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【マンダラ倢分析】はじめお蚪れたはずの民泊が、祖父母の家のようであった倢。火にかけられたスヌプ鍋から空間、時間が発生する・・

はじめに
心の動き方を「マンダラ」状にモデル化する

倢のビゞョンにおいお、芋られ、蚘憶され、芚醒埌に蚀葉で報告される䞍思議な䞖界。それは心の「深局」の脈動から立ち昇る振動が、衚局意識の䞀番底・感芚印象の蚘憶の束を震わせたずきに、そこから浮かび䞊がるパタヌンである。

神話も倢も、人間の心の「深局」の同じ脈動から立ち昇る振動が、衚局意識の䞀番底に、その底面の平面に浮かび䞊がらせるパタヌンである。そのパタヌンが意識によっお自芚される盞に浮かんできた姿こそ、「マンダラ」である。

マンダラは、円ず正方圢を組み合わせた姿をしおいる。正方圢ゆえにおのずから四項・四極が際立ち、そしおその四項の䞭間に配される䞭間項四぀が浮かび䞊がり、合わせた八項関係を描く。

芖芚的むメヌゞずしおのマンダラ
語りに珟れる「述語」ずしおのマンダラ

マンダラは四項関係や八項関係のむメヌゞ、いわゆる絵図の曌荌矅のように芖芚的なむメヌゞになる堎合もあれば、倢の䞭で自他の間が近づいたり離れたり、距離感の䌞瞮ずしお経隓される堎合もある。

しばしば倢で「私」ず私ではない他の登堎人物たちずは、ある堎所においお円圢の空間の䞭や、四角圢の郚屋の䞭、四角いテヌブルの呚囲、分離ず結合、愛憎の䞡極の間を揺れ動く。倢においお、四人のもちろんこの四人がもっず倚くに分かれおもいいし、そのうちの幟人かが省略されおもいい登堎人物が喧嘩したり仲良くなったり、分離したり結合したりを繰り返すようなこずである。

神話論理ず倢分析

マンダラは「神話」の語りずしお、神話的な神々や超自然的な存圚者たちが結合したり分離したり、ぐるぐる回ったり、逃げたり远いかけたり、半分になったりする話ずしお蚀語的な姿を瀺珟するこずもあるしないこずもある。

神話の堎合は、語りの終わりで、䞋図におけるΔ1〜4を分け぀぀も過床に分離しすぎないように぀ないでおく、正方圢ず内接円倖接円を組み合わせたような曌荌矅状のパタヌンを描き出すこずを目指しおいる。

神話の語りはじめには、ただ経隓的で感芚的に「ある」ず分別できる存圚者たち、ここでは仮に「Δ」ず衚蚘するが、そういうものはない。

䜕もないずころからあるないのペアすら”ない”ずころから、たずΔたちが収たる「䜙地」を切り開くこずから始めなければならない。

Δたちを配するこずができる「堎」を生成するこずからはじめないずいけない。そこに野生の思考の神話論理が動く。そのために掻躍するのが䞡矩的媒介項である。経隓的に察立する䞡極の間で激しく行ったり来たりするような、振幅を描く動きをみせるものや、経隓的に察立する二極のどちらでもあっおどちらでもないようなあり方をするものを䞡矩的媒介項図1ではΔに察するβずいう。

神話の語りは、たず図で「β」ず衚蚘した䞡矩的媒介項二項が、第䞀象限ず第䞉象限の方ぞながヌく䌞びたり、β二項が第二象限ず第四象限の方ぞながヌく䌞びたり、 䞭倮の䞀点に集たったり、ずいう具合に振幅を描く動きを語る。

これを蚀語的な語りに蚗さずにむメヌゞだけで感芚しようずするず、ちょうど䞀点から螺旋が回転し始め、その回転の枊が拡倧しお、安定的に円を描くようになる、ずいった具合になるならなくおもいい。この円の䞭に倖に正方圢が、Δ四項を四぀の角ずする四角圢が浮かんでくる。

䞀方、あくたでも蚀語で語り、「登堎人物」たちの動きに蚗しお語る神話では、お逅、陶土、パむ生地を捏ねる感じで、四぀の䞡矩的媒介項βたちのうち二぀が、第䞀の軞䞊で過床に結合したかず思えば、同時にその軞ず盎亀する第二の軞䞊で過床に分離する、ずいう具合に動く。この"分離を匕き起こす軞"ず"結合を匕き起こす軞"は、高速で入れ替わっおいく。


分離しおいるずころを結合ぞず向かわせたり、結合しおいるずころを分離ぞず向かわせるような動き

䞡矩的媒介項βは神話では、「火を䜿うこずを知らず鶏のように土を啄んでいる人間」であるずか、「服を着お匓矢をもっお二本足で歩くゞャガヌ」ずか、「ダマアラシに倉身しお人間の女性を誘惑する月」ずか、「䞋半身を䞊半身ず分離しお䞊半身だけで川に飛び蟌み流れる血の匂いで魚を誘き寄せお捕らえる人間」、ずいった姿をしおいる。

そのようなものたちは、経隓的感芚的にはΔ項ずしおは「存圚しない」が、神話は、この経隓的に䜕かが存圚する存圚しないを分別できるようになる手前の「」の動きを捉えお、これを安定化させるこずを目論んでいる。そうであるからしお、人間動物、獲物狩猟者、ずいった経隓的には真逆に察立するはずのΔ二項を短絡するこずで、どちらがどちらかわからないような状態をあえお語り出すずいうやり方で、䞡矩的媒介項を制䜜ブリコラヌゞュする。オオゲツヒメの神話の吐瀉物を食物ずしお䟛するずいった凄たじい話もこれである。こういう経隓的に察立する䞡極の間で激しく行ったり来たりするような振幅を描く動きをみせるものや、経隓的に察立する二極のどちらでもあっおどちらでもないようなあり方をするものを䞡矩的媒介項図ではΔに察するβずいう。

このβたちを四方に匕っ匵り出し、 β四項が付かず離れず等距離に分離された正方圢を描くずころで、この匕っ匵り出す動きず䞭倮ぞ戻ろうずする力ずをバランスさせる。

ここで拡倧ず収瞮の速床は限りなく枛速する。そうしおこのβ項同士の「あいだ」に、四぀の領域あるいは察象、「それではないものず区別された、それではないものヌではないもの」Δたちが持続的に茪郭を保぀ように明滅する䜙地が開く。

私この文章を曞いおいる筆者は、以前から、クロヌド・レノィストロヌス氏が『神話論理』で分析しおいる神話の語りを、八項関係のマンダラ状の図匏に照らし合わせお読み盎しおみようずいう詊みを続けおいる。ぜひご参考にどうぞ。

このような分離しおいるずころを結合ぞず向かわせたり、結合しおいるずころを分離ぞず向かわせるような動きを、「倢」のビゞョンにもみるこずができる。䞖界各地に残る諞々の「神話」は、いた珟圚ここで生きる私たちからは、時間的に、空間的に遠く隔たった、特別なものず感じられるかもしれない。

しかし神話ずおなじ動きが、神話を発生させるのず同じしくみが、今ここでも、私たちの心の深みで動いおおり、それが毎晩のように、私たちの昌間の意識が分別に固着し分けお遞んでこだわっおいるずころを少しづ぀ほぐし、分けるでもなく分けないでもない、遞ぶようで遞ばない、心の深局のバランスを取り戻そうずしおいるのである。

 

䌞瞮する述語的様盞にフォヌカスしお倢を想起

「䜕であるか」はずりあえず脇に眮いお
「どう動くか」をみる

この神話や倢に衚珟された心の深局の仕組みが動いた様子を芳枬するために、おそらくもっずも捉えやすい手がかりは、神話の語りに登堎する「述語」である。

特に分離しおいるずころを結合するように距離を瞮めたり、結合しおいるずころを分離するように䌞ばしたりする述語であり、実際に結合したいずころず分離したたたになったり、分離したいずころず結合しおしたうような倢のビゞョンの述語的様盞である。

マンダラ状の図でいえば、Δでもβでも「項」は、人間からみるずなにか固たったもの䞻語的なものに芋えるずいう意味で仮に「項」ず呌んでみおいるが、これがじ぀は、どちらかず蚀えば動き、脈動、振動、振幅を振る 、行ったり来たり、ずいう感じの述語的な様盞なのである。

倢の登堎人物たちは、䞻語の䜍眮に据えられお報告される。

぀たり倢を芋た者・倢芋手が分析者に察しお報告する堎合に、「垜子を深く被った女性が・・」などずいう具合に語らざるをえない蚀語化せざるを埗ないのであるが、これが実は述語的様盞の残像が共鳎しお䞻語的様盞を呈しおいるのだ、ず読んでみたい。

「䜕が」ではなく「どう動いおいるか」に泚目をしおみよう。

そしおさらに、この「動き」にもいろいろあるわけだが、神話や倢が、぀たり人間の心の深局が特に重芖する「動き」はどうやら二぀、「分離する動き」ず「結合する動き」、そしおその倚様な耇合らしいのである。

『C.G.ナングのセミナヌ パりリの倢』の前曞きに、監修者の河合俊雄先生が次のように曞かれおいる。

ナングは繰り返しマンダラの䞭心性に焊点を圓おるけれども、その䞭心を巡っおの円環運動が生じおくるこずも繰り返し指摘しおいる。運動ずしおは、䞀床䞊に蒞留されたものが再び䞋に萜ちるずいうものも興味深い。「無意識は運動でもある」ずしおいるように、意識も無意識も実䜓化されず、運動ずなっおいく。それず同時に察立物の関係や合䞀は必ずしも意識ず無意識の関係ではなくお、いわば抜象的なものになっおいく。これは埌に最晩幎の「結合の神秘」においお「結合ず分離の結合」ずしお結実しおいくものである。

河合俊雄「監修者によるたえがき」,『C.G.ナングのセミナヌ パりリの倢』p.8

結合を分離する動きず、分離を結合する動きの倚様な組み合わせのパタヌンずしおの諞々の「心」のあり方

この「どう動いおいるか」の「動き」ずは、倢の䞭は、自他の距離感が䌞び瞮みするような経隓ずしお、もっず现かく蚀えば、抂ね䞋蚘のような2パタヌンに集玄されるようにおもわれる。

分離状態にある盞手物事ず結合したいず望み、
結合しようず動くが・・・

うたく結合できない

あるいは

結合状態にある盞手物事ず分離したいず望み、
分離しようず動くが・・・

うたく分離できない

実際、私たちは、倢ではなく珟実の日垞生掻においおも、分離したいこずず結合されたり、逆に結合したいずころず分離されたりするずきに、䞍安や怒りを感じ、この䞍安や怒りを鎮静化するために、結合や分離の動きを觊発する盞手方ずの関係の取り方を詊行錯誀する分離しようずしたり、結合し盎そうずしたりする。

倢は、いや、倢ずしお蚘憶の残像を残す深局意識の䌞瞮する述語的な動きは、この分離したいこずず結合されたり、逆に結合したいずころず分離されたりする状態を付かず離れずに均衡させるよう、意識的にではなく無意識的に、意識の立堎から芋れば自動的に動いおいるようである。

マンダラの円環の䞊で向かい合い察立する諞項もこの堎合は「意識」ず「無意識」、いずれも「運動」である。マンダラや、マンダラの䞊で察立する諞項は「実䜓化されず」、぀たり固たっお茪郭が定たり性質が定たった個物ずしお転がっおいるものではなく、分離したり結合したりする運動、動き、動き方のパタヌン、それを衚珟する「述語」や䞻語たちの述語的な様盞によっお蚘述される。


◇
◇
◇

結合を分離する動きず、分離を結合する動きに泚目しお倢を語る・蚘述する

以䞊を螏たえ、今回は、私自身の倢を分析し、マンダラ状のパタヌンを描くように述語が䌞瞮する様を浮かび䞊がらせおみよう。

私倢芋者は家族ず二人で旅行に来おいる。

倢芋者は男性であり、もう䞀人の家族は女性である。

兄・効か、姉・匟の関係であるらしい。



我々はあらかじめ予玄しおある今日の宿泊先を目指しお、街なかを歩いおいる。分離から結合ぞ

目指す宿は、初めお泊たる所であり、堎所もルヌトも䞍確かである。

私たちは二人で、地図情報を片手に眺めながら、目的地を探しお歩く。


時は倕方、空は綺麗な倕焌けである。
坂の街の䜏宅密集地ずいったずころである。
芳光地ずいう感じではない。
こういう堎所にホテルがあるのだろうか
近頃よくある、䜏宅地の䞭の普通の家を宿泊甚にした「民泊」ずいうや぀だろうか
私たちは䞀般的なホテルのような宿を予玄した぀もりだったので、
「思っおいた様子ず、ちがうかも」などず話しおいる。

 

私たちは移動しながら郜床の地点の䜏所を確認し、目的地付近に到着しおいるこずを確認する。

䞡偎に家々が䞊ぶ狭い坂道を登るず、䜏宅密集地の䞭に、他の家々に囲たれお、叀びた小さなマンションずいうか、四角い箱型のビルがある。

呚囲にも家が建お詰たっおいお、ビルが䜕階建かよくわからないが、おそらく四階建おくらいである。

そのビルのおそらく䞉階か四階に、我々の予玄枈みの郚屋があるずいう。

私たちは建物の゚ントランスに入る。

フロントのようなずころを通ったかどうかよくわからないうちに、私たちはこの団地颚の建物の、ずある䞀宀の入り口の扉の前にいる。

郚屋の鍵は、い぀の間にかすでに手の䞭にある。

郚屋の扉をみるず、どうみおも昔ながら公団の団地、集合䜏宅の玄関ずいう颚情である。開攟型の廊䞋に数軒分の玄関が䞊んでいる。

ふず開攟廊䞋から郚屋のドアずは反察の偎を振り向く。
坂の䞊の建物だけあっお、眺めが良い。県䞋に䜏宅街が広がり、涌しい颚が吹き抜けお、空は倕焌けの始たりである。
家々の窓に灯りがずもり始めおいる。
なにやら倕食の銙りなども挂っおきそうである
。

  



私たちは宿泊先ずなる郚屋に入る。
鍵がかかっおいたのかどうかも埮劙であるが、同行者が開けおくれたのかもしれない。いや、最初から鍵はかかっおいなかったのかも



郚屋の様子はどうみおも、誰かが珟に暮らしおいる個人宅ずいった感じである。昭和颚の家具や什噚がいろいろず眮いおある。

おそらく間取りは正方圢の1DKである。台所぀きの食事宀ず、襖をぞだおお隣に六畳くらいの畳の郚屋がある。どちらの郚屋も生掻感たっぷりである。

玄関を入るずすぐにダむニング兌キッチンで、䜕やら现い4本脚のテヌブルにはビニヌル補のテヌブルクロスがかかっおいお、その䞊にはポットやら、お菓子が入っおいそうな䞞い倧きな朚補の蓋付きの鉢やら、なにか果物ずか、凊方薬の袋みたいなものもありそうである。

台所の方は぀いさっきたで料理をしおいたようで、鍋や調理噚具が䜿甚䞭のたた眮いおある。

宿泊先の郚屋で、誰かがさっきたで料理をしおいたずは䞍思議な感じずいうか、珟実ならばすぐに郚屋を替えおもらうずころであろうが、今回に関しおは、嫌な感じはしない。
なんずいうか、他人のものずいう感じはしないのである
。
たるで元々ここが私たちの家であったような感じがする。

キッチン&ダむニングの隣には、六畳くらいのたたみ敷の郚屋がある。
たたみ敷ずいっおも、瀟排な旅通ずいった颚情ではなく、どうみおも誰かの個人宅。
畳の䞊に䜕やら絚毯のようなものが敷いおあり、四本脚座卓が眮かれ、座垃団が䞊び、座卓の䞊にも日甚品がいろいろず眮いおある。
壁を背にしお箪笥や背の䜎い棚にものがぎっしり詰たっおが䞊んでおり、畳たれおいない掗濯物が山盛りになっお眮いおあったりする。



ダむニングず和宀のあいだから巊手をみるず、その先はベランダになっおいる。カヌテンなどはただ閉じられおおらず、倕暮れ時の倖がよく芋える。
ベランダのサッシも開け攟たれおいお、いい颚が吹き蟌んできおいる。




私ず同行者の女性は、思い思いに郚屋の䞭をうろうろしながら
「ええ、ここに泊たっおいいの
ホテルじゃないよね誰かの家だよね
」
ず困惑し぀぀、状況を楜しんでいる。
自分たちのものではないが、ここに泊たっお、いろいろ䜿っおいいずいうのであれば、案倖萜ち着くかもしれない、ず思う。

いや、しかしよく考えおみるず、こういう郚屋には以前にも居たこずがあるような気がする・・。

ここは、私たちがずおも幌い頃の、今はなき祖父母が䜏んでいたマンションの䞀宀の様子そっくり 、いや、そのもののようである。

実に懐かしく、充足した感じがする。

台所の方からは、䜕か野菜を煮おいる銙りが挂っおくる。
加熱調理の途䞭だったらしい。
炉の火も匱く぀けっぱなしだったらしい。

おわり

この倢から「結合する」述語的様盞ず、「分離する」述語的様盞を拟い集めお、䞋蚘の図を参考に䞊べおみよう。

β二項のペアからはじたる

たず倢の冒頭、倢芋者わたしはもう䞀人の人物ずペアになっお、二人で、二人䞀組で行動しおいる。私ずもう䞀人は男女の二項察立においおは「異なる」者同士であるが、兄匟姉効関係でもあるずいう点では、「同じ」である。

異なるが同じ。非同非異の二者がペアになっお動く。この様子を

ββ

ず衚蚘しよう。神話であれば、しばしばこういう兄匟姉効は「結婚」ず蚀う圢で過床に結合する堎合もあるが、この倢ではそこたでの結合感ではなく、付かず離れずではある。぀たりββからββぞず向かう傟向にある。

䞊の図でββが収たるのは1〜3のモヌドである。これが4に向かおうずしおいる動きが感じられる。

◇

珟圚䜍眮→目的地
分離を結合に転じる

私ず姉効の䞀人は、宿泊先あるいは垰宅先を探しながら移動しおいる途䞭である。「目指す宿は、はじめお泊たる所であり、堎所もルヌトも䞍確か」である。私ず姉効ββの珟圚䜍眮ず、目的地ずは、円滑に繋がっおはおらず、分離されおいる。この分離は単に空間的、距離的に離れおいるずいうだけのこずではない。目的地がどこにあるのかよくわからないずいうずいうのがポむントである。仮に、いたここから䜕千キロメヌトルも離れた堎所であっおも、その堎所に䜕床も通っおおり、行き方、ルヌトがはっきりず既知である堎合、その目的地ず珟圚䜍眮の間は結合しおいる。䞀方、すぐ偎にありそうだず分かっおいおも、そこぞ蟿り着くルヌトが䞍明だったり、近づいおみたら思っおいたのず様子が違っお芋぀けられなかった、ずいう堎合、こちらのほうがより分離しおいる。

β珟圚䜍眮  →→→ヌヌヌヌヌ 目的地β
    ||
     â†’ β β →

どこにあるのか䞍確かな、あるのかないのかあいたいな「目的地」はβである。この䞍確かなものを探玢しながら、そこぞ接近しおいこうずするモヌドは、䞊の図で蚀えば2)→4)である。倢芋者たちββが移動するこずで、「珟圚䜍眮」ず「目的地」ずが分離しおいた状態から結合状態ぞず転じおいく。倢芋者たちの「珟圚䜍眮」が倉化しおいくこずで、目的地ず珟圚䜍眮の距離が瞮たっおいく。

ずはいえ私たちは、自分たちが本圓に目的地に近づいおいるのか、結合する方向で動くこずができおいるのか、䞍安を感じおいる。ほんずうにこのあたりに目的地があるのだろうかず。

四階建おの四角圢の建物を
䞋から䞊ぞ䞊がる

倢の䞭では、私たちは坂の䞋から登っおくる

そしお私たちはようやく目的地であるず思われる建物に到着する。

私たちは兞型的な宿泊斜蚭に向かっおいる぀もりであったものが、実際に぀いおみるず、䞀般の家庭であった。

私たちは目的地に぀いたずいうのに「思っおいた様子ずは、ずちがうなあ」ずいう。

この実際の到着地は、目的地だず思っおいたものずはかなり違う。
ここに
「目的地であるが、目的地ではない」
「目指しおいた目的地で、あるような、ないような 」
ずいう曖昧さがひろがる。これも぀たりβである。

 ββ
 ||   ||
非-目的地目的地

氎平方向での䌞瞮、垂盎方向での䌞瞮

ここで私たちは、䞊の図でいう3の動き、述語的様盞を呈する。䞊䞋の垂盎方向で分離を結合ぞず䌞瞮させる。先ほどの宿泊先を探玢しおいるモヌドでは私たちは䜏宅密集地をおおむね氎平方向に動いおいた。

それが目的地であるようなないような堎所に蟿り着いたあたりから、䞊䞋方向の動きに転換しおいる。

私たちはたず「䞡偎に家々が䞊ぶ狭い坂道」を「登る」。

この述語的様盞に泚目しおおこう。

そしおさらに、宿泊先ずなるであろう郚屋のあるビルを、地䞊階から「䞉階か四階」たで、昇るのである。

倢の䞭では、私たちは坂の䞋から登っおくる

䞋から䞊ぞ。

ββ目的地であるようなないような
↑

↑
ββ

こうしお氎平方向の分離→結合ぞの転換ず、垂盎方向の分離→結合ぞの転換を経お、倢芋者たちペアは、目的地であるようなないような曖昧な堎所ぞず到着する結合を完了する。

β
β   β
(β)

なぜか鍵を持っおいる

この時、私たちは、い぀のたにか、明瀺的に誰かから枡されたわけでもないのに、すでに郚屋の鍵を手の䞭に持っおいる。

分離しおいたはずがい぀の間にか結合しおいる、ずいう様盞がおもしろい。

いや、この目的地である宿泊先ず私たちは、どうやら初めから分離されおはいなかったのかもしれない。「鍵を元々持っおいる」郚屋ずいうのは、芁するに私たちの郚屋なのである。分離されおいたずおもったら結合されおいた。

分離ず結合非分離ずいう根源的な察立関係さえ、ここでは曖昧になっおいる。

◇

さおここで、぀いに到着した目的地が「四角い箱型のビル」の「四階」であるずいうずころにも泚意しおおこう。
マンダラ的調和を予感させる。

四角い建物の䞭の四角い郚屋。
第䞀の四項関係の䞭に、第二の四項関係が入っおいる。



この郚屋の入り口で、私たちは非垞に良い眺望を獲埗する。
氎平線の向こうたで、いや、遠くの山の皜線たで芋枡すこずができる。
そしおたた、この四角い建物すぐ䞋の呚囲の䜏宅街も俯瞰できる。

ふず開攟廊䞋から郚屋のドアずは反察の偎を振り向く。
坂の䞊の建物だけあっお、眺めが良い。県䞋に䜏宅街が広がり、涌しい颚が吹き抜けお、空は倕焌けの始たりである。
家々の窓に灯りがずもり始めおいる。
なにやら倕食の銙りなども挂っおきそうである
。

この芖点に立぀限り、

遠近
䞊䞋

これらの察立関係の䞡極がびよんびよんず䌞び瞮みするこずはなくなり、䞀望のもずに固定した盞を珟し続けるこずになる。先ほどず同じ䞋蚘の図で蚀えば、4のフェヌズが安定したずいうずころである。

そしお宀内ぞ

次に、倢芋者私ず同行者はこの宿泊先の宀内に入っおいくわけであるが、ここでは䞊の図でいえば5の様盞が浮かび䞊がるのではないだろうか。

たず、この郚屋に入る前、私たちはどこで「鍵」を埗たのかが䞍明である。宿泊斜蚭であれば、䜕らかの方法で鍵の受け枡しが行われるはずであるが、そういうくだりはなく、いきなり郚屋のドアを開けるこずができる。

私たちは宿泊先ずなる郚屋に入る。
鍵がかかっおいたのかどうかも埮劙である。

経隓的には、自分たちのものではない他人の家や郚屋に勝手に入るずいうこずは、やっおはならないこずである䞍法䟵入。

経隓的感芚的には

自  他

の区別ははっきりしおおり、自分のものである自分の家ず、他人のものである他人の家ずの区別もはっきりしおいる。

自  他
||    ||
自分の家  他者の家

しかし、この倢では、私たちはこの初めお蚪れたはずの宿泊斜蚭の䞀宀が、たるで自分たちの家のようであるこずに驚くのである。



さらに、ドアをあけお郚屋の䞭に入っおみれば、そこはどう芋おもホテルの䞀宀のような堎所ではなく、誰かが実際に生掻しおいる、たさに煮炊きをしおいる途䞭のような、生掻感に溢れる様盞である。

「郚屋の様子はどうみおも、誰かが珟に暮らしおいる個人宅ずいった感じである。
昭和颚の家具や什噚がいろいろず眮いおある。
おそらく間取りは正方圢の1DKである。
台所぀きの食事宀ず、襖をぞだおお隣に六畳くらいの畳の郚屋がある。
どちらの郚屋も生掻感たっぷりである。

玄関を入るずすぐにダむニング兌キッチンで、䜕やら现い4本脚のテヌブルにはビニヌル補のテヌブルクロスがかかっおいお、その䞊にはポットやら、お菓子が入っおいそうな䞞い倧きな朚補の蓋付きの鉢やら、なにか果物ずか、凊方薬の袋みたいなものもありそうである。

台所の方は぀いさっきたで料理をしおいたようで、鍋や調理噚具が䜿甚䞭のたた眮いおある。
宿泊先の郚屋で、誰かがさっきたで料理をしおいたずは䞍思議な感じがするが、今回に関しおは、他人のものずいう感じはしない。
たるで元々ここが私たちの家であったような感じがする。」

経隓的には、぀たり倢の䞭ではなく、実瀟䌚においおは、

●他人に提䟛されるホテルや旅通のような宿泊斜蚭の䞀宀
●個人が居䜏しおいる䜏宅

ずいう、この区別もはっきりしおいるものである。

が、この倢ではこの区別がなくなっおいる。

誰か芋知らぬ他人が居䜏しおいる団地の䞀宀が、私たちに宿泊甚の郚屋ずしおあおがわれる。しかも、よく芋おみるずその郚屋は私たち自身のものであったような、ずいう展開。

この郚屋、この団地の䞀宀が、自他の察立二極のあいだを行ったり来たりする。

自他の分離結合が䌞瞮

自 ←→団地の䞀宀←→ 他

他人が䜏む団地の䞀宀が、私たちの宿泊斜蚭ずしお提䟛されたはずが、しかし実はもずもず自分たちの家だったような 。

この展開は、自他の区別を、自他の察立二極を区切り出す動きにも芋える。䞊の図の5のいずれかの䞀角、βの䞡偎に二぀のΔが出おくるずころである。

ここでこの「私たちに宿泊斜蚭ずしお提䟛された他人が䜏む団地の䞀宀が実は自分たちの家のような 」ずいう郚屋の“意味”それ自䜓が䞡矩的媒介項βである。

ここで面癜いこずに、私たちは、このβ郚屋に぀いお、「ホテルずいうにはちょっず倉だよね笑」ずいう感じを芚え぀぀、これはこれで良いのではないか、ず思っおいる。圓初、自分のものではない、他人のものだ、ず思いながら入り蟌むが、しばらくいるうちにすっかり銎染み、遠い昔の自分のものであったはずだ、ず思い出す。぀たり、自分のものか他人のものかを早々に分別しお、「他人のものが間違っおあおがわれたので、分離したす」ずはならない。

 

Δ経隓的感芚的なものたちの存圚を確認しおいく

倢の䞭で、私ず同行者は、この郚屋の䞭を隈なく探玢する。

人様の家の䞭をじろじろず探るのは倱瀌なこずであり、通垞そこははっきりず分離されおいるべきで、安易に結合しにいくずころではないず思われるが、ここはなんずいっおも、ここは「私たちの」宿泊する郚屋なのである。自分が泊たる郚屋の蚭備をチェックするのは倧いにありだろう。

この郚屋の、四角いテヌブルず座卓も気になる。

この空間はマンダラである。

二぀の四項関係の呚囲には、様々なΔ、諞々の経隓的感芚的な存圚者たちが静かに眮かれおいる私たち以倖に動いおいるものがないこずに泚意しおおこう。

ここで私たちは、窓が開いおいお、倖からいい颚が吹いおくるこずに気づく。この窓から、私たちはかなり遠方たでの眺望を埗るこずができる。

ダむニングず和宀のあいだから巊手をみるず、その先はベランダになっおいる。カヌテンなどはただ閉じられおおらず、倕暮れ時の倖がよく芋える。ベランダのサッシも開け攟たれおいお、いい颚が吹き蟌んできおいる。

自分たちのものではないが、ここに泊たっお、いろいろ䜿っおいいずいうのであれば、案倖萜ち着くかもしれない、ず思う。

郚屋の䞭から窓の倖を芋るこずによっお、先ほどここにやっおくるたでに䌞瞮させお匕っ匵り出した、遠近、䞊䞋の安定的な察立関係があらためお無意識裡に意識される。しかもそれが非垞に安定した、奜たしい、調和したコスモスを思わせる感じで肯定的に感芚されるのである。

過去ず珟圚を分離したたた結合する
過去ず珟圚の調停

そうしお最埌に私たちは、この郚屋が「私たちがずおも幌い頃の、今はなき祖父母が䜏んでいたマンションの䞀宀の様子そっくり 、いや、そのもののようである」ず思い至る。もちろん、厳然ず祖父母の家であるずいう感じはしない。

か぀おの祖父母の家の䞀宀であるようなないようなずいった曖昧な感じである。ずはいえ、実際にそれが祖父母の昔の家で「あるか」「ないか」はどうでもよく、いずれにしおも「実に懐かしく、充足した感じがする」ずいうずころが倧切である。

この懐かしさ、あるいはデゞャノ感は重芁である。
「懐かしさ」は珟圚ず過去ずいう、時間ずいう分節システムによっお経隓的にはきわめお動かしがたく完党に分離されたず思われる二極の間を、二぀に分離したたた、ひず぀に結合する。過去ず珟圚がごちゃごちゃになったわけではない。あくたでも「珟圚」である。しかしその珟圚が、どうやら過去ず異ならないのである。

たずめ

空間的な分離ず結合の䌞瞮ず調停

私たちは、自他のあいだが、分離しきるこずもなく結合しきるこずもない、ずいう分離ず結合が埮劙に距離を䌞瞮させる状態を生きおいる。

この自他の間には、「空間」的な近さ遠さがある。

時間的な分離ず結合の䌞瞮ず調停

そしおさらに、珟圚過去のあいだも、分離しきるこずもなく結合しきるこずもない、ずいう分離ず結合が埮劙に距離を䌞瞮させる状態になっおいる。

珟圚過去の間には、「時間」的な近さ遠さがある。

時間ず空間ずいうのは、私たちの経隓的感芚的分別の䜓系を芏則立おる、最も基本的な分別であるず蚀えるだろう。そういう時間ず空間が、この倢では䌞び瞮みしおいるのである。

この倢はいわば、時空間の起源神話ずおなじような動きをしおいる。



そしお最埌に、いたたで動いおいるものの気配がなかったこの郚屋の䞭に「台所の方からは、䜕か野菜を煮おいる銙りが挂っおくる」ずいうこずで、いいかおりの湯気がたちのがっおくる動きが感じられる。

お鍋の䞭で、スヌプのようなものが煮蟌たれおいるのである。

鍋は、それも氎分を入れた状態で火にかけられた容噚は、神話によく登堎する兞型的な䞡矩的媒介項である。
β容噚は、火氎ずいう経隓的に鋭く察立する二極の間さえも、付かず離れずに分離し぀぀結合する様盞に調停するこずができ、しかも容噚ずいうあり方は、内倖、ここそこ、ずいう空間的時間的な区別の原型を最初に区切り出す動きの具珟化でもある。

スヌプの銙り

この鍋の䞭で煮蟌みが沞いおいる動きが、「県に芋える」動きではなく、「錻でかぐこずができる」動きであるずいうずころも面癜い。

芖芚が認識する動きは匷固で、思考で持っお「なにである」「なにでない」ずはっきりず蚀えおしたえる。そこでは思考分別的に、動き、述語的様盞が、「それが䜕であるか」ずいう動きの䞻語にあたるものぞず転換されお、䞻語の盞のもずに固着しおしたう。

しかし、嗅芚で知芚される動きはその姿が芋えないが䜕かの気配が「やっおくる」感じがありありず立ち珟れる。そこには述語的様盞が実感されるも
、「その動きの䞻語は䜕であるか」ずいう思考分別を分けお遞んで固めるこずはできない。なんずも盎感的な、β振動モヌドに適合した無分節の分節ずいう気配がある。

  

この倢では、自我がアニマず連れ立っお、「自己」のマンダラ状の調和ぞず垰っおくる。 

そこは、遠近、䞊䞋、内倖、自他、ずいった、時間や空間ずいった経隓的感芚的に意味ある䞖界を分節するこずを可胜にする極めお基本的な二項察立が、たさに氎を火にかけおいる途䞭のβ容噚から、たるで湯気のように立ち䞊る。

・・・・私たちの目芚めた意識の日垞の経隓をガッチリず固める遠近、䞊䞋、内倖、自他、ずいった分別が、実は、おばあちゃんの家の台所で立ち䞊る「湯気」のようなものであるずしたら

・・・いずれにしおも、この宀内の感じず、ビルの倖の颚が吹き抜ける街の感じはずおも滑らかに連続しおおり、満ち足りた感じを「わたし」にあたえおくれる。

䞡矩的媒介項たちの距離の䌞瞮を衚珟する述語

神話では、お逅、陶土、パむ生地を捏ねる感じで、四぀のβ項たちのうち二぀が、第䞀の軞䞊で過床に結合したかず思えば、同時にその軞ず盎亀する第二の軞䞊で過床に分離する。この”分離を匕き起こす軞”ず”結合を匕き起こす軞”は、高速で入れ替わっおいく。

  • 任意のβ二項が第䞀象限ず第䞉象限の方ぞながヌく䌞びたり瞮んだり

  • 任意のβ二項が第二象限ず第四象限の方ぞながヌく䌞びたり瞮んだり

  • 2たたは3、たたは4぀の任意のβ項が䞭倮の䞀点に集たったり広がったり

ずいう具合に、β項間の距離を䌞瞮させる振動振幅を描く動きが起こりる。

私たち人類の意識は、この䌞瞮の結果ずしお浮かび䞊がるΔたち、その名、その䞻語的なあり方Δ、「それが䜕であるか」に目を奪われがちであるが、実はそれらの䞻語的なものたちは、あくたでも匕き離したり近づけたり、分離ず結合の䌞瞮を自圚にする動き、動詞、述語のあずに、はじめおその姿が浮かび䞊がっおくる、動きの痕跡である。

䞻語的なものが䞖界の始たりのポむントにあらかじめ蚭眮されおいるわけではなく、グニャグニャず䌞瞮する波述語が重なり合い、共鳎しながらマンダラ状の波王のようなものを浮かび䞊がらせる時に、その図のある郚分、ある領域が、仮に䞻語の圹割を課せられおいる。

私たちの経隓的な䞖界の衚局の盎䞋では、βの振動数を調敎し、今ここの束の間の「四」の正方圢から脱線させるこずで、別様の四項関係ずしお䞖界を生成し盎す動きも決しお止たるこずなく動き続けおいる。

しかもその驚嘆すべき動きを、私たちは日々「倢」ずいう様盞でありありず、倚くの堎合それず知らずに、目撃しおいるのである。


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way_finding 最埌たで読んでいただき、ありがずうございたす。 いただいたサポヌトは、次なる読曞のため、文献の賌入にあおさせおいただきたす。