未来へ届ける希望。映画『霧のごとく』台湾、2025年
ようやく仕事が一区切りしたので、見に行くことができました。いろんな意味で、よかったです。予想よりも、ずっとよかった。見逃さなくて、本当によかった。
最初は、1950年代の台湾が舞台ということで、辛いシーンが結構あるんじゃないかと心配しました。なんせ、最初にみた台湾映画が、侯孝賢監督の『非情城市』な世代ですから。戒厳令の時代、白色テロの時代。
少し前に見た『湯徳章』も台湾の同じ時代を描いていますけど、あちらはドキュメンタリー。暴力シーンが、絶対ない安心感がありました。
というわけで、かなり覚悟して劇場に行きましたけど、思ったよりもずっとコメディタッチで、希望があって、救いのある映画でした。登場人物がそれぞれ個性的で、しかも追う人と追われる人が、入れ替わり、立ち替わりでテンポがよくて自然。脚本家さんはすご腕です。
主人公の女の子・阿月は、政治犯として処刑された兄の遺体を引き取りに、嘉義から台北にやってきます。この映画は、嘉義の砂糖畑や女の子の家、台北の下町を1950年代っぽく、生活感たっぷりに再現していて驚きます。すごい。
最近(?)は、台湾の時代劇ドラマでも、わりとファッショナブルな、お嬢様の1950年代ばかり見ていたせいで、よけい感じるのかもしれませんが。
阿月が台北に来て、まず出会うのが詐欺師。定番です。そして、結果的に助けるのが、広東から兵隊としてやってきた趙公道。彼は中国で、「国のために戦え」って言われて軍に入ったら、転戦の挙句に台湾に連れて来られて、そのまま故郷に帰れなくなった元軍人。しかも、部隊の上司が共産党とつながりがあったらしくて、自分も疑われるという。やりきれません。
この、いかにもダメそうで、適当そうな公道が、なりゆきで阿月の兄の遺体を探す手伝いをすることになりますが、やっぱりダメで…。阿月は、お姉さんを頼ろうとたずねることになります。
年の離れたお姉さんは、「童養媳」でずっと前に家を出ていました。童養媳は、子供の頃に売られた先で働いて、大人になったらその家の嫁になる人身売買。貧しい家は、息子に成人女性を嫁にもらうだけの結納金が払えないから、貧しい家の女の子を安く買って、家事とかで働かせて、いずれ息子の嫁にするシステム。
強い阿月のお姉さんらしく、彼女も自力で家を飛び出して、劇団で歌やダンスを披露して自活していて、そこそこお金はありそう。でも、大変そう。
姉のしんどい事情を察知した阿月は、夜の台北に迷い出てしまいます。
そこで出会うのが、公道かと思いきや、なんと大泥棒なのが笑えます。そして、まさかその後何度も、彼が物語に関わってくるなんて、普通思いません。いや、シリアスシーンも多いのに、公道と大泥棒のおかげで、深刻な話が妙にコメディになる不思議。でも、要所でつきつけられる現実。
公道と再会した阿月。ようやく兄の遺体にたどりつけそうなときに、また公道と引き離ばなれ。姉と二人で、なんとか兄を連れ帰ることに成功してよかった。辛い結果だけれど、無駄足にならずによかった。阿月まで、ひどい目にあわなくて、本当によかった。
個人的に一番心に響いたのは、阿月が涙ながらに「民国●●年…」と兄を思い出して口にするシーンです。知らない人にはただの年号だし、阿月にとっても、予想もできない未来。でも、歴史を知っている現代の私たちは、「民国●●年なら、戒厳令解除されてる」とか、「民主化してるのに!」とか、わかるわけです。歴史を知ってるって、こういうことなんですね……
その後は、「あれ? これって実話ベースの映画だっけ?」と思わせられる映像が出て、ラストはいきなり、今どきの台湾ドラマな映像が出てきて、二度びっくり。この映像の違いは、わざと。つまり、演出ですよね。ビビアン・ソンの贅沢使い。そして、予想もしなかった結末。
最後までみて、なるほど台湾で大ヒットした理由がわかりました。今みたいな時代だからこそ、こういう結末がすごく欲しいし、うれしいです。
眼の前の現実は、理解できない事ばかりがおきて、この先、どうなるかわからない。でも、未来はきっといいものであって欲しいし、そのためには、なにかできることをしたい。そんな風に素直に思える映画でした。おすすめです。ぜひ、大画面で。
邦題:霧のごとく(原題:大濛 英題:A Foggy Tale)
監督: 陳玉勳
主演:方郁婷、柯煒林、9m88、曾敬驊ほか
制作:台湾(134分)2025年
