年ぶりに前年割れした。
一方で中国は「過去最高」を更新していた
ここまでは、多くの人がニュースで見聞きした話だろう。
だが同じタイミングで、中国政府はまったく別の数字を発表している。
2026年上半期、中国を訪れた外国人はおよそ2291万人。
前年同期比で20.4%の増加、しかも過去最高水準だ。
このうち77.7%が、ビザなしで入国している。
中国は日本を含む45カ国を対象にした一方的なビザ免除措置を、2026年12月31日まで延長すると発表済みだ。
観光・ビジネス・親族訪問・トランジット目的なら、最大30日間ノービザで滞在できる。
ここに、ひとつのねじれがある。
中国は「自国民を日本へ行かせない」というレバーを引く一方で、「外国人を中国へ迎え入れる」というレバーは、同じタイミングで思い切り踏み込んでいた。
出国と入国、二つの流れは別々のスイッチで制御されている。
「China Cool」はどう作られたか
もうひとつ興味深いのは、このインバウンド増加の伝わり方だ。
きっかけは、世界的な猛暑だった。
避暑先を探す外国人旅行者が、雲南・貴州・湖南といった中国内陸の高原や、映画『アバター』の舞台として知られる張家界の渓谷、東北の長白山などに流れ込んだ。
そこから海外のSNS上で自然発生的に生まれたのが、「China Travel」「Chinamaxxing」「Becoming Chinese」といったハッシュタグだ。
太極拳ならぬ「八段錦」を体験する動画、お茶を淹れる動画、高速鉄道で移動する動画。
いずれも旅行者本人が発信した、いわば草の根のコンテンツである。
この草の根の盛り上がりを見て、新華社や人民日報、CGTNといった中国国営メディアが「China Cool」という言葉を後から拾い上げ、大々的に発信し始めた。
政府が最初に旗を振ったのではなく、ビザという「参入障壁」を先に下げておいたところに、外国人自身が自発的にコンテンツを生み、その波に乗る形で国家メディアが増幅する。
そういう順番だったように見える。
日本のビジネスに引き寄せて考えると
一つ目の示唆は、単一市場への依存がはらむ政治リスクの大きさだ。
インバウンド消費の3割を一国に依存していれば、その国の外交判断ひとつで、需要が数か月単位で消える。
中国は今回、観光客の「出」と「入り」を別々のレバーとして使い分けられることを示した。
これは日本の観光業だけでなく、特定国への売上依存度が高いあらゆる事業にとって、他人事ではない構造だと思う。
二つ目は、インバウンド施策の順番についてだ。
中国が最初に動いたのは、魅力を演出する広告キャンペーンではなく、ビザという「来やすさ」の障壁を下げることだった。
話題化は、その後に外国人自身の発信から自然に生まれている。
日本の地方観光でも、SNS映えする企画や多言語プロモーションに力を入れる前に、そもそも「来やすさ」を妨げている手続き上の障壁が残っていないか、見直す価値があるはずだ。
三つ目は、弱みを強みに読み替えるポジショニングの巧みさだ。
猛暑という季節的な弱点を、「涼しい避暑地としての中国」という強みに変換し、既存の観光資源をそのまま新しい文脈で語り直しただけで、大きな話題を生んでいる。
新しい観光地を一から作らなくても、既存の資源に別の切り口の看板を掛け替えるだけで需要は動く。
これは日本の地方にも、そのまま応用できる発想ではないかと思う。
温泉街から中国語の会話が減ったという体感の裏側で、中国は観光客の出入りという二つの蛇口を、それぞれ別の目的のために開け閉めしていた。
中国人観光客が減ったことと、中国が観光で負けていることは、まったく別の話だ。
