【翻訳】帝国主義とナショナリズム-フリードリヒ・ヒールシャー
「前進」誌, 1929年3月号掲載,
"Imperialismus und Nationalismus"(S. 291-294)
1.
国家術策(Staatskunst)が概念を用いるとき、それらは特定の国家術策的目的に奉仕するものである。それに取り組むものは、そこから何かを認識しようとしているのではなく、何かを支配しようとしているのだ。概念は、それらを闘争のなかで投入する者の意志に従って、その意味を変えるのである。かくして「帝国(Imperium)」の概念は、その意味を三度にわたり変えてきた。古代ローマ人にとっては、それは地中海に対する支配を確立し、盤石にするためのものだった。ドイツの諸王にとって、それはわれらの中世世界における指導権をめぐる闘争を正当化し、強固にするものだった。そして今日では、西欧の資本主義国家が、それによって経済的権力への渇望を覆い隠している。今日の帝国主義とは、国家的手段による事業運営(Geschäftsbetrieb)のことを差している。古代ローマ人にとって帝国思想とは、彼ら自身の本質と国家術策的発展の真の肯定であった。われわれの中世にとって、それは偉大なる王たちの憧憬を意味していた。今日の西欧にとって、それは利潤を意味している。彼らは地球を支配している。彼らが何を為すにせよ、それは「帝国主義的」なのである。「帝国主義」に反対して闘争に身を投じるものは、西欧と戦っているのだ。ゆえに帝国主義の本質と目的は、西欧を認識したときにのみ認識されるのである。そして西欧を認識しないものは、それを打ち倒すことが叶わないのである。
西欧は十五世紀ごろに成立した。ビザンツが紀元後200年後に、地中海をめぐる闘争に介入し、以前にはどこにも存在しなかった新しい歴史的勢力として出現したように、西欧は中世末期に大西洋をめぐる闘争を引き受けたのである。ここは歴史的勢力の成立の本質や意味を論じる場所ではない。ただ附言するに十分なのは、三世紀のピザンティン的態度が、出自も性質も異なる様々な人びとを捉え、彼らから同一の精神的・政治的目標を持つ統一的層を創り出したということである。同じように、最初期の植民者やコンキスタドールたちの航海には、物質的利益への容赦のない意志に特徴づけられるはっきりとした新しい態度が現れている。ルイ十一世のフランス統一国家と、ノルマン人の悪魔公ロベールによって創出された貨幣経済体制が、この新しい態度の前段階であったと考えてもよいだろう。いずれにせよ、これ以降、ヨーロッパ空間におけるわれわれの「ゲルマン的」あるいは「ドイツ的」(名称は何でもよい)文化の支配は崩壊していく。民族大移動の終末からホーエンシュタウフェン朝の滅亡まで、この支配はヨーロッパ空間の文化的・政治的相貌を規定していた。それは大聖堂、抒情詩(Minnesang)、騎士道精神(Rittertum)、神秘思想を生み出し、同一の願望が政治的決断を駆り立て、頂上にある王の目標として、帝国という概念で名付けられ、覆われていたのである。新しい態度の到来とともに、ライン川以西においては、われらの精神の担い手たちは、徐々に、あるいは激しく姿を消しつつある。シェイクスピアはその環境のなかの不気味な例外であり、ナポレオンの戦士的形象は、ライン川以西でわれわれの中世の帝国思想を甦らせようという最後の試みであるが、最近のフランス史においては、先駆者も後継者もなく孤立している。イギリスではすでに新しい態度が勝利をものにしており、孤独なナポレオンに対するイギリスの勝利は、フランスを新しい態度の支配領域に組み込むものである。セントヘレナ以来、それはパリにおいてもロンドン同様に根を下ろしている。しかし、その最も純粋な表現は、何の抵抗に遭うことなしにそれを展開できたアメリカにおいて見出すことができる。
物質的利益を至上のものと見做す態度は、経済的成功を、それに囚われたすべての人びとの人生の目標として現れさせることとなり、この態度に固有で、なおかつ経済的心性の上に築かれた経済秩序へと帰着せざるをえない。このようにして生じた経済秩序は、今日「資本主義的」と呼ばれている。それは当然アメリカにおいて最も発展を遂げている。それのために動員されなかった精神的あるいは政治的な力は存在していない。今日の地球を覆っている支配構造は、それに奉仕しているにすぎない。その支配構造自体は単なる手段にすぎず、目的は常に最大限の利益(Nutzen)、最大限の物質的利益(materielle Gewinn)であり、それはすなわち「繁栄(prosperity)」である。帝国は「繁栄」に奉仕する。国家は経済に奉仕する。こうして生まれた歴史的暴力をわれわれは西欧と呼んでいる。その支配とは、地球に対する資本主義の支配を意味する。その帝国主義とは、アメリカ、イギリス、フランスの国家的手段による保護のもと、西欧人の個人的利益のために、すべての民族を搾取することを意味しているのである。ゆえに西欧に対する闘争とは、地球の資本主義からの解放(Freiheit)を意味しているのである。
2.
地球上のすべての歴史的勢力は、この闘争を渇望している。渇望せざるをえないのだ。なぜなら、彼らの生は、この闘争が遂行され、かつ勝利されるか否かにかかっているからである。彼らは例外なく西欧によって抑圧されているか、脅かされているのだ。彼らは例外なく異質化(überfremdet)されており、歴史における力としての存在を失いつつある。ここでもまた、歴史的な力の成立過程について語るつもりはないし、シュペングラーが文化と呼んだ、人間の魂のなかに現れ、彼らの態度を規定し、変容させる形而上学的諸力であるところの魂の性質についても語らない。ただ附言するに十分なのは、すべての内的態度が、それに統一された人間の層、すなわち一つの民族性(Volkstum)をその表現として生み出してきたということ、そしてドイツ、ロシア、中国、日本、インド、エジプト、アラビアといった位格あるすべての民族性-語る価値があるのはこれらだけである-が、西欧によって異質化されているということである。ローマは特異な位置を占めるため、この文脈では論じない。
西欧による異質化(Überfremdung)は、精神的なものであると同時に、政治的かつ経済的な性質をもつものである。それが政治的な性質をもつのは、西欧の諸国家が直接的な抑圧によって、あるいは決定的な政治的力場を支配することによって、異質化された勢力から運動の自由を奪っているからである。直接的に抑圧されているのは、ヴェルサイユ条約とドーズ案によるドイツ、不平等条約による中国、副王政府によるインド、イギリスの占領によるエジプトである。間接的に麻痺させられているのは、ロシア、日本、アラビアである。第二に、西欧による異質化は経済的な性質をもっており、これもまた直接的かつ間接的に行われている。間接的なのはロシアのみであり、これは資本主義を廃止したためであるが、今日に至るまでそれに匹敵するものを対置できていないため、間接的には依存したままであり、それはモスクワにおいても完全に自覚されている。第三に、異質化は精神的な性質をもつものであり、不自由な諸民族(Völker)のそれぞれの人間は、自らの民族性の内的態度を喪失し、西欧の繁栄志向(prosperity Gesinnung)に陥る危機に晒されている。不自由な諸民族のそれぞれにおいて、西欧と結びついた上層階級が生まれており、それは資本主義的(倫理的意味においても経済的意味においても)であり、自らを生み出した民族性から疎外され、西欧の自明の同盟者となっている。どの中国人も、どのインド人も、どのアラブ人も、数多くの同胞が西欧的態度に陥り、それと同程度に故国との内的関係性を失っていく体験をしていないだろうか?ここで特に危機的なのはドイツと日本である。両国の上層階級の行う政治と経済は、あまりにも強力に西欧と結びついているから、個々人がこの呪縛を解くことは不可能であろう。その上に、両国ではこの上層階級が自らを民族性の真の担い手だと思い込んでいるのだ。ここでは日本がドイツよりもさらに悪い状態にある。なぜなら、日本の強力な国家権力が、それを支配する上層階級にこの自己欺瞞を容易なものにさせているからである。古い伝統の担い手のごく少数のものたちが、危機を明確に認識し、事態を逆転させようと試みている。ドイツでは事情は幾分かましであり、それは明白で直接的な不自由が、上層階級の西欧的繋がりを容易に見抜かせ、この階層とドイツ民族そのものとの差異についての錯覚を許すことがないからである。
西欧による異質化と対峙するという不断の圧力は、不自由な諸民族を自らの形態をめぐる永続的な闘争へと突き落とした。この闘争の意識を、彼らは初めて世界大戦を通じて得たのである。それ以前に個々に西欧に立ち向かったものは、自分自身についても、全体的な連関性や敵の本質についても明確ではなかった。しかし世界大戦こそは、或る民族性が西欧に対して総力を以て挑んだ最初の闘争であった。勿論、われわれ自身はこの意味を自覚していなかった。また、ビスマルク解任以来、その内的態度において完全な西欧化を遂げていたわれらの上層階級も、西欧からは決して異質なものではなく、煩わしい競争相手として感じられていたにすぎないのである。だが西欧は、この競争相手の労働への熱狂と労働能力の背後に、根源的に対立するもの、不気味で、危険なものとして映っていた一つの民族性に特有の個性を本能的に感知していた。だからこそ、彼らは攻撃を仕掛けたのだ。われわれが戦争に敗れたのは、それを指導した上層階級が、自らをドイツ的だと見ておきながら、仏教徒がゴータマ・ブッダを、キリスト教徒がキリストを信じるように、その本質の根底からドイツの魂を信じていなかったからである。泥濘と鋼鉄のなかの民族(Volk)は勝利を得たが、指導部が失敗を冒したのである。それにもかかわらず、民族(Volk)の前代未聞の業績は存在し続けた。なぜなら、この戦争はドイツの戦争であり、そして地球を覚醒させた戦争だったからである。
ドイツ民族(deutsche Volk)は、西欧に抗して自由のために生命を賭した最初の民族であった。今やアジアも目覚めた。そしてアジアがその目覚めを理解するための概念を探し求めたとき、ドイツが戦争に赴いた際に依拠し、戦争から救い出した国民(Nation)という思想を掴み取ったのである。一つの国民になろうとする意志、それこそが1871年にドイツ人を結合させたのではなかったか。フランスにおける国民を市民身分とみなす思想は、フィヒテによってまったく新しい解釈を与えられたのではなかったか?ドイツの国家芸術は、なおも新しく変容しうる概念を闘争の只中に投げ入れたのではなかったか?こうして目覚めゆく東方の諸民族は、「国民」という思想を掴み、それを西欧に抗って用いようとしたのである。彼らは誇りを持って、意図的に自らをナショナリストであると名乗っており、自己の民族性に相応しい形態を与え、圧政者たちに抗ってそれを貫徹しようとしたのである。そして、ドイツの世界大戦のもつ前代未聞の意味を最初に悟ったドイツ人は、敵対者によってナショナリストと呼ばれることになったのである。
斯して、ナショナリズムは帝国主義に対して立ち上がった。帝国(Imperium)の概念がそうであったように、国民(Nation)の概念もまた、その意味を変容させた。勝利した市民蜂起というフランス的観念から、あらゆる諸民族の要求へと変容したのである。この要求の「否」は彼らすべてに共通しており、「肯」はそれぞれが個別にもっている。「否」とは西欧に向けられている。ナショナリズムとは地球の資本主義からの解放(Freiheit)を意味している。ナショナリズムとはこの闘争に欠くことのできない同盟を意味している。ナショナリズムとは、この同盟のために、あらゆるものの犠牲を厭わず、いかなる悪も不自由という悪と比べれば微々たるものであるという認識を意味している。ナショナリズムの「肯」とは、それぞれの民族が単独でもつものである。ひとつの民族を統一へと向かわせるべく不断に形成される内的態度から、その民族すべての構成員にとって、精神的・身体的存在の完全かつ明確な目標が生じることになる。この明確さは意識によるものではなく、感情によるものであり、頭脳の一致ではなく、同じ鼓動と同じ確信によって互いを認識する心の曇りなき確実性であるということは、改めて述べるまでもないことであろうか?こうして、各民族は自らに特有の「肯」、自らに特有の個性を地球上において実現せんとする。しかし先ず諸民族は自由にならなければならない。西欧が地球を支配している限り、どの民族も自らの形態を見つけ出すことも、内なる力の深度を測ることもできないのである。西欧が粉砕されてはじめて、位格あるすべての民族は地球の意味をめぐり、互いの信仰する力を測り合う、世界史の新しい形態が可能となるのである。ナショナリズムとは、西欧の没落を意味する。ナショナリズムとは、地球の意味を定めることとなるであろう最も深い信仰の勝利を意味する。
