見出し画像

なぜ時代劇の街道には轍があるのか?

グッダマイ!
かそ⭐︎せいっす。

相変わらずジェーミナイ様は良い画像を生成されまくってます。

かそ⭐︎せいは子どもの頃から不思議に思ってたことがありました。
「なぜTV番組の時代劇に映し出される街道には轍(わだち)があるのか?」

子どものころのかそ⭐︎せいの周りには、きちんと納得のいく答えを返してくれる大人が皆無だったので、じじいになるこの日まで謎でした。

ひろいものですが、証拠画像を貼りますね。


木枯し紋次郎ですね


初期の水戸黄門様ですね。助さん、角さん、八兵衛と、少数精鋭の旅のようです


ちょっとー、すれ違う人の邪魔にならないように歩きなさいよ


あからさまに轍ですね

江戸時代には自動車とかあるはずが無いですし、牛車や大八車などは幕府が厳しく街道での使用を制限していたようなので、車輪によってつけられた轍では無いですね。
無いです。

では、どうやってわだちが街道につけられたのか?

ジェーミナイ様にお尋ね申し上げて候。


江戸時代の東海道

どうやら江戸時代の街道は、主要都市から主要都市までの情報伝達を、人間が伝えていたようで、多くの下級武士や飛脚たちがひっきりなしに街道を走っていたようです。

幕府と地方の大名たちは現代でいうメールをこのようなシステムでやりとりしておりました。

幕府としては通信網を確保するのと同時に、職にあぶれていた下級武士や一般の人たちに伝令や飛脚という職を提供しておりました。

上のイラストではどうしてもジェーミナイ様の生成が甘くって、轍の上に飛脚たちをプットオンしてませんが、おそらく左側の下級武士たちのように整然と左側通行を遵守していたようです。

このようにして江戸時代の街道にはわだちが作られていったようです。

決して、時代劇の撮影時に
「砂利道とか未舗装路だったらなんでもいいんじゃね?」
なんて、ことはありません。
たぶん。

と、ここまで書いておきながら、このネタあんまり面白くありませんでした。大変申し訳ありません。

松本零士先生の
「ワダチ」

これは超面白いですよ。

かそ⭐︎わだち