ショートショート|令和版四谷怪談
伊知郎は、鳴かず飛ばずの自称「クリエイティブ・ディレクター」である。家賃も食費も、同棲中の恋人・岩子がコールセンターの夜勤で稼ぐ金に頼り切りだった。
そんなある日、伊知郎にチャンスが舞い込む。
大手IT企業の社長令嬢・梅沢裕子が、彼のインスタの投稿(加工済みの自撮り)を気に入り、「うちの広報部長として迎えたい。ただし、身辺が綺麗なことが条件よ」と持ちかけてきたのだ。
身辺が綺麗....…つまり、女関係を清算しろと言うことだな。
千載一遇のチャンスに目がくらんだ伊知郎は、岩子と別れる計画を立てる。これまで彼女に借りた金を返さずに逃げる方法…。
彼は「これ、最近流行りの高級フェイスパックだよ」と嘘をつき、ネットで買った粗悪な海外製のパックを岩子に渡した。
それは、使用者が顔に火傷のような炎症を起こしたとして、集団訴訟にまで発展している危険な代物だった。
翌朝、岩子の顔は真っ赤に腫れ上がり、見るも無惨な姿になった。伊知郎は
「俺のせいだ! 君をそんな目に遭わせてしまって。治療費を稼いで戻ってくるよ。マグロ漁船に乗ってでも!」
と泣きながら家を飛び出して行った。
玄関に予め準備されていた大きなスーツケースを持って。
あの顔では、とうぶん外に出て追いかけることなど出来ないだろう。
呆気にとられた岩子は、彼の去った玄関に一人、立ち尽くしていた。
数か月後。梅沢裕子との婚約パーティーの最中、伊知郎のスマホが震えた。
画面には、見知らぬアカウントからのメンション通知。
『うらめしや……ブロックしても、無駄よ……』
ただの悪戯かと思ったが、異変は続く。会場の巨大スクリーンに映し出された二人の馴れ初め動画が、突如ノイズと共に切り替わった。
そこには、顔を腫らした岩子が、無言でこちらを凝視するライブ配信映像が映し出されていた。
「ひっ!」
伊知郎が慌ててスマホの電源を切ろうとするが、操作を受け付けない。それどころか、会場中のスマートスピーカーが一斉に喋り出した。
「伊知郎……戻ってくるって言ったじゃない…あのパックの領収書、共有家計簿アプリに残ってるわよ…粗悪品だって知ってたんでしょ?」
岩子はネットの知識を駆使し、伊知郎の全アカウントをハッキング。さらに、彼が浮気相手(梅沢)に送った卑屈な媚びへつらいメールの数々を、全世界に拡散したのだ。
梅沢裕子の父である社長は激怒し、内定は即座に白紙。梅沢裕子からも「キモい、卑劣」と一蹴され、伊知郎は一晩で全てを失った。
今、伊知郎は格安アパートで侘しい生活を送っている。
毎晩午前三時に、スマホが不気味な青白い光で点滅する。
岩子からの「新着メッセージ」が届くのだ。内容はいつも同じ。
「あなたを許さない…ずっと見てるわ」
ブロックすれば済む話なのに、彼はしない。
彼女からのメッセージを心のどこかで待ってしまっている…。
ちなみに岩子は、一回しかパックを使用しなかったので、幸いにして症状は完治。緻密な復讐計画とスキルに感銘を受けた梅沢の父から、直々にオファーを受け、今はシステム部の正社員として働いている。
伊知郎への毎日のメッセージは、単純に設定を解除してないだけで、彼女の中では、既に遠い過去の出来事となっていた。
(完)
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