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【短編小説】銀河爆笑外交

 星間連盟の運命を左右する晩餐会は、宇宙戦艦の最上層に位置する大宴会場で開かれていた。

 天井の透明装甲の向こうには、プロキシマ星系の赤色矮星が不気味な紅色の光を放っている。テーブルを挟んで向かい合うのは、征服王朝ヴァルカ帝国の全権大使であり、皇帝の実弟でもあるガルド将軍だった。

 彼の体躯は2.5メートルを超え、全身を覆う暗紫色の外骨格が、室内光を受けて鈍く湿った光沢を放っている。4本の腕のうち2本を胸の前で組み、残りの2本で不気味な関節音を立てながら杯を弄ぶ姿は、それだけで圧迫感に満ちていた。

「エリック全権大使。地球人類が我が帝国の庇護を望むのであれば、相応の誠意を見せてもらわねば困る」

 ガルド将軍の声は、彼の胸甲内部にある発音器官で増幅され、重低音の振動となって私の鼓膜を直接揺らした。

 私の隣に座る副官のミレーヌが、手元の端末で通信のログを刻み込んでいる。
 彼女は言語学と星間礼儀作法のスペシャリストであり、20代半ばにして今回の外交団に抜擢された秀才だった。普段の彼女は規律正しく、整った顔立ちに一切の感情を出さない冷徹な事務処理能力で知られていた。

「我が地球連合は、平和的共存と対等な貿易協定を望んでおります、ガルド将軍」

 私は喉の乾きを抑えながら、事前に100回以上推敲した外交フレーズを口にした。

 ヴァルカ人は武力を何よりも尊ぶ種族だ。過去30年で6つの星系を武力で平定し、その先住民族を奴隷化してきた。
 地球軍の規模では、彼らの機動艦隊と真っ向から戦えば3日と持たない。この交渉が決裂すれば、明日にでも地球の軌道上に千隻の戦艦が現れることになる。

「対等、か」

 ガルド将軍は四つの目を細め、口胞からシューという排気音を漏らした。
 それが彼らの嘲笑の表現であることを、私は事前資料で知っていた。

「地球人は実に滑稽だ。己の立場というものを理解していない。まあよい、まずは我が帝国の歓待を受け入れよ」

 将軍が大きな鉤爪のある手を軽く振ると、従者たちが給仕に現れた。
 運ばれてきたのは、銀色の深皿に注がれた透明な液体だった。

「ヴァルカ特産の蒸留酒『アグナ』だ。我らの絆を確かめる儀式として、これを干してもらおう。断る者は、我が帝国の敵とみなす」

 私の背中に冷や冷やとした汗が伝う。

 ──アグナについては、事前に諜報部から情報があった。
 ヴァルカ人の強い代謝システムに合わせて作られた高濃度アルコール飲料であり、同時に地球人の神経系に対しても強力な作用を及ぼす有機化合物が含まれている。簡単に言えば、人間の脳の抑制機能を一瞬で麻痺させる猛烈な酒だった。

「謹んでお受けいたします」

 私は覚悟を決め、グラスを持ち上げた。
 一口含んだ瞬間、喉から胃にかけて火のついた燃料を流し込まれたような激痛が走り、視界が一瞬白く眩んだ。

 隣を見ると、ミレーヌも生真面目にグラスを傾けていた。私が聞いている限りでは、彼女は酒にまるで耐性がないはずだった。当の本人も、当然それを知らない筈がないが、生真面目さがそれを上回ったに違いない。

 私はそれを制止しようとしたが、将軍の4つの視線が鋭くこちらを射抜いていたため、動くことができなかった。

 ミレーヌはグラスを干すと、小さく息を吐いた。
 彼女の白い頬が、みるみるうちに鮮やかな朱色に染まっていく。その瞳から普段の鋭い知性が消え、とろりと開いた肉体的な弛緩が漂い始めた。

 まずい、と思った時には、すでに遅かった。

「……さて、地球の使者よ」

 ガルド将軍は四つの腕を広げ、身を乗り出した。

「我が帝国の要求は単純だ。地球の全鉱物資源の優先採掘権、および軌道上の防衛権の完全譲渡。これを拒否する場合、我が第3艦隊が貴様らの故郷へ向かう。主砲の一撃で、首都の防衛ドームなど3秒で蒸発するぞ」

 将軍の言葉は、完璧な威嚇だった。
 絶望的な軍事差を突きつけ、交渉の余地を打ち砕くための冷酷な宣告。私は提示された条件の苛烈さに言葉を失い、どう返答すべきか脳を高速回転させていた。

 その沈黙を破ったのは、甲高い、引きつったような声だった。

「……ふふっ」

 私は耳を疑った。
 声の主は、私の隣に座るミレーヌだった。

 彼女は自分の口元を手で押さえていたが、肩が小刻みに震えている。
 抑え込もうとすればするほど、その隙間から漏れ出る音が大きくなっていく。

「……あは、あはははは!」

 ミレーヌはついに耐えきれなくなったように、腹を押さえて爆笑し始めた。

 会場の雰囲気が一瞬で凍りついた。護衛のヴァルカ兵たちが一斉に槍状のプラズマ兵器を構え、ガルド将軍の四つの目が怒りで血走る。

「ミレーヌ副官! 何をしている、控えなさい!」

 私は低声で叫び、彼女の袖を引っ張った。
 しかし、完全に酒のナノ粒子に脳をハイジャックされた彼女には、私の声など届いていなかった。彼女は筋金入りの「笑い上戸」だったのだ。
 普段は理性の装甲で完璧に覆われていたその体質が、強力なアグナによって一気に解き放たれてしまった。

「ひーっ! 3秒! 3秒ですって、アハハハ!」

 ミレーヌは涙を流しながら、豪華な仕立てのテーブルを拳でバンバンと叩いた。

「カップラーメンも作れない時間じゃないですか! 3秒で蒸発って、どんだけ気が短いの! お腹痛い、ヒィーッハハハ!」

 私の顔から血の気が完全に引いた。
 地球の命運がかかった最重要外交の場で、副官が敵国将軍の脅迫を真っ向から大爆笑している。これは開戦の合図だ。いや、合図どころか、即座にこの場で処刑されても文句は言えない最悪の不敬罪だった。

「申し訳ありません、ガルド将軍! 彼女は体調が……」

 私が必死に弁明しようと立ち上がりかけた時、ガルド将軍が重々しい手つきで私を制した。彼の外骨格が、ギチギチと不気味な音を立てて収縮している。

「地球の女……我が帝国の威信と、熱核破砕砲の威力を笑うというか」

 将軍の声は、低く、地響きのように重かった。
 彼はさらに身を乗り出し、殺気に満ちた眼光でミレーヌを睨みつけた。

「ならばこれを聞くがいい。我らは3年前、反乱を起こしたカペラ第4惑星の住民30億人を、軌道上からの絨毯爆撃で一人残らず焼き払った。赤子の泣き声すら、我が軍靴の下で焼き尽くされたのだ!」

 将軍は自らの残虐性と絶対的な武力を証明するため、最も惨劇に満ちた過去の戦果を叩きつけた。これを聞いて怯えぬ生命体など、この銀河には存在しないはずだった。

 だが、ミレーヌの脳内では、もはやあらゆる恐怖行動の回路が切断されていた。

「30億人って! 川崎の焼き肉屋でもそんなに一気に焼けないですよ!」

 ミレーヌは椅子から転げ落ちそうになりながら、自分の膝を叩いて笑い転げた。

「どんだけ大きな網使ったんですか! アハハハ、お腹よじれる! 赤子って、もう例えが昭和の悪役じゃないですか! くふっ、くはははは!」

 彼女はテーブルに突っ伏し、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら笑い続けた。
 息がうまく吸えないらしく、ヒューヒューと喉を鳴らしながら、足をパタパタとバタつかせている。

 ……終わった。

 私は静かに目を閉じ、心の中で地球の家族に別れを告げた。
 ヴァルカの兵士たちがプラズマ兵器のセーフティを解除する電子音が、やけに鮮明に聞こえた。私は覚悟を決め、直立不動の姿勢をとった。せめて地球の外交官として、最期まで見苦しく命乞いだけはしまいと決意した。

 しかし、一向に光線が放たれる気配がない。

 不審に思って目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 ガルド将軍をはじめ、給仕や護衛に至るまで、その場にいたすべてのヴァルカ人が、彫像のように固まっていたのだ。彼らの四つの目は見開かれ、外骨格が細かく振動している。

 将軍はミレーヌを見つめたまま、ゆっくりと、本当にゆっくりと胸の前で四つの腕を交差させた。
 そして、地鳴りのような深い低音を胸甲から響かせた。

 それは、ヴァルカ帝国において「絶対的な強者」に対してのみ捧げられる、最大級の敬意を示す礼節の儀式だった。

「……見事だ」

 ガルド将軍の口胞から、感嘆の息が漏れた。

「我が人生において、これほどの恐怖と圧迫感を覚えたのは初めてだ」

 私は訳が分からず、ただ呆然と将軍を見つめることしかできなかった。

 ヴァルカ人の文化において、「食事中の身体反応」は嘘をつけない絶対的な感情の表現とされていた。そして彼らの言語体系において、相手の凄惨な脅迫や武力の誇示に対し、食事中に腹を抱えて大爆笑する(笑い上戸になる)という行為は、「お前たちの軍力など赤子の戯言。あまりの誇大妄想に腹がよじれるわ」という、極限の威嚇動作を意味していたのだ。

 彼らの常識では、相手に対して圧倒的な武力的優位に立ち、いつでも相手を滅ぼせる絶対的な自信を持つ者しか、そのような不敵な行動をとることは不可能だった。

「地球人がこれほどまでの余裕と狂気を秘めた種族だったとは」

 ガルド将軍の顔には、明確な戦慄の色が浮かんでいた。

「我が威嚇を『焼き肉屋』などという謎の隠語で嘲笑い、30億の殺戮を赤子の戯言と切って捨てる度量。なるほど、貴様らはハフタリなどではない。我々が全軍で攻め込んだところで、その裏をかく恐ろしい兵器を隠し持っているのだな」

「あ、いや、それは……」

 私が否定しようとした瞬間、将軍は力強く手を上げた。

「言葉は不要だ、エリック全権大使! 貴国が無謀な征服意欲を持たず、ただ平和を望んでくれたことに感謝する。我が帝国は、地球連合との間に完全な対等、不干渉、および安全保障条約を即座に締結しよう!」

 将軍は素早く羊皮紙の条約書を取り出し、自らの爪を立てて血印を押した。
 それは、地球側が提示していた甘い条件すら遥かに凌駕する、地球側に圧倒的に有利な不平等条約だった。

「ひーっ……ゲホッ、ゲホッ! あー面白かった……」

 足元では、ミレーヌが笑い疲れてそのまま床に横たわり、スースーと気持ちよさそうに寝息を立て始めていた。

 翌日、地球へ帰還する超光速巡洋艦の士官室。

 猛烈な二日酔いと吐き気に苦しむミレーヌが、氷水のグラスを両手で包み込みながら、青ざめた顔で私に向かい合っていた。頭には冷却シートが貼られている。

「……あの、エリック大使」

 彼女はかすれた声で言った。

「私、昨日の晩餐会で、何か失礼なことをしてしまいましたか……? アグナを飲んだ後の記憶が、すっぽり抜けていて……」

 私は手元の端末に表示された、地球連邦政府からの緊急打電を見つめた。
 そこには、ヴァルカ帝国との歴史的条約締結を称える言葉と、ミレーヌに対する最高位の勲章授与、そして今後の「全銀河外交総責任者」への特進が決定した旨が記されていた。

「ミレーヌ副官」

 私は努めて真面目な顔を作り、彼女の目をまっすぐに見つめた。

「君のおかげで、地球は救われた。君はたった一人でヴァルカ帝国の艦隊を退け、彼らに死ぬほどの恐怖を植え付けたんだ。『宇宙を大爆笑で平伏させた冷血不敵の外交官』として、君の名は全銀河の歴史に刻まれたよ」

 ミレーヌの顔から、血の気が完全に引いていくのが分かった。

「は……? 冷血……不敵……?」

「ガルド将軍は君をひどく恐れている。来月、第2星系の武闘派宇宙海賊との交渉があるんだが、彼らは君を全権大使として指名してきた。君が一口笑えば、海賊どもは武装解除するだろうと期待されている」

「え……あ……あの、私、ただの酒乱で……お酒を飲むと笑いが止まらなくなるだけで……!」

 彼女は震える手で私の袖を掴み、泣きそうな声で訴えた。

「嘘です! 私は冷血でも不敵でもありません! 頼みますから辞退させてください! 宇宙海賊なんて無理です!」

「ダメだ」

 私は静かに、しかし冷徹に首を振った。

「真実を明かせば、ヴァルカ帝国は欺かれたと知って即座に地球へ侵攻するだろう。地球の80億の命は、君のその『不敵な笑み』にかかっているんだ。君は一生、酒を飲んでは宇宙の覇者たちを嘲笑い、素らでは冷酷無比な怪物を演じ続けなければならない」

 ミレーヌは絶望のあまり言葉を失い、口を開けたまま硬直した。

 その時、彼女の端末に新しい通信が入った。次の交渉相手である、銀河最強の傭兵種族からのメッセージだった。

『冷血なる地球の外交官ミレーヌへ。我らの挑戦を受け入れ、共に酒を汲み交わすことを楽しみにしている』

 二日酔いの頭痛に耐えながら、ミレーヌは震える指で端末を閉じ、机に突っ伏した。

 彼女の喉から漏れたのは、笑い声ではなく、あまりにも痛々しい嗚咽だった。

 これからの私の全権大使として最も大切な任務は、全銀河外交総責任者の肝臓の健康を維持することである。

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やぶ (かたなかひろしげ) 俺はねぇ、饅頭が怖いんだ!俺は本当はねぇ、情けねぇ人間なんだ。みなが好きな饅頭が恐くて、見ただけで心の臓が震えだすんだよ──── ごめんごめん、いま饅頭が喉につっけぇて苦しいんだ。本当は、俺は「一盃のサポート」が怖えぇんだ。

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