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本日の日記2026 6.15

鏡、人は毎日に生活で鏡を見る。人生を振り返るとき、自分自身を見つめ返すとき、顔を洗う時、髭を剃るとき。毎日鏡を見なければならない。
自分自身の顔見なければならない、自分の顔は鏡でしか把握できないし、自分という存在は他人の顔を自分の顔よりもクリアに見ることができる。
自己は他者の関係性によって補完されている、人は他者を必要とし記憶の拘泥も他者との関係に紐づかれていることが多い。

今桜坂劇場でリバイバル上映中のタルコフスキーの特集上映はソ連時代の作品だけがセレクトされている、晩年の2作品はソ連から離れて撮った『ノスタルジア』『サクリファイス』は今回の特集上映からは外されている。
『鏡』はタルコフスキーの幼少期の記憶を背景に製作された、タルコフスキーの映画は画面の絵画的構成美は映画という表現形態で芸術性を全面的に拡張した。映画冒頭から圧巻の長回し、ヒロインの背面を上手く捉えたショットの見事さを相まって映画史的に重要な場面だ。映画『鏡』は観る側の記憶も揺らがすような構成。
一週間の上映期間があと一週間延長された。

タルコフスキー自身の自伝的内容が色濃く反映されていて作家自身である私=タルコフスキーの過去と現在の記憶を交錯させ記憶が齎す曖昧さや記憶の弱さのようなものが映像から滲んでいる。

タルコフスキーの父は詩人のアルセーニイ・タルコフスキーで映画『鏡』では本人が朗読で参加している。詩的言語も映画を理解するキーポイントでもある。タルコフスキー自身の文章も詩的な要素が散見されるのも父アルセーニイの影響なのだろうか。

映画観た後に余韻が残る、半日以上その余韻が続く。
大雨の最中に観たので雨の音と映画の内容が奇妙なシンクロをしたのであった。

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