「じぶん」がほどけるセッション……はじめました🍉🌻🍧
― やさしく自我を解体する「わたしはいない」非二元セッション ―

>> こちらも「おしゃべりセッション」内でおこなっています。
私たちは、日々の中で起きる
さまざまな反応を
「自分」
と思って生きています。
その「自分(じぶん)」と呼んでいるものの中身は
・さまざまな過去の記憶
・身体的な反応
・人間社会における役柄(役割)
・思考のパターン
などが組み合わさったもの……そして、それらは、この肉体を守り、生き延びさせるために働いてきた機能「うごき」です。
このセッションでは、それら自分だと思っている反応や役割、そのひとつひとつを
「いのちの機能性・うごき」
として見ていきます。
それらを直したり、なくしたり、排除したりする必要もありません。
ただ、いまここでおきている、そのような「うごき」に
気づく、認める、味わう、寄り添う
静かに、ただ気づいていきます。
「私は不安だ……」から、
不安を感じている「うごき」がある。
「私はこういう人間だ……」から、
こうやって、このイノチを守ろうとしている「うごき」がある。
「私はこういう自分を変えなければならない……」から、
自分を変えることで生存しようと頑張っている「うごき」がある。
それら……「わたしというスペース」に立ち現れるうごき……
として気づいてみると、
その「うごき」とのあいだに
(これまでの一体化とは逆の)余白が生まれてきます。
このセッションでいう「自我の解体」とは、自我を壊したり、自我をなくしたりすることではありません。
ただ、自分だと思っていた「うごき」を、ひとつひとつ見ていく。
その「うごき」を直したり排除したりせず、
ただ、それとの「一体化」をゆるめる。
自分と呼んでいるものを修正するのではなく
「自分だと思っていた反応」を見守る。
それによって、もともと「自分」と呼んでいたものなんてなかったことにも気づく……ということも起きてきます。
それらとの一体化がゆるんだ分だけ、もともとあった静けさ、おだやかさ、広がり、温かさ、選択できる感覚が自然に現れてきます。
それによって、現実や行動、気づくことにも変化が起き始めます。
これは「自分が変わった」から起きる変化ではなく、自分だと思っていたものとの一体化が外れたことによって起きてくることです。
このセッションは、別の何者かになるためのものではありません。
悟った自分、悟っていない自分、どちらも……
「自分というパーツのうごき」だからです。
なにかを「直そう」ともしない。
なにかに「なろう」ともしない。
なにかになるために「修正」しようともしない。
ただ、起きているうごきに気づいて、認めて、味わい、寄り添う。
そのようなプロセスをとおして「じぶん」を少しずつほどきながら、もともと「ここ」にあった静けさへと戻っていくセッションです。

