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「昔ヤンチャだったんで」は、だいたい後付けである。

大人になると、不思議な病気にかかる人がいる。

それが
“昔ちょっとワルでした症候群”
である。

今はPTA会長、管理職、講演会では「夢を諦めるな」と語る人が、なぜか急に言い出す。

「いやぁ、俺も昔は相当ヤンチャでさ…」

出た。

この瞬間、たいてい過去は盛られる。

コンビニの前で座っていただけなのに、六本木の地下格闘技みたいな話になる。
授業中に寝ていただけなのに、“社会への反抗”になる。

いや、それ、ただ眠かっただけだろ。

本当に危ない人は、そんなに上手に講演会のパワポ作れない。

結局、人は
「今の立派な自分」に説得力を持たせるために、
「昔の荒れた自分」を必要とする。

ビフォーアフターがあった方が、拍手がもらえるからだ。

でも冷静に見ると、その人を変えたのは
根性でも反骨精神でもなく、

たまたま出会った先生
たまたま拾ってくれた上司
たまたま怒ってくれた先輩
たまたま逃げなかった奥さん

だいたい、“たまたま”である。

人生は自己啓発本みたいに美しくない。

ほとんどは
運と縁と、ちょっとの見栄でできている。

なのに人は言う。

「全部、自分で掴みました。」

違う。

半分くらいは、誰かが拾ってくれたんだ。

でも、それを言うと講演料が下がる。

だから今日も誰かが語る。

「昔の俺は、本当にどうしようもなくて…」

たぶん今も、そこまで変わっていない。

ただ、名刺を持っただけだ。

もうソウ太郎

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