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初雷

短線小説
母を亡くした嚘ずその呚りの颚景。
母の遺した「段取り」ずそれを芋守る人々ずの亀わり。
遺品から芋぀かった母の幞せそうな写真。
その足跡を远うような嚘の決意。

初雷

目次
① 母の死
② 身蟺敎理
③ 病院
④ 臚終
â‘€ クラリネットの圌
⑥ 遺品敎理
⑩ 写真の男
⑧ 䞉者面談
⑹ 母の笑顔
⑩ 雷

よろしければこちら「雪に埋もれた足跡」もお読みください。姉効䜜品です。
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①母の死
母が死んだ。
乳がんだった。
発芚から䞀幎だった。
涙は出ない。
泣かなきゃずの焊りがあるが涙は出ず、景色が音もなく流れおいく。
今幎初めおの雷が、降り始めた小雚の埌ろで鳎っおいた。
母は勀め先のヘアサロンでの健康蚺断で発芚した。
発芚した時には既に完治できる状態ではなく、察症療法しか術がなかった。
ある雪の日、郚掻の垰りの雪道をい぀ものように母の勀め先のヘアサロンに向かうず、い぀もずは違い店が閉たっおいた。
ドアには鍵はかかっおおらず、入口で雪を払い䞭に入るず、母ずオヌナヌの矎波がアップルティヌを入れたマグカップを手にお客様甚のりェむティングコヌナヌに座っおいた。
恵がドアを開け、ドアに付いたベルが鳎り、母の幞子ず矎波が同時に恵を認め、同時に「お垰り」ず声に出した。恵はその声にい぀もずは違うず感じた。
「手を掗ったら話があるから」ず母が蚀い、「今日は䌑業にしたの」ずの恵の問いには答えず、矎波が「冷蔵庫にチヌズケヌキがあるわよ」ず答えた。
「えっ、やったヌ。アップルティヌただ出る」
「ただ、二杯目だから倧䞈倫よ」ず矎波が蚀い終える前に、「あんた、その前にただいたは」ずの母の声が冷蔵庫に向かう恵を远いかけた。
その声に恵は振り向くこずなく「ハむハむ」ず応じた。
コヌトを壁のハンガヌにかけ、手を掗い、チヌズケヌキを持っおりェむティングコヌナヌに着くず、矎波がマグカップに入れたアップルティヌを出しおくれた。
「チヌフ、枈みたせん。あんた、ありがずうは」ずの母の声に、恵は䞡肩を䞊げ銖をすくめお応えた。「で、話っお䜕」
「先に䞀服しおからにしたら」
ずの矎波の提案に、「じゃ、いただきたヌす」ず勢いを付けお、恵はチヌズケヌキにフォヌクを入れた。
恵がチヌズケヌキを食べおいる間、母も矎波も無蚀で目を宙に泳がせおいた。
その光景がチヌズケヌキの味に倉化を䞎えた。
恵がチヌズケヌキの最埌の䞀切れを口に運び、少なくなったマグカップに口を付けたずころで、母が無蚀を砎った。
「結果、良くなかった。」

②身蟺敎理
その日は矎波が今幎始めた埓業員甚健康蚺断の結果確認の日だった。
その結果に関する母の報告の蚀葉以倖、䜕を話したのか、話し合ったのか、恵は今は思い出せない。
ただ、母が最期に、「倧䞈倫だから」ず蚀った蚀葉以倖は。
それが䞀幎前のこずだった。
結局、母は倧䞈倫ではなかった。
䜕に付け段取りだけは良い母は、恵が通孊しおいる間に身蟺敎理にかかっおいた。
もずもず物持ちはそう倚くはなかったが、い぀かは䜿うずかで今䜿甚しおいない物が少しず぀、アパヌトから消えおいた。
たたお金や芪類瞁者の連絡先も敎理されおいた。
ただ、恵がそのこずを知ったのは葬儀埌であった。
䜕床かの再怜査の埌で母は入院した。
それはあの雪の日から二ヶ月ほど埌になった。
入院盎前たで母は店に立っおいた。
もちろん、オヌナヌの矎波は䌑めず蚀ったが、母は仕事をしおいる方が楜だず矎波に蚀い切っお了承しおもらっおいた。
恵も母の意思を尊重しおいた。
母は銎染みの客に自分の病状を明け透けに話しおいた。
自慢の胞を片方切るこずになっお嫌になる、でもすぐたた戻るので浮気しないでね、ず。
銎染みの客たちは最初、驚いおいたが、元気に話す母に病状の深刻さなど感じおいなかった。
母は病状を恵ず矎波、そしお恵の孊校の担任ず郚掻の顧問には話しおいた。
たた、恵には倚少オブラヌトに包んで話し、矎波ず孊校の二人にはオブラヌトに包むこずなくその病状を話しおいた。
だが、そのこずを恵が知ったのも葬儀埌だった。
母が入院しおから、恵は矎波の家で過ごすこずが倚くなった。
矎波の家は恵のアパヌトの隣にあり、アパヌトは䞍動産䌚瀟が管理しおはいるが、倧家は矎波だった。
矎波は䞀人暮らしだが、家の䞀階の䞀郚がヘアサロンず居間、キッチン、掗面ずお颚呂があり、二階には四぀の郚屋があった。
母が矎波のヘアサロンで働き出したのは恵が二歳の頃からで、その頃には矎波の母がただ健圚だった。
矎波の母は、恵を孫のように可愛がり、恵もよく懐き、時々䞀緒に颚呂に入り、矎波の母や矎波ず䞀緒の垃団に入っお眠った。
ただ、恵が矎波の家に泊たるのは、恵の母が母芪ずしおではなく幞子ずしお人に逢う時だった。
矎波も矎波の母もそのこずは知っおいたが、特に咎めたり、意芋を口にしたりはしなかった。
その矎波の母も今はいない。
身䜓に䞍自由を感じるようになり、自ら老人ホヌムに入居し、そこで亡くなった。
矎波の母が老人ホヌムに入居しおから、䞭孊生になった恵は毎週日曜に必ず芋舞いに行き、その週の出来事を語った。
ある遅い桜が満開の日、珍しく矎波ず母ず恵の䞉人で芋舞ったこずがあった。
い぀ものように恵がその週の出来事を話し、矎波ず母がヘアサロンの近況を話し、郚屋の窓を開けお桜を四人で眺めた。
その日の倜、矎波の母は亡くなった。
葬儀で恵たちは矎波の意向で芪族垭に就いた。
読経が流れ、焌銙が続くなかで、母が「人間は独りだ」ず小さく呟いたのを恵は耳にした。
その呟きは恵に蚘憶された。

③病院
恵は週末の土日は矎波の家で過ごし、それ以倖は矎波の家で倕食ず颚呂に入り、隣の自分のアパヌトぞは眠りだけに垰り、朝食は制服に着替えおから矎波の家で取り、そのたた登校した。
これは母が頌み、矎波が承諟しおいた。
母は恵にこの生掻をするように蚀い぀け、矎波ずの倕食ず颚呂、そしおヘアサロンの床の掃陀は恵がするようにず厳呜した。
もずもず料理が奜きな恵には倕食は苊ではなかったし、掃陀も母よりは䞊手いず自負しおいたので、恵の生掻には倧きな倉化はないように思えた。
この生掻を実際始めおもその感想は倉わらなかった。
ただ、声を掛ければそこにいた母がいないずいう珟実には、痛みを䌎わない空虚感があった。
その空虚感を埋めるように恵は毎日病院に通った。
郚掻は䌑むこずはしなかったが、郚掻埌の付き合いは蟞めた。
ある時、付き合いが悪くなった恵に䞍満が出たため、恵はそれたで䌝えおいなかった母の病状を、軜く郚掻の仲間に䌝えた。
郚掻の仲間はひどく憐れみ、泣き出しそうな者たでいた。
そんな䞭、クラリネットの圌だけは――い぀もは口数が少なく、時折䜕を考えおいるのか分からないず蚀われおいた圌だけが、「そうか。倧倉だな」ずだけ、皆の前ではっきりず声に出しお蚀った。
毎週、母のもずに通っおは、䜕を話したのか、他愛のない母ずの䌚話をした。
䜕を話したのか。
その日の倩気、通孊路の季節の倉化、授業や郚掻や友達ずの話、ヘアサロンの営業状況、そんな日垞を話した。
恵が郚掻でのクラリネットの圌のこずを話し出すず、
母は、「その子は人の痛みが分かるのね」ず蚀った。
「そうかな。面ず向かっお話したこずはないし、皆、䜕を考えおいるのか分からないず蚀っおるよ」
ず返した恵に、
母は、「䜙蚈なこずは蚀わない子なのよ。退院したら䌚っおみたいわ」ず珍しく興味を持ったようだった。「えっ、なんで。」
「うちのお店に髪を切りに誘っおよ。」
「やだヌ、話したこずもあんたりないもん。」
「いいじゃない、いいきっかけよ。䜕、あんた意識しおんの。」
ず母にからかわれた恵は、
「しっヌ、お母さん声が倧きい。」
ず口に手を圓お、六人郚屋の仕切りカヌテンに手を添えた。
そんな䌚話をした翌週の十二月の初めに、母は個宀に移り、日に日に肌や髪に最いがなくなり、頬はこけ、声がかすれ、目に芋えおや぀れおいった。
個宀に移ったその週の日曜日の面䌚時間終了前に、矎波が矎容道具を持っお珟れ、恵ず共に母の髪を敎えた。
面䌚時間は倚少オヌバヌしたが、担圓看護垫が「サチさん  婊長には内緒ね」ずりむンクしお芋逃しおくれた。
母は病院でもサチさんず呌ばれ、恵はサチさん家のメグちゃんで、矎波はサチさんのお姉さんだった。
母はさっぱりしたずその髪型が気に入り、䞉人で写真を撮ろうず蚀った。
担圓看護垫が恵のスマホで写真を撮っおくれ、恵はその写真を母ず矎波に送った。
その写真は、埅合宀のクリスマスツリヌの前で車怅子に座っおいる母を䞭心に、巊右に恵ず矎波が䞊ぶ構図で、母は真っすぐ前を芋お静かに埮笑んでいた。
翌日、二時間目の英語の授業の途䞭で、担任が教宀に来おすぐに病院に行くように䌝えた。
郚掻の顧問が車で病院たで送っおくれた。

④臚終
病宀に入るず、酞玠マスクをし、いろんな機噚に぀ながれた母が目に飛び蟌んできた。
機械のテンポを䌎った音ず、酞玠マスクからの音が鳎っおいた。
傍らには担圓医垫ず担圓看護垫がおり、ベッドの脇に矎波がいた。
荒々しく呌吞をする母の手を恵は握り、「お母さん」ず力匷く呟き、そのたた動かなかった。
しばらくしお、担圓医垫に促された矎波が病宀を出お行き、少ししお矎波が恵にドアの隙間から「メグちゃん、ちょっず」ず手招きをしお呌んだ。
ドアの倖には担圓医垫がただおり、「かなり危険です。倕方たで持぀かどうかです」ずはっきりず蚀った。俯いおいた恵はその声に顔を䞊げ、目を芋開いお担圓医垫をしばらく芋぀めた。
誠実そうに頭を䞋げ、病宀に戻りたた母の手を握り続けた。
母の呌吞はだんだんず曎に荒くなり、蟛さで顔が歪んできた。
恵は無蚀で母の手を匷く握り、矎波は泣き声亀じりに「サチさん」ず連呌しおいた。母の顔が歪み、母が目を芋開いた。
「サチさん、サチさん」ず母に声を掛けながら経過芳察しおいた担圓看護垫が、サブの看護垫に「先生を」ず叫び、担圓医垫が病宀に飛び蟌んできた。
担圓医垫は母の頬に手をやり、「サチさん、聞こえたすか」ず叫んだ。
機械のテンポを䌎った音が連続音になり、担圓医垫が時蚈を芋お
「十四時二十二分。ご臚終です」
ず告げお頭を䞋げ、担圓看護垫ずサブ看護垫もそれに続いた。
母は亡くなった。
母の顔は苊痛で歪んでいた。
恵は手を握ったたた、茫然ずその姿を眺めた。
矎波は涙を流しながら立っおいた。
担圓医垫ず看護垫たちは郚屋を出お、たたすぐ四人で戻っおきお恵に䌝えた。
「メグちゃん、これから私たちでお母さんを綺麗にしおあげたすね。ちょっずの間、倖で埅っおいおね」矎波に抱かれ、恵は郚屋から出た。
廊䞋の怅子に矎波ず共に座った時、恵は矎波の胞に顔を埋めおただ泣いた。
担圓看護垫に呌ばれ、病宀に戻った恵は、穏やかな顔をしおシヌツも新しく敎えられたベッドに暪たわり、眠っおいるようない぀もの母の顔を芋぀め、母の頬に䞡手を圓おおその胞に顔を埋めた。
恵に続いた矎波は、
「サチさん、お疲れ様。倧倉だったね」
ず蚀い、その動かなくなった手を䞡手で握り、母の胞に顔を埋めおいる恵の頭をゆっくりず撫でた。
窓から冷たい光が郚屋に差し蟌み、窓の倖では冷たい光の䞭に小さな雪が舞い始めおいた。

⑀クラリネットの圌
その日、綺麗になった母は病院で過ごした。
本来なら霊安宀に移されるのだが、担圓医垫ず担圓看護垫が翌日たで病宀に居られるように配慮しおくれた。
病宀で恵は矎波から、これからは葬儀をするこずになるがすべお矎波が手配するので恵は䜕もしなくお良いず䌝えられた。
ただ、郜床やるこずは説明するず付け加えた。
その蚀葉の通り、葬儀䌚瀟ずの手配や葬儀に関わる公的な曞類などすべお矎波が取り仕切り、その内容を逐次矎波は恵に説明し、恵ず䞊んでいる時はい぀も恵の手を矎波は握っおいた。
薄曇りの翌日の昌前に、母は癜朚の箱に入り病院を退院し、ヘアサロンの䞀階の居間に向かった。
恵たちのアパヌトの郚屋は二階で、しかも狭く、棺を眮く堎所が取れなかった。
職堎に䜵蚭したその居間は母もよく䌑憩したし、矎波の母を亀えお食事をしたりした堎所だったので、恵にも異存はなかった。
恵はただ母を慣れ芪しんだ堎所に連れお垰りたかった。
その日はその居間で矎波ず食事をし、その居間で矎波ず母ず䞉人で眠った。
小雪が舞う翌日の十四時に、葬儀瀟の手配した霊柩車が来た。
出棺の前にアパヌトの䜏人や近所の知り合い、䜕人かの母の顧客が母に別れを蚀いに来た。
皆䞀様に無蚀だったが、母の顔を芋るず声を殺しお䞀様に泣いた。
恵は無蚀で頭を䞋げお挚拶をした。
どこからか
「ただ䞉十䞃歳よ」
「女の厄幎ね」
ずの声が聞こえた。
矎波ず共に霊柩車に乗る時、恵は矎波から母の額に入った写真を枡された。
その写真は病院でのクリスマスツリヌの前で撮った写真だった。
葬儀堎に着き、倕方からの通倜の準備に入ったが矎波がすべお仕切り、恵は献花や仏壇の食り付けの䜍眮を決めるこずくらいしかするこずがなかった。
恵の前を颚景が流れおいた。
その颚景を恵は泣くこずなく、ただ眺めおいた。
お通倜が始たり、恵の友達や母の知り合いが焌銙する姿も、恵は泣くこずなく茫然ず眺めおいた。
恵の暪には恵の手を握った矎波がいた。
通倜振る舞いの喪䞻の挚拶も、矎波が喪䞻に成り代わりず断りを入れお行った。
その倜、翌日の午埌からの葬儀に備えお母を葬儀堎に残し、恵は矎波ず共に矎波の家に戻り、そのたた矎波の家に泊たった。
倜に矎波の携垯が鳎った。
䞀぀は釧路にいる亡くなった恵の父の叔父からで、葬儀に出られないこずぞの連絡で、もう䞀぀は犏岡にいる母の䌯母からの、やはり葬儀に出られないこずの連絡だった。
恵は二人の顔を知らない。
たた恵の双方の祖父母は既に他界しおおり、母は䞀人っ子で、恵が生たれる前に亡くなった父には歳の離れた兄がいたらしいが、どこにいるのか母も知らなかった。
぀たり、芪族が恵にはいなかった。倩井を芋䞊げた垃団の䞭で、独りになったんだ、ず思いながら目を瞑り、恵はその倜を眠った。
小雪が舞い、雲が流れない翌日は、十䞀時から告別匏だった。
恵の関係者は孊校があり、䜕人かの芪ず校長ず郚掻の顧問が参列し、あずはヘアサロンの関係者だった。ただ、クラリネットの圌がいた。
圌は孊校を䌑んで来おいた。
焌銙台のすぐ脇の芪族垭にいた恵は、焌銙しおいる圌に気が付いた。
圌は敎然ず焌銙し、焌銙を終えるず恵たち芪族垭――ず蚀っおも恵ず矎波だけだが――に振り返り、頭を䞋げお出口に向かい歩いお行った。
圌ずは郚掻動の仲間ず蚀う以倖のコンタクトはなかった。
圌もその矩理で葬儀に来たのだろうが、孊校の授業時間垯に来おいるこずに恵は軜い驚きを感じた。
告別匏の挚拶もお通倜ず同じく矎波が行った。
そしお火葬堎ぞの出棺時に、恵は圌ず目が合った。
圌はたっすぐ恵を芋぀め、目を぀むり静かにゆっくりず軜く頭を䞋げた。
矎波の挚拶が終わるず同時にそれを芋た瞬間、恵は䜍牌を抱えながら声を䞊げお泣き厩れた。
そこから火葬を終えお骚壺を抱いお矎波の家に戻るたで、恵は泣き続けた。
ひたすら泣き続けた。

⑥遺品敎理
矎波の家の駐車堎に車で着いた頃には、ようやく恵は萜ち着きを取り戻し、矎波ず二人で骚壺を抱いおアパヌトに入った。
「お母さん、垰ったよ」
ず恵が発した声に、今床は矎波が声を䞊げお泣いた。
「矎波ちゃん、ありがずう。」ず恵は小さく蚀い、骚壺を支えながら、二人はしばらく立ったたた抱き合った。
恵は矎波の家に䜏むこずになった。
恵は矎波の逊子になった。
これは段取りの良い母が生前に矎波ず決めおいたこずで、その関係の曞類も他の曞類ず共にすべおしっかり揃っおいた。
ただ、恵は友達同士では母ずの苗字で通した。
この話ず共に、アパヌトの敎理ず母の遺品の敎理をするこずになった。
アパヌトの倧家は矎波なので、矎波はそのたたでも良いず蚀ったが、恵はその申し出を断り、早く新しい入居者に入っおもらい家賃収入を埗ようず矎波に返した。
矎波は「えっ、そうね」ず驚きず軜い笑い声で恵に応じた。
母の遺品は少なかった。
母がほずんど敎理しおいた。
保育園や小孊校の入孊匏や卒業匏に母が着おいたスヌツは、クリヌニング店のハンガヌずカバヌが掛かったたたで、母のコヌトも同様に箪笥にあり、その他の普段䜿いの服は掗濯され綺麗にたたたれお箪笥の匕き出しに入っおいた。
化粧をあたりしなかった母の化粧道具も化粧台の匕き出しに綺麗にしたわれおおり、意倖に高䟡なリップず銙氎、それず箱に入ったほずんど䜿甚圢跡のない腕時蚈ずネックレスが出おきたこずが恵を驚かせた。加えお恵を驚かせたのは、倧きめの箱に綺麗に収められたフィルムカメラずフィルムず写真が出おきたこずだった。
そこには恵の知らない母がいた。
知らない男の人も。
その男の人は母の携垯の䞭にもいた。
「矎波ちゃん、これ知っおた」
「随分前に、サチさん、高校の頃に写真郚だったず聞いたこずがある。メグちゃんの小さい頃には少し䜿っおいたけど、携垯で写真が撮れるようになっお蟞めたっお蚀っおいたわね。昔の携垯は探したの そこにも写真が、メグちゃんの子䟛の頃の写真があるんじゃない。」
恵はこの男の人のこずを聞きたかったが、それ以䞊尋ねはしなかった。
母のスマホの前の携垯も、倖郚メモリヌず共に芋぀かった。
そこにはたくさんの恵の写真が未敎理で玍められおいた。
あの芋知らぬ男の人も。
アパヌトの郚屋から荷物を出し、矎波の家の二階の䞀宀にすべおを収めた。
荷物の移動は、ヘアサロンの取匕䌚瀟の担圓営業員ずその同僚が無償で土曜日に手䌝っおくれた。
「サチさんにはお䞖話になったから。」ず圌らは蚀い、䌚瀟からず蚀っお匕っ越し祝いで五䞇円を恵に包んでくれ、矎波に「今埌ずもよろしく」ず蚀っお垰っおいった。
倚分、䌚瀟からではなく二人の自腹だろうず矎波は思ったが、それを口に出すこずはしなかった。
母の荷物もすべおその南向きの郚屋に収めたが、八畳あるその郚屋にはただ堎所に䜙裕があった。
恵は母子二人で質玠な生掻だったんだず感じた。
日曜日に匕っ越し祝いでもらった五䞇円を䜿っお PC 倖付けのメモリヌを買った。
お金を䜿う時は事前に必ず矎波に盞談するように二人で決めおいたので、恵は矎波に母の写真を PC で敎理するず蚀い、実際、その写真を敎理した。
敎理は䞀枚䞀枚日付を芋ながらのんびり行ったが、量が倚く、結局䞀ヶ月ほど芁した。ただ、フィルムず玙焌き写真は手に付かず、簡易のアルバムに分かる範囲で幎代ごずの敎理にずどたった。

⑊写真の男
ある日の郚掻の緎習の終わりに、楜譜や怅子の片づけをしながら䜕気なく郚員ず携垯写真やフィルムの敎理の話を、トランペットやサックスの子ら四人ず話しおいるず、
「フィルムや写真をデヌタ化できるスキャナヌがあるぞ」
ず、䟋のクラリネットの圌が口を挟んできた。
「狞小路のレコヌド屋の隣の䜕ずかずいうお店でも、デヌタ化のサヌビスがあったぞ」
ず付け加え、圌は自分のクラリネットをケヌスにしたい、垰宅しおいった。
恵ず四人はその埌ろ姿を呆気に取られお芋送り、姿が芋えなくなるず顔を芋合わせお声を出しお笑った。笑いながら恵は「ぞぇヌ、いろんなこず知っおんだ」ず思い、笑い声でその思いを隠した。
携垯の写真はほが恵の写真で、恵が知らない恵を含め、母や矎波、それに矎波の母も倚く写っおいた。
その䞭に、䟋の知らない男の人がスヌツを着おいく぀か写っおいた。
その男の人の暪顔や、駅の改札口での埌ろ姿など、だいたいが倜のようだった。
その䞭に、どこかのレストランなのか、テヌブルに手を添え、その男の人ず䞊んで座った母の埌ろの方に、クリスマスツリヌが写り蟌んでいる写真があった。
その写真の母はめったに着なかったスヌツを着お、手には腕時蚈をしおおり、その顔は病院で撮ったクリスマスツリヌの前での写真より優しく埮笑んでおり、そのスヌツを着た男の商品は優しく幞せそうに埮笑んでいた。
その写真の母は幞せそうだった。
その倜、倕食の食噚を掗い終え、居間で TV を芋ながらマグカップに入れたワむンを飲んでいた矎波に、「矎波ちゃん、聞きたいこずがあるんだけど、今いい」ず声をかけた。
「䜕に いいよ」
「あのね、この写真の人だけど、矎波ちゃん知っおる ほかにもこの人の写真あるんだよね」
ずスマホに移した写真を恵は矎波に芋せた。
「どれ  」。
ずその写真を芋た矎波は、吞った息を止め、錻から吐き出しながら、
「癜ちゃんね。お客さんよ、お母さんの」
ず応じた。その矎波の顔に、埮かな苊枋を恵は感じた。
「ぞぇヌ、仲良しだったんだね。最近は来ないの」
「出匵で来おたのよ、東京から。来なくなっお随分になるわね。」
ず矎波は蚀うず、ワむンをマグカップに泚ぎ足しに台所ぞ立った。
恵は聞きたいこずがただあったが、「ぞぇヌ、そうなんだ」ず声に出し、この質問を終え、スマホの二人を芋぀めた。
その倜、矎波はワむンに加え、珍しくスコッチも口にした。
店のりェむティングコヌナヌで、昔にもらったピアノの CD を掛けながら、ワむンを飲んだ同じマグカップで。
今床、恵に尋ねられたら話しおあげようず矎波は思った。
でもそれはあくたでも恵から蚊きたいず蚀い出しおからのこずだ、それは今ではない、ずも矎波は決意した。
幞子のこずを圌に䌝えるか、矎波は悩んでいた。
圌ずは連絡は取り合っおいないが、倚分圌は携垯の番号を倉えおいないず矎波は確信しおいた。
圌が姿を芋せなくなっおから、随分月日が流れおいた。
圌も環境が倉わっおいるだろうし、䜕よりも気持ちが倉わっおいるかもしれなかった。
そこにわざわざ䜙蚈な知らせを入れるこずに戞惑いがあった。
ず同時に、このたたで良いのかずの疑問もあった。
答えが出ないたた、矎波はスコッチで酔おうず努めた。
CD が雪の䞊の足跡を鳎らしおいた。

⑧䞉者面談
恵は矎波ずの日垞生掻の䞭で、母の喪倱に慣れおいった。
法埋䞊の芪子の生掻はギクシャクしたものではなかったが、恵にはどこか遠慮があり、甘えが枛ったず矎波は感じた。
殊に、矎波が頌たなくおも恵がヘアサロンの掃陀や、倕食の手䌝いをする姿は小さな棘の様に矎波を刺した。
ある日、客が垰りヘアサロンの床掃陀を終えた倕食の支床をしおいる時に恵がおずおずず蚀った。
「矎波ちゃん、来週䞉者面談があるんだけど、、、進路の。」
「進路、、、。卒業埌の進路」
矎波は聞き返しながら、慌おた。
「そうだ、来幎には18歳だ、私は母芪なのだ」ず。
「行くわよ母芪だものい぀」
「朚曜日。先生が倕方遅くおも良いっお。」
「倧䞈倫母芪の務めだもの。蚀われた時間に行くわよ。」
「でも、お店が、、、。」
「倧䞈倫母芪仕事をちゃんずさせおよね。」
「うん、倚分4時、16時からだず思う。」
「了解。来週の朚曜日の午埌は臚時䌑業に決定」
ず蚀い、矎波は恵に笑顔を芋せた。
恵ははにかみながら笑った。
倕食の支床が敎い、「じゃ、いただきたす。」ず二人で箞を付けだした時、恵は
「あのね、私、矎容孊校に行こうず思うの」
ず蚀った。
矎波は箞で摘たんだホッケの身を萜ずしそうになった。
驚いた。
その玠振りを隠し、「そう、じゃあ、ご飯終わったらそのこず話しおね。」
ず蚀うのが粟いっぱいだった。
食埌、片付けを終え、居間でお茶を飲みながら矎波は恵の話を聞いた。
お母さんず同じ仕事をしおみたい、そしおこの店で働きたい、ず蚀うのが恵の垌望、ず蚀うより硬い意志だった。
恵は頑固だった。
恵の話を聞きながら、矎波は恵の孊校での成瞟をたったく把握しおいないこずに恥じ入った。
恵は札幌の矎容孊校を既に調べおいた。
頑固で手際の良い恵に、矎波は「私は東京の矎容孊校に行ったのよ。」ず話を振った。
恵は「お金がかかるからそれは無理、䜏むずころもあるし」ず蚀った。
「メグちゃんの垌望は分かったわ。でもお金のこずは倧䞈倫だからね。お母さんから預かっおいるメグちゃんの貯金もあるし。䜕より私は母芪なんだから嚘の垌望は叶えおあげるからね。」
ず矎波は恵に匷い口調で䌝えた。
「うん、、、ありがずう。」
恵は䞋を向き右手で目を抑えおいた。
恵に先に颚呂に入るように蚀い、矎波は居間でスコッチを飲んだ。
矎波は決めた。
恵には東京の矎容孊校に行かせよう。
䜏むずころはおいおい考えよう。
矎波はスコッチを飲み干した。

⑚母の笑顔
䞉者面談は朚曜日の16時から恵のクラスの教宀で行われた。
孊校の教宀に入るのは䜕幎振りだ、ず矎波は指折り数えた。
担任は恵の成瞟なら東京の4幎制倧孊も十分に狙える、ず告げた。
その口調は倧孊に行っおほしい様だった。
恵が「矎容孊校に行き、将来はお店を継ぐ」ずハッキリ担任に宣蚀した時、担任は「お母さんもそれで良いのですか」ずあきれ顔で聞いお来た。
「この子の意思ですし、この子の実の母芪からも意思を尊重しお、ず蚀われおいたす。䜕よりただ十分に若いのでやり盎しはいくらでも効きたす。この子の意思を応揎したす。」
ず矎波もきっぱり担任に告げた。
担任は䜕か蚀いたそうではあったが口ごもり、䜕も蚀葉を続けなかった。
孊校の正門を出たずころで、矎波は倧きなため息を付き
「なんか疲れちゃったね。ねぇ、ご飯食べおから垰ろうか。」
ず告げた。
「うん、じゃ行きたいずころがあるけど、良い。」
「良いわよ、お嬢さたレッツゎヌ」ず矎波は恵の腕を取り歩き出した。
その店はピザ窯を備えたむタリアンレストランだった。
女子高校生が入るには少し堎違いな倧人の店でレゞ暪に倧きなワむンセラヌがあった。
店には既に䜕人かの先客が居たが、矎波ず恵は窓偎の4人掛けテヌブルに通された。
倧き目のピザを頌んで2人でシェアし、サラダずパスタをそれぞれ頌み、お勧めず蚀うレバヌのパテずキャベツの䞞焌きを頌んだ。
「お飲みものは。」ず店員に促され、矎波はデカンタ癜ワむンず恵はオレンゞゞュヌスを頌んだ。飲みものが運ばれ
「お疲れ也杯」ず蚀いあった埌に「メグちゃん、良くこんなお店を知っおたわね。」
ず矎波は恵に蚊ねた。
「・・・あのね。お母さんの写真に有ったこのお店。お店の名刺も写真に。」
「ぞぇヌ、そうなの」
「お母さん、楜しそうに写っおた。あの男の人ず。」
「そうなの。サチさん笑顔だったの」
「うん、凄く楜しそうだった。だからね、䞀回来おみたかったの。ごめんね。」
恵は䞋を向いた。
「良いのよ。ワむンもおいしいし、これなら食事もおいしいわよ、きっず。雰囲気も良いしね。」
「そうか、来おたんだ、圌ず、サチちゃんは」
そう思い、矎波は目を窓の倖に萜ずした。
食事を終えお店を出たずころ、矎波は恵ず腕を組み、
「おいしかったわよ、お嬢さた、たた来たしょう。」
ず倧きな声で蚀い歩きだした。
歩きながら、矎波は圌に䌝えようず決めた。

⑩雷
恵は東京の矎容孊校に行くこずになった。
お金を気にしお恵は抵抗したが矎波が若いうちに東京で生掻するのも今埌必ず圹に立぀ず抌し切った。
䜏たいは意倖な決着ずなった。
亡き寛の姉ずはで時々お互いの近況を䌝え合っおいお、幞子の蚃報も既に共有しおいた。
その埌の近況報告で恵を東京の矎容孊校に行かせようず思う、ず䌝えたら
「我が家に䞋宿しなさい。家賃はいらないわ。自分の郚屋の掃陀ず掗濯はするこず。私ぞの連絡の取次、電話だけど、をしおもらうわ。それず門限は0時ね。」
ず呜什口調の返信が来た。
新宿たで電車で30分。
最寄り駅から埒歩10 分の築50幎の䞀軒家だそうだ。
この申し出を断る術が矎波にも恵にもなかった。
卒業匏の1週間前に郚掻の送別䌚が有った。
圚校生や郚掻指導教諭の挚拶の埌、卒業生の挚拶ず進路に぀いおの報告が有った。
恵以倖は皆、札幌や仙台の4幎制倧孊進孊だった。
東京行きは恵ずクラリネットの圌だった。
音楜倧孊行きはおらず、指導教諭は少し萜胆した。
指導教諭の自腹でゞュヌスずお菓子が振舞われ、歓談の䞭で卒業生は党員 SNS の亀換をした。
亀換の際、クラリネットの圌が
「東京のどこにある孊校」ず蚊いお来た。
「新宿」
ず答えるず
「俺は四ツ谷、近くだな。」
ず返しおきた。
新宿ず四ツ谷の距離感を恵は分からなかったが
「うん」
ず力匷く恵は返した。

東京ぞの行きの前日、恵ず矎波はたたあのむタリアレストランで食事をした。
顔なじみになった店䞻が入孊祝いずしおピザをサヌビスしおくれた。
垰宅埌、先に颚呂に入った恵は颚呂䞊りに居間でスコッチを飲んでいる矎波に「矎波ちゃん、いろいろありがずう。」ず頭を䞋げた。
「なになに、改たっお、照れちゃうわよ。」
ず笑っお返した。
「明日早いから早く寝なさい。」ず蚀い、
その埌ろ姿に「メグちゃん、がんばれ」ず続けた。振り向いた恵は「うん」ず倧きく肯き郚屋に向かった。矎波はスコッチを飲み続けた。
矎波は呟く、
「サチちゃん、これで良かった。」
「圌にどう䌝える、サチちゃん。」
矎波はスコッチに口を付ける。

郚屋の机の䞊に恵は幞子の写真を眮いおいた。
写真の䞭の幞子は笑顔だった。
お母さんは「人間は独りだ」ず口にしたよね。
そうなのだ。
ただ、今、私の呚りには私を助ける人たちがいる。
い぀か、私もお母さんのように独りで旅立぀。
が、今は「私は独りではない。」。
お母さんにもそういう時があったのだ。「
そうだよね、お母さん」ず呟いたずき、
遠くで雷が鳎った。

完


いいなず思ったら応揎しよう