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「とくにない」の逆

マンガを読んでいる。
少しずつ読んでいる。

先日電子書籍版を大人買いしたけれど、あまりにも好きな内容だったので、途中で読むのを中断した。きっとこの先何度も読み返すだろうけれど、初読の幸せは初めて読んだ時しか味わえないのだから、少し我慢したとしてもお釣りがくる。だって俺は長男だから。

そうでなくても、チビリチビリとよく噛んで読みたいなと思った。スルメを噛むように、日本酒を飲むように。

こちらのマンガです。

女子高校生ふたりを中心とした、ちょっと変わった学校生活を描く作品である。コメディというカテゴリに入るかもしれないけど、そこにおさまりきらないと思う。あらすじを書いても絶対に伝わらないし、そもそもあらすじは特にないのかも。

オモコロで記事を書いたりYouTubeチャンネルをやっている“けん”こと、“犬のかがやき”こと、“なか憲人”の“とくにある日々”という作品である。

作者の背景が複雑なような気もするけれど、それは内容にあまり関係ないと言えば関係ないし、関係があるといえば関係がある。

その理由は、この世の中で関係のないことなんてないからだ。すべての事柄はお互いに関連しあっている。それは仏教で言うところの縁起、つまり縁、えにし、によって多様なネットワークを構築しており、そのネットワークの網目構造自体が世界と呼ぶべきものだから。

などと急に怪しげなことを口走ってしまうけれど、ここで言いたいことは、どんな作品であっても、やはり作者も込みで作品であるという考え方には妥当性があるということだ。

というのは、このマンガは女子高校生ふたりが主人公ではあるが、その実際には作者のけん氏はサングラスをかけたイカついお兄さんだからだ。

もちろん、女子高生のマンガをイカついお兄さんが描くのがおかしいという主張をしたいわけではない。女子高校生のマンガは、女子だけが描くものではないだろう。誰だって描くのは自由だ。

そうではなくて、女子高校生が主人公であることと、それをイカつい男性が描くことにこそ必然性があると感じたのです。

それは同時に、自分の中からも女子高校生的なものが呼び覚まされるということだ。
僕の頭の中の。
かなり誤解を招く書き方、というか気持ち悪い表現だけれど、そんな感じなのだ。

作者のなかにある瑞々しい感性の表出があのキャラクターたちだとしたら、それに共感できる感覚が自分の中にもあったのだ。それを喜ぶ気持ちが湧いた。

全8巻。kindle版は現時点では7巻まで一冊99円のお値打ち価格。


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