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快食ボイス760・ダマスカス鋼が失われ、次は日本刀の番かもしれない

この週末、島根県安来市にある和鋼博物館に行ってきた。
「和鋼」と書いて「わこう」と読む。
ここはたたら製鉄の内容をすごく詳しく解説してくれる施設で、本物の日本刀(刃はついていない)を実際に持たせてくれたりもして、非常に素晴らしかった。

ただ、残念なことがある。
この4月から休館して、2〜3年後に再開する予定とのことだ。
再開を心から願っている。
そして、この博物館を訪れたことで、僕はひとつの大きな問題に気づいた。今日はそのことを書きたい。


「ダマスカス鋼」の話から始めよう

知っている方は少ないかもしれないが、かつて中世のイスラム世界に「ダマスカス鋼」と呼ばれる、伝説となっている刀剣素材があった。
現代のシリアにあたるダマスカスを中心に流通していたのでそう呼ばれているが、実際の製造はインドで行われていたという説もある。
当時インドはイスラム圏だったりもするので、その辺りの話は複雑だ。

このダマスカス鋼というのが、とにかく特別なものだった。
まるで刃文のような、マーブル状の美しい表面模様を持ち、当時の西洋の剣を両断するほどの硬さと粘りを兼ね備えていた。
ヨーロッパの王公貴族が喉から手が出るほど欲しがったという。
ところが18世紀頃、この製法は突然途絶えた。

原因には諸説ある。
特定の鉄鉱石が枯渇した、インドからの鉱石輸入ルートが断たれた、鉄砲の時代になって職人がいなくなった——いろいろ言われているが、決定的な答えはない。
確かなのは、技術を持つ人間がいなくなったとき、技術も消えたということだ。

現代の冶金学者たちは今も懸命に再現を試みている。
近年では電子顕微鏡でカーボンナノチューブ構造が確認され、製法の一端が解明されつつある。
しかし完全な再現にはまったく至っていない。

ちなみに、現代「ダマスカス鋼使用」と謳った包丁が売られているが、あれは全部偽物だ。
異なる鋼材を折り重ねて表面に模様をつけているだけで、本物とは別物である。
本当のダマスカス鋼は、溶かして固め直しても同じ模様が現れるという、冶金学的に謎とされた特殊な構造を持っていた。

失われてから気づいた。
しかし、もう戻らなかった。
この話を念頭に置いて、たたら製鉄の話に進みたい。


たたら製鉄とは何か

和鋼博物館の展示は、たたら製鉄の「完成形」、つまり江戸時代に完成したかたちを中心に見せてくれる。
高殿(たかどの)と呼ばれる巨大な建物の中に製鉄炉を据え、天秤ふいごで大量の空気を送り込み、木炭と砂鉄を交互に投入して鋼を作る——これが江戸期に完成した「高殿たたら」の姿だ。

しかし、もともとのたたら製鉄はもっとずっと素朴なものだった。
古代(弥生時代から古墳時代にかけて)は「野だたら」と呼ばれる小規模なものだった。
砂鉄は川底や浜辺に自然に沈殿していたので、それをそのまま使えばよかった。
川のものを「川砂鉄」、浜辺のものを「浜砂鉄」と言い、地表に露出していたのでわざわざ掘らなくても取れた。
しかし需要が増えるにつれて、その砂鉄が枯渇してくる。

そこで生まれたのが「鉄穴流し(かんなながし)」という技術だ。
山を崩して川に土砂を流し、比重の重い砂鉄が川底に沈殿するのを利用して集める。
山を崩すのだから環境負荷は大きいが、それだけ大量の砂鉄が確保できる。
砂鉄が取れなくなったから技術が革新された。資源の枯渇が、製鉄技術を進化させた。

そしてもう一つの革新が「天秤ふいご」の発明だ。
シーソーのような仕組みで両足を交互に踏むことで、炉に大量の空気を送り込めるようになった。
これで炉を大型化できるようになり、周囲の山から大量の木材を伐採して木炭を作り、それを燃やして砂鉄を溶かし「ケラ」と呼ばれる大きな鋼の塊を作る——江戸期の高殿たたらはこうして完成した。
最盛期には日本の鉄生産量の9割近くをこの中国山地のたたらが担っていたという。


なぜ「日立金属」が安来にあったのか

ところで、この安来という土地と「日立グループ」の関係を知っている人は少ないだろう。
明治になると、西洋から安価な洋鉄が入ってきて、たたら製鉄は急速に追い詰められた。
そこで危機感を覚えた山陰のたたら経営者5人が、1899年(明治32年)に「雲伯鉄鋼合資会社」を安来港の近くに設立した。
ちょうど2年後に八幡製鉄所ができるので、まさにそれに対抗しようとして作ったわけだ。

この会社は1937年(昭和12年)に日立製作所の傘下に入り、戦後に「日立金属」として独立。
安来の名を冠した特殊鋼ブランド「ヤスキハガネ(YSS)」を世界に広めていった。
たたらの伝統が近代製鋼技術として昇華された歴史だ。

戦中・戦後に一時たたらの技術は失われかけたが、日立金属と日本美術刀剣保存協会、そして国の補助金によって1977年に「日刀保たたら」として復活した。
今も毎冬、奥出雲で操業が続けられている。


「日立金属」がなくなり、アメリカのファンドが買った

ところが2023年1月、安来工場から「日立金属」の看板が外された。
リーマンショック後の2009年に日立製作所は7,873億円という巨額赤字を計上し、以降「IoTやデジタルの企業」へと脱皮することを決めた。
製造業・素材系の子会社を順次整理していく中で、「御三家」と呼ばれた日立化成・日立電線・日立金属も例外ではなかった。

買収したのは、米ベインキャピタルを主軸とした日米ファンド連合だ。
買収総額は8,000億円超。
日立金属は上場廃止となり、社名をプロテリアルへと変えてグループを離脱した。

ベインキャピタルはアメリカ最大規模のプライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)で、世界最大規模と言っていいほどの巨大ファンドだ。
ファンドというと「ハゲタカ」のイメージを持つ人もいるかもしれないが、必ずしもそうではない。
うまくいった例もたくさんあって、たとえば皆さんよくご存知のコメダ珈琲も、ファンドが買収したことで全国に広がった。
ファンドはうまく使えば強力な仕組みだ。

ただ問題は、このファンドが買った会社の中に、採算がほとんど取れない文化事業(日刀保たたらの支援)が含まれているということだ。
日本企業が丸ごと買い戻せないかとも思って調べてみたが、1兆円規模の買収になるため買収できる国内企業はほとんどなさそうだ。
現実的な出口戦略は「再上場」になりそうで、そうなると不特定多数の株主が入ってくる。


たたらが止まれば、「本物の日本刀」は終わる

ここが、この問題の本質だ。
日刀保たたらが止まると何が起きるか。
単に「古い製鉄技術が失われる」という話ではない。
本物の日本刀が、物理的に作れなくなる。

玉鋼は現代の製鋼技術では代替できない素材だ。
洋鉄は不純物の種類と分布が根本的に異なるため、日本刀の「折り返し鍛錬」に耐えられない。
どれだけ精錬技術が進歩しても、たたら製鉄でしか生み出せない鋼の構造がある。

しかも日本刀というのは、刀匠(刀を打つ人)だけでできるものじゃない。

  • 研ぎ師

  • 白銀師(鍔や金具を作る)

  • 柄巻師(柄を巻く)

それぞれが独立した伝統技術を持つ職人たちが関わって、はじめて一振りの日本刀になる。
研ぎ師だけで一つの深い技術体系があるほどだ。

全国に刀匠は約200人いる。
神社の御神刀、居合・剣道用、世界中の日本刀愛好家向けなど、200人の刀匠が生活できるほどの需要がある。
しかしこの200人全員が、日刀保たたらの玉鋼だけに依存している。
年3回の操業が止まれば、在庫が尽きた瞬間に、この連鎖全体が終わる。
これはダマスカス鋼の消滅と構造がまったく同じだ。

原料・燃料・職人の経験知が三位一体となった技術で、一つでも欠ければ再現できない。
そして一度途絶えると、科学技術で解析しても完全には戻らない。
現代の冶金学者がどれほど研究しても本物のダマスカス鋼が作れないように、たたらが途絶えれば本物の玉鋼も戻らない可能性が高い。


綱渡りの支援体制

現在の日刀保たたらを支えているのは、3本柱だ。

  1. 日本美術刀剣保存協会の収益(鑑定審査料・会員会費・博物館入館料)

  2. プロテリアルによる技術・人材支援

  3. 文化庁の「選定保存技術」としての国の保護

しかしこの協会、過去に内部での不祥事があって一部が分裂したりもしている。
盤石とは言えない。
プロテリアルはファンド資本のもとで事業再編の真っ只中にある。
文化庁の予算は文化財保護全体の一部に過ぎない。

さらに根本的な問題がある。
「村下(むらげ)」と呼ばれるたたら製鉄の総責任者は、一人前になるまでに何年もかかる。
操業は年に一度・冬だけ。
その技術は一人から一人へと受け継がれる、極めて属人的なものだ。
一箇所しかない施設に、村下も事実上一人しかいない。
幸い2024年に新しい村下が就任したのでとりあえずはつながったが、これはギリギリだ。


「失ってから気づいた」では遅い

いくら刀匠がいても、原材料が供給されなくなれば終わりだ。
玉鋼ではない鋼で打った刀は、日本刀とは言えない。
表面に模様をつけただけのダマスカス包丁と、本質的に同じことになってしまう。

正直に言うと、僕はもともと日本刀の芸術性や美しさというものが、それほどわかる人間ではない。
何本も見てきたけれど「うーん、よくわからん」という感じだった。

だけどこの和鋼博物館を訪れて、この刀という工芸品と、それを作り上げるプロセスが1000年以上かけて積み上げられてきたということを実感した。
世界中に熱狂的な愛好家がいる日本を代表する工芸品が、今、非常に危うい状態にある。
僕が生きている間に、新たな日本刀を作る社会的な仕組みが丸ごと失われる可能性があると、痛感した。

ダマスカス鋼は「失ってから気づいた」例だ。
たたら製鉄はまだ生きている。
村下もいる。
玉鋼も作られている。
ダマスカス鋼との違いは、「まだ間に合う」という一点だけだ。

最近は刀剣乱舞などの影響で日本刀への関心が高まっている。
その関心が、この問題にも向かってほしいと思う。
多くの人に知っていただければ、何かが変わるかもしれない。

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