🟥認知症になった君に、今日も話しかける|31【夏の帰省・5話連続③】⏳同じ時間を見ているのに
長男の誕生日と妻の誕生日は同じ月にある。
せっかく帰省しているのだから、
一緒にお祝いしようということになった。
最終日の夕食は、お嫁さんが腕を振るってくれた。
テーブルいっぱいに料理が並び、
美味しそうだ。
「じゃあ、乾杯しよう」
長男がビールを手に取った。
そして、
「まずは、一番最初に夕食を作ってくれた〇〇にありがとう」
と言って、
みんなを待たせて、
お嫁さんのグラスにビールを注いだ。
いい夫だな。
毎日の子育てもある。
遠くまで帰省して、みんなの夕食まで作ってくれた妻に
「ありがとう」と言う。
何もおかしなことではない。
なのに・・・
その瞬間、私は少し引っ掛かった。
あれ?
まずは、一番最初に?
昨日まで妻の介護をしながら、
私がみんなの夕食を作ったり、
寿司をとってごちそうしたり、
息子たちの風呂や寝室の準備もした。
そして、今日は妻の誕生日のお祝いも兼ねている。
そこに、わざわざ、みんなを待たせて
順位をつけるというのか?
そんなことを思った自分。
楽しい場でそんなことにこだわる必要もないとわかっている。
それでも心のどこかが小さくざわついた。
もちろん、そのまま聞き流した。
今回、もう一つ同じように引っ掛かったことがあった。
長男から、
帰省中どこかの日で孫を見ていてほしいと頼まれた。
お嫁さんに息抜きをさせてあげたいので、
夫婦二人だけで映画を観て、ショッピングを楽しみたいという。
その気持ちはよくわかる。
3歳の子どもがいれば、
夫婦だけでゆっくり出かける機会もなかなかないだろう。孫も可愛い。
それでも私は、正直ムッとした。
私たち夫婦の、
今のこの生活を本当にわかっているのだろうか。
仕事と介護の両立に加えて、
この休日に息子家族ももてなしてる。
もちろん言葉にはしていない。
妻と3歳の孫を同時に一人で見ることはできない。
それは伝えた。
そこで、
妻がデイサービスへ行っている時間なら、ということになった。
妻を送り出したあと、家には私と孫が残った。
いつもなら、そこで「ふぅ」と息をつく。
コーヒーを飲んだり、
買い物へ出たり、
何もしない時間を過ごしたりする。
妻がデイサービスにいる数時間は、
私にとって単なる空き時間ではない。
介護から少しだけ離れることのできる、
大切なレスパイトの時間だ。
その日は、そのまま孫の世話が始まった。
もちろん孫と過ごす時間は楽しい。
それでも、
動き回る孫に付き合い、
おむつを替え、
昼を食べさせ、
心の片隅では、「俺の休みは?」と思っている自分がいる。
そこで、
乾杯のときに感じた小さな違和感と、
この気持ちがどこかでつながった。
息子は、自分の妻を見ている。
私は、妻との今の生活を見ている。
息子には、
子育てをしながら遠くまで帰省して、
夕食を作ってくれた自分の妻の姿が見えている。
だから最初に「ありがとう」と言った。
そして、
毎日子育てをしている妻に
少しでも自由な時間をつくってあげたいと思った。
だから私に孫の面倒を頼んだ。
一方の私は、
認知症になった妻との毎日を見ている。
デイサービスの時間も
妻と自分にとってどんな意味を持つのかも、
その生活の中にいるからわかっている。
どちらも、自分の大切な人を見ている。
親子で同じ食卓に座っていても、
見ている方向は違う。
介護をしている自分の大変さを、
息子にはもっとわかってほしいと思っていたのかもしれない。
息子にだって
私には見えていない毎日があるのだろう。
家族だからわかっている。
いつの間にか、そう思い込んでいたのかもしれない。
その夜、妻をベッドに横にして掛け布団をかけた。
「今日な、息子にちょっとムッとしたんだよ」
と話しかける。
妻はこちらを見ている。
妻が何も言わずにふっと笑った。
「親子なのにな。見ているもんが違うんだな。
でも、まあ、それでいいか。」
妻はまた少し笑って、目を閉じた。
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