“毒”や“闇”に惹かれる自分もいる
性善説をあまり信じていません。
環境や教育などのせいではなくて、世の中には根っからの悪人としか思えない人が確かに存在していて、そういう“共感し得ない人”に、わりとしんどい目に遭わされて来ました。
根っから悪い人間は、いる。
ただ、1人の人格は必ず善い人、悪い人に分かれているのではなくて、善い面と悪い面のその両方が存在し得るのだとは思っています。
何なら複数くらい仮面を持っているのが普通だとすら思っています。
例えば世の中の人を無理矢理、強引に“善い人”と“悪い人”に2分したとしたら、私は悪い人グループに入るのだろうなという自覚はありますが、と言って故意に誰かを傷つけてやろうとか考えている人間ではありません。
けれど私は「良い人だね」って言われるのも好きじゃありません。
だから人に向かってもそういうことは思っても言わないようにしています。
人を進んで傷つけようとする意思こそないものの、自分の中に完全に払拭出来ない闇が根付いてるせいなのか、私は闇成分を含んだ人に惹かれやすいです。
自分の中にある一部分が呼応するのでしょう。
言葉が鋭利で鞘のないナイフのような人や、闇属性だなと思えるような人。
そういう人と関わっていると、私の中の、おそらくはまだ未消化の部分が疼き、そして(変な話だとは思うけれど)癒えるのです。
“毒”のある人間もまた似たような理由で惹かれることがあります。
普段、穏やかな人が時々吐く“毒”。
そういう一面が見えた時、私はその事に対して「おっ」と、思います。
むしろそんな一面が見えた時、より深くその人に興味を掻き立てられるかもしれません。
年がら年中誰かに対しての毒を撒き散らしているような逆ブルドーザーのような人間は除外されますが、普段はそうでない人が見せてくれる一面は、もしかしたら私を信用してくれて見せてくれる一面かも知れないとも考えます。
ところが不思議なことが起こります。
自分の内面の、所謂“醜い部分”を存分に語った人と言うのは自家中毒を起こすのか、吐き出した人を遠ざけると言うことがあります。
私が何かその人を否定するようなことを言ったのではありません。
大抵の場合、私は口を出さずに聞いてますし、「あなたはそんなことないよね?」と聞かれても、経験があれば「あるよ」と答えるし、なければ「ないねえ…」と答える程度です。
私自身は自分の中の闇をごく当然のように言ったり書いたりする人間なので経験がないのですが、普段からそういう事を口にしない人ほど消えたがります。
自分の、いわば恥部を曝け出したと言うことは、そんなにも恥なければいけないことなんでしょうか。
別に悪く思っているわけじゃないんだけどなあ…と言うのを、私はいつも上手く伝えられません。
多分、他の人もそんなに深くとらえてはいないだろう環境から、その人は逃げたがります。
そうやって消えていったネッ友さんが結構います。
今も1人、帰りを心待ちにしている人がいます。
その方はたまに消えるけど、何かしら自分の中で消化出来るのか、去っては戻り、戻っては去ってと言うことを繰り返しています。
私はその方の話す小難しい仏教の話やくだらない話がわりと好きなのですが(宗教の話が好きなのでは決してない)、戻ってくることを強要出来たりはしませんので、ただ待つのみです。
その人は多分霊感が凄くあるのに、「霊なんかいない。だっていたら怖いから」と言い張る私を気遣って、霊は居るよと言わないでくれています。
わりと感情移入しやすいのが私の欠点でもあるのですが、消えてしまわれると、結構寂しいんだけどなあ…と思います。
