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ストーカー犯罪を劇的に防ぐ3つの対策と法整備が隠す【限界】

守るべき対象を失った怒りは、どこへ向かえば癒えるのでしょうか。


池袋の商業施設で起きたあの痛ましい出来事は、私たちの心に拭い去れない影を落としました。

今日は池袋のポケモンセンターでの刺殺事件から、私たちが考えなければならないことについてのお話です。

これは『千と千尋の神隠し』の「カオナシ」に似ています。

カオナシは千尋に優しくされたことで執着し、金を出せば喜ぶと思い込み、拒絶されると豹変して暴れました。

相手を支配することで自分の心の渇きを癒そうとする、典型的なストーカー心理です。

** 女の子に優しくされたことで「この娘、これのこと好きなんじゃね」と思い込みが発生してしまった。 **

だから女の子の追い掛け回して、ポケモンが好きだと知ったことで「ポケモン買ってやる」と言ったら「いらない」と言われてしまった。

これでブチ切れて持っていた刃物で殺してしまったのです。

心理学では「エロトマニア(被愛妄想)」と呼ばれる状態に近い場合があります。相手が自分を愛しているという強い確信を持ち、拒絶さえも「照れ隠し」や「試練」と解釈してしまう認知の歪みです。

SNSやVTuberへのスパチャ文化も、この「距離感のバグ」を生みやすい環境です。金銭を介したコミュニケーションを「特別な関係」と誤認してしまうリスクに対し、受け手側も防衛策を講じる必要があります。

教育現場で「境界線(バウンダリー)」の概念を教えることが一般的になるでしょう。他者との適切な距離感を学ぶことが、将来的な加害者・被害者を生まないための根本的な解決策になります。

特定の誰かに向けられた執着が、ある一線を越えて取り返しのつかない凶行へと変貌する。

その理不尽な連鎖を前に、私たちはただ、立ち尽くすことしかできないのでしょうか。

行政の介入や警察の禁止命令によって、多くの事案が沈静化しているという現実は確かに存在します。

けれど、自らの命さえ惜しまず、証拠を消し去ってまで目的を遂げようとする、底の見えない闇を抱えた個を止める術を、私たちはまだ持っていません。

鉄格子の外側

世界は今、この目に見えない脅威を物理的に封じ込めようと躍起になっています。

隣国の韓国では、再発の懸念がある者にGPSの装着を義務付けるという、一歩踏み込んだ制度が始まりました。

英国でも、加害者の身元を早い段階で開示し、周囲の警戒を促す指針が示されています。

対象の居場所を常に把握し、接近を強制的に遮断するシステムは、一見すれば完全な盾のように見えるかもしれません。

しかし、その盾が厚くなればなるほど、私たちは別の、より静かな危うさを抱え込むことになるのです。

「無理だった」で終わらせてはいけないので、どうすれば防げたかを検証する必要があります。

もし警察が非常に強い権限を使えていたら、防げたかもしれません。

例えば、加害者を逮捕した後に強制的に病院へ通わせ、治るまで出さないようにしたり、足首にGPSを装着させて居場所を常に把握したりすれば、可能性はあったでしょう。

反作用の兆し

制度による抑圧を強めることは、時として社会の形を歪めてしまうことがあります。

国家という巨大な力が個人の領域へ深く入り込み、監視の網を広げていく。

一部の極端な事例を基準にして全体のルールを書き換えてしまう危うさを、私たちは歴史の中で何度も学んできたはずです。

物理的な行動をどれほど封じ込めても、その人の内側に根を張る歪んだ認知までを書き換えることはできません。

彼らの多くは、自分の振る舞いが相手をどれほど追い詰めているかという「加害性」を、驚くほど認識できていないのです。

加害者がどこかへ行くべきだという議論は、いじめ問題と同じです。

カウンセリングやプログラムで多少は改善するかもしれませんが、極端なケースを基準に規制を作ると、私たちの生活に予期せぬ反作用が生まれます。

「国家権力が個人の人間関係にどこまで踏み込んで良いのか」という問題になりかねないのです。

錯誤の代償

対人関係の結び方を知らないまま、一方的に自分の理想を相手に押し付け、心の渇きを潤そうとする。

拒絶のサインであるはずの曖昧な態度を、都合よく「受け入れられた」と履き違え、さらに距離を詰めていく。

その姿は、かつてスクリーンで見た、金塊を差し出しては拒まれ、怒り狂う顔のない魔物の寂しさに似ているのかもしれません。

金銭や品物を与えることで相手を支配し、特別な絆を結べると信じ込む、悲しいまでの錯誤。

現代に広がる、画面越しの投げ銭文化の底流にも、こうした距離感の欠如は静かに、しかし確実に息づいています。

深淵の輪郭

罰則という名の高い塀を築くことは、一時的な安心をもたらす抑止力にはなり得るでしょう。

けれど、その塀を軽々と飛び越えてしまうほどの深い執着を、力だけで消し去ることは不可能です。

被害者の安全を守るという至上命題と同じ重さで、加害者の精神的な孤立を見つめ、治療へと繋ぐ道筋を作らなければなりません。

他者との適切な間合いを学べないまま大人になった人々もまた、私たちと同じ空気を吸って生きています。

彼らを単なる「異常者」として切り捨て、視界から消し去ることは容易いことですが、それでは何も変わりません。

私たちが真に向き合うべきは、激しい怒号の裏側に潜む、静かで、暗く、底知れない孤独の正体なのです。

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この記事は、今の正直な気持ちを整理したものです。未来に不安を感じている誰かに届くことを願っています。

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