休みが買える会社(短編小説)
女は仕事が終わると、駅へ向かう人の流れから少し外れて歩いた。
その日の気分で、
焼いた肉の匂いに引かれて店に入ることもあれば、
雑誌で見た菓子店まで電車を乗り継ぐこともあった。
休日には、画面の中で選ぶより、自分の目で見て服を買いたかった。
手ざわりや重さや、鏡の前で着たときの気分は、写真ではわからないと思っていた。
そういう時間を、女は豊かな暮らしと呼んでいた。
平日は働く。
休日には好きなものを食べ、ほしいものを買う。
きちんと稼いで、
きちんと使う。
それでバランスを取っているつもりだった。
けれど、時々その豊かさはずいぶん薄い膜のように思えた。
食事をしている間にも、明日の朝のことが頭の隅にある。
新しい服を買っても、次にゆっくりそれを着られる日がすぐに思い浮かばない。
なにより、明日が休みの日と仕事の日とでは、同じ料理でも味が違った。
明日は早起きしなくていい、そう思える夜の一皿は、塩気までやわらかい。
けれど翌朝に出勤があるだけで、同じ値段の同じ料理が、どこか急いで口に運ぶものになる。
おいしいはずなのに、時間の終わりが先に見えている気がした。
有給はあった。
だが、使いやすいとは言えなかった。
申請を出すと、
上司はたいてい一度だけ黙る。
あるいは、忙しい時期なんだけどね、と前置きしてから判を押す。
却下されるわけではない。
制度としては使える。
けれどその一拍や、その一言があるだけで、休みは権利ではなく、事情を汲んでもらって手渡されるもののように感じられた。
女はその空気が苦手だった。
休む前から、小さく借りを作るような気がした。
だから熱があるほどでなければ休まず、疲れた日は帰りに少し高いものを食べた。
服を買う日もあった。
今日を乗り切ったぶんの埋め合わせだった。
そうして気持ちを持ち直し、また次の週を働く。
その繰り返しだった。
会社が新しい制度を始めると聞いたとき、女は冗談だと思った。
一定の金額を払えば、翌日の休みを買える。
申請はアプリで済み、直属の上司を通さなくていい。
利用理由もいらない。
枠が空いていれば、その場で休みが確定する。
説明会では、福利厚生の新しい形です、と担当者が言った。
会議室のあちこちで小さな笑いが起こったが、制度は本当に始まった。
しかも思ったより安かった。女が帰りに一度食べる食事や、月に一度、買う服の値段と大きくは変わらなかった。
同僚たちは最初こそ半信半疑だったが、実際に使った人が出ると、思ったより便利らしいという空気に変わった。
有給と違って嫌な顔をされないのがいい、と誰かが言った。
たしかにそうだった。
休みを買う申請には、
上司の沈黙も、
苦い前置きもなかった。
むしろ周囲は、いいね、ゆっくりしてきなよと軽く言った。
女はその軽さに驚いた。
休みたいと言うことは、もっと肩身の狭いことだと思っていたからだ。
ある木曜日の夜、女は帰り道のベンチで靴ずれしたかかとをさすりながら、アプリを開いた。
次の土曜まで待てば休める。
けれど、その二日がやけに遠く思えた。
画面には明日の枠が残っていた。
女は少し迷い、買う、の表示を押した。
翌朝、目覚ましをかけずに起きた。
それだけで部屋の空気が違っていた。
いつもの平日の時間に起きても、急いで顔を洗う必要がない。
電車の混雑も始業時刻も、
自分には関係がない。
女はしばらく布団の上に座っていた。何かをしなくては、といつもの癖で思ったが、すぐにその必要がないことに気づいた。
せっかく買った休みだから、どこかへ行こうとも思った。
評判の店を予約してもいいし、
前から気になっていた靴を見に行ってもいい。
けれど支度をしているうちに、女は急にそれらが少し遠く感じられた。
外へ出て、また時間を上手に使おうとするのは、いつもの休日とあまり変わらない気がした。
結局、近所の喫茶店にだけ行った。
平日の昼前の店は静かで、隣の席では年配の夫婦が新聞を分け合っていた。
女は温かい飲み物と簡単な昼食を頼み、窓の外を見ながらゆっくり口にした。
急いで食べなくても、次の予定が後ろから追ってこない。そのことが、思っていたより深く体にしみた。
同じような味なのに、昨日までよりちゃんとおいしい。 それは料理が特別だからではなく、時間が削れていかないからだと女はわかった。
会計のあと、店先の椅子に少し座って空を見た。
平日の昼の光は、休日とは別のもののように見えた。
世の中はちゃんと動いているのに、自分だけがそこから外れている。
その小さな離れ方が、女には贅沢に思えた。
夕方、会社の連絡用アプリに、
明日のシフト対応ありがとうございますという通知が流れてきた。
前に説明を聞いたとき、休みの穴を埋めるのは外部のNPO法人が作った人材団体だと知ったのを、女は思い出した。
そこには、定年後の元職員や、事情があって常勤では働かないものの、仕事のできる人たちが多く登録しているらしい。
その活動を支えているのは、金に余裕のある実業家たちだという話だった。
女はその通知を見ながら、しばらく画面を閉じなかった。
自分の今日の静けさは、誰かの今日の労働の上にある。
けれどそれは、これまでの有給のように、同じ職場の誰かへ露骨なしわ寄せが行く形ではなかった。
働ける人が来て、
休みたい人が休む。
ただそれだけのことが、どうして今までこんなに難しかったのだろうと思った。
金で買った休みは、思ったよりちゃんと休みだった。
しかも、後ろめたさが少なかった。
女はようやく気づいた。 自分が高い食事や買い物に求めていたのは、
豊かさそのものではなかったのだ。
時間に追われてすり減った気持ちを、
一時的に埋めるための手当てだったのだ。
本当にほしかったのは、味を味わう前に終わりを気にしなくていい時間だった。
服を買う前に、次に着る日を考えなくていい時間だった。
夜になっても、まだ明日の仕事だけが残っていた。
それだけで一日は十分に広かった。
女は冷蔵庫のあり合わせで簡単な夕食を作った。
店の料理ほど気の利いた味ではない。
それでも、今日の食事は妙に落ち着いていた。
急がなくていい夜には、たいしたものでなくても、きちんとおいしいのだと知った。
休みを買える会社など、おかしな仕組みかもしれない。
けれど女にとって、その一日は初めて、自分の時間を自分のものとして受け取れた日だった。
豊かな暮らしとは、たくさん持つことではなく、
少し立ち止まれることなのかもしれないと、女は思った。
