迎えに行ったら、もう誰もいませんでした。
その日は朝から、ニュースが繰り返し大雨のことを伝えていました。
高校2年の息子は、いつも通りの時間に家を出ています。
サッカー部なので、この天気では練習も早めに切り上げるだろうと思いましたし、そうでなくても下校の時間はだいたい見当がついていました。
今回に限っては、知っていたのです。何時ごろ帰ってくるのかも、どのくらい降るのかも。
そのうえで、迎えに行くのはもうやめよう、というのが自分の中の決まりでした。
送り迎えのことも、前に書いた「口出しをやめた話」と同じ理屈で、高校生になってからは、頼まれない限りこちらからは動かない。
そう決めていたはずでした。
夕方、窓の外の雨脚が急に強くなりました。
そこからは早かったです。
つけっぱなしのテレビを消して、財布をポケットに入れて、玄関でスニーカーのかかとを踏んだまま外へ出て、気がついたときには車のエンジンをかけていました。
助手席にタオルを一枚放り込んだことだけは、なぜかはっきり覚えています。
決まりのことを思い出したのは、通学路に入る角を曲がったあたりです。思い出したうえで、そのまま走りました。

学校の前は、思っていたより静かでした。
車を降りて、水たまりを跳ね上げながら昇降口まで走りましたが、そこに息子はいません。
下駄箱を覗くと、外靴が入っていない。
もう履いて出たあと、ということです。
念のため、少し立って待ってみました。
聞こえるのは雨の音だけで、誰も出てきません。
連絡を入れればよかったのですが、そのときはなぜか思いつかず、、髪から水が垂れて、シャツが背中に貼りついてきたところで、ようやく車に戻りました。
心配して慌てて動いたのに、着いてみたら何も起きていなかった。
そういうこと、ありませんか。
似たような話に心当たりのある方がいたら、ちょっと安心します笑
濡れたまま家に帰ると、玄関にびしょ濡れのスニーカーが転がっていて、その横に部活バッグが置いてありました。
リビングを覗くと、息子は着替えを済ませて、髪も拭き終わって、普通の顔でスマホを見ていました。

「え、もう帰ってたの」
「うん。めっちゃ降ってきたから、みんなで走って帰ってきた」
私が学校へ向かっている間に、向こうは向こうで走って帰っていたわけです。
どこかですれ違っていたことになります。
私が昇降口の前でぼんやり立っていたころには、この子はもう、この家にいたのだと思います。
濡れて大変だっただろう、というようなことを言ってみたのですが、返ってきたのは「いや、部活でいつも濡れてるし」でした。
言われてみればその通りで、雨の中でボールを蹴って、泥だらけで帰ってくるのを何年も続けている子です。
今日の雨も、その続きにあるただの雨だったのでしょう。
降ってきたから走った、で終わる話だった。非常事態だったのは、私だけでした。
あとになって考えてみると、迎えに行くのはやめる、と決めたのは、あくまで頭の中でのことでした。
小学生の頃は、大雨と聞けばタオルを持って歩いて迎えに行っていました。
そういう日を、何年も重ねてきています。
行かないと決めたのは、そのずっとあと、ほんの短い期間の話です。
長くやってきたことと、最近決めたこと。
雨の音がした夕方に先に出てきたのは、長い方でした。
やめると決めたのは私ですが、雨の音を聞いて玄関を出たのも、同じ私でした。
それに、これは書きながら気づいたことですが、あのとき落ち着かなかったのは、息子が濡れることよりも、家でじっとしている自分の方だったような気もします。
心配していたというより、動いていないと落ち着かなかっただけなのかもしれません。
次に大雨のニュースが流れたら、今度はまず深呼吸を一つしてから考えようと思います。
とはいえ、自信はありません。
次の土砂降りの日も、私はたぶん似たような足取りで玄関を出て、誰もいない昇降口の前に立っている気がします。
せめて次は、車を降りる前に電話を一本入れます。
濡れたのが私だけ、というのは、もう一回はさすがに笑えないので。
