辛かったこと
今になって考えると、すごく生きててよかったなあと思うけど、そう思えるようになったのもつい最近で。
私の両親はどちらも最重度の先天性聴覚障害者で、物心ついた時は周りの友達の親と自分の親を比べてしまっていたなと思う。
親とコミュニケーションができない事に苛立ちを感じて2歳から手話を勉強して、ある程度は家の問題は解決したと思いきや、弟が生まれ、母(在日韓国人)方の祖母が一緒に住むことが決まり、そこからが地獄の始まりだった。
祖母はとても厳しい人で、所謂毒親というか、毒祖母(造語)といえるような人だった。
私は小さい頃から自分の意見をしっかり持っているタイプだった。両親が情報を五体満足の人と比べ得ずらいというハンディキャップがあったが故、自分がその分しっかりしないと!というような意識があったのかもしれない。
祖母はそんな私が気に入らなかったのか、つらく当たられる日々が多くあった。
弟は彼女のお気に入りで、毎日比べられては下げられ、自己肯定感もどんどんなくなっていった。小学生の頃近所の同じ年代の子達と集まり、そこで鬼ごっこをしていて弟が鬼になった瞬間それが嫌になったのか弟は家に帰った。
私達は気にせず遊び続け、日が落ちて家に戻ると決まって彼女は私が弟を虐めたと決めつけ、怒鳴り声をあげていた。
弟はその頃ふくよかな体型で彼女のご飯をよく食べ、友達がいない分家族に依存していたのも彼女が弟を好む理由だったのかもしれない。
当時から私は弟と比べ成績がよく、家の外での人間関係も良好で、手話もできていた(弟は未だに手話ができない)ため、自分がなぜいつも責められるのかがわからず、ストレスを弟にぶつけていたこともあった。
今では可愛く思える弟だが、当時の私からすれば嫉妬の対象であったのだと思う。
学校でのいじめもあり、私が学校を休むことが月に一度程度の頻度に増えていた。そうすると彼女は
「お前は息をしているだけで、生きていない。なにも頑張らずなにもせず、生きている価値がない。」
と私に言いその後親戚に私の悪口を電話口で言いに行く、というのがお決まりで、自己肯定感は地の果てまで下がった。
ランドセルや皮膚科で貰った薬をごみ収集所に捨てられたのは悲しかったなー。当時しっかり外まで拾いに行った私は偉かったと思う。笑
彼女は銀行のブラックリストに載っていたり、祖父と離婚していたり、暴力で警察沙汰になり裁判で有罪になるなど何かと問題のある人なのだが、私の両親はハンディキャップがある分劣等感があるのか、彼女を尊敬していた。
洗脳なのだろう。彼女はもっと私に厳しくするよう両親に教え、両親も私を殴るようになった。私はどうにかして逆らいたくて、暴力は教育としてよくない、的な法律を見せたが、じゃあ育てないと脅されるだけだったなー。
壁に押付けて殴られたのは痛かったし、部屋に迫る足音は恐ろしくて毎日泣いて泣いて泣いて嘔吐してた。自傷行為も薬の過剰摂取もしていたし、生まれ落ちたことが何かの罰なんだと思っていたし、自分の全てが嫌いだった。
何回も飛び降りをしようとして、母にみつかり包丁を首に突きつけられた事もあったけど、ずっと死にたかったからそのまま殺してくれーて思ってた。
彼女は母の母親だから、私の父も虐められていた。私ほど明白ではなかったが、彼女はずっと父の陰口を言っていて、それを弟が父に伝えての繰り返しで、仕事も上手くいかず父は鬱病を患い休職して、精神科に通っていた。
母も仕事と私たちの子育てに疲弊していたのか、父が回復した直後に鬱病を患い、同じく休職して精神科に。私は正直これらも全て祖母のせいなのではないかと思っている。
母は祖母に毎月生活費食費とは別に彼女がご飯をつくってくれているお返し(両親は共働きだったので)として給料(という名の貢ぎ)を渡していたし、彼女が勝手に入った祖父の死を前提とした保険料も母が払っていて、彼女の極端な性格に家族全員が被害を受けていたと私は思う。
母の優しさで一緒の家に住んでいた彼女だったが、私の様子を見て流石の母も見兼ね、彼女は家から出ていくことが決まった。
彼女の全てを否定する訳では無いし、ご飯は美味しかったし、優しい時もあった。外面が良く、私の家に遊びに来る友達はみんな彼女が好きだった。面白くて楽しくて、彼女と一緒に住んでいる時は自分が彼女に被害を受けているなんて思っていなかったし、(自分が全て悪いと思っていた)寧ろ彼女が家から出ていく時は不安さえあった。(これもある種の洗脳だったのだろう)
彼女は感情的な性格で、泣きながら私に怒る(というより彼女の矛盾していて自己中心的な考えを私に押し付けてくる)ことも多々あり、それが私を自己嫌悪させた。
祖母が出ていってから私たち家族はすごく良好な関係になっていった。暴力もだんだんなくなり、お金の余裕も増え、今では父の顔が活き活きとしている。
今は両親自体は本当に好きで、尊敬している。私のやりたいことを全て応援してくれて、すごく優しくて、将来恩返しをたくさんしたい。
でも全部の辛かったことが消える訳じゃなくて、良くなるまでには時間がかかったし、PTSDで過呼吸を起こしてしまったり大泣きする夜もある。
けど、家族を好きになれて、自分を好きになれて、大切にできるようになって、本当によかった。
彼女のおかげで強くなれた部分や成長できた部分もいっぱいあったし、私の人格形成の中ですごく重要な人と間違いなく言える。
ありがとう。
おばあちゃんの葬式にはきっといかないよ。
