見出し画像

アマゾンのマネージャーがレイオフを喰らって考えたこと

レイオフは突然やってくる。

ある日、会社から怪しげなメールがプライベートなメールアドレスに届く。この時点で、だいたい察する。

「あ、これは来たな」と。

こういう直感は、だいたい外れない。

メールはビジネスライクで、「あなたのポジションがなくなりました(Eliminated)」と丁寧な調子で書かれている。朝起きると会社のPCにはログインできなくなっていて、マネージャーからはビデオ会議の予定が入る。

やれやれ…である。

レイオフの実際

シリコンバレーのテック企業では、しばしの間レイオフは(比較的)例外的な出来事だったと思う。特に2010年代は、GAFAをはじめとしたビッグテックはどこも業績は右肩上がりで、エンジニアの需要は非常に強かった。

インタビューをしてオファーを出したエンジニアが他に2個も3個もオファーを持っていて、天秤にかけて選ぶ…なんてこともザラだったし、よりよい待遇を求めて会社を渡り歩いて3,4年で給与が2倍に…なんてこともありふれた話だった。

Covid-19でデジタル需要が急増したことで、この流れはさらに加速する。企業は積極的に採用し、組織は一気に膨らんだ。

そして数年後、世の中が落ち着き始めた頃に気づく。

「あれ、人を取りすぎたのでは?」

2022年以降のレイオフは、この"反動"として起きている側面が大きいと思う。簡単に言えば、雇われる側が強かったジョブマーケットから、雇用者側にパワーがシフトした時期だった。

AI時代になってもテクノロジー企業の中心地として栄えそうなSFベイエリア

ここで重要なのは、レイオフは「評価」ではないということだ。

多くの場合、それは組織設計の修正であり、過去の意思決定の後処理だ。

特に2025年から2026年にかけてという文脈だと、多くのビッグテックが驚異的なレベルでAI向けのデータセンターにリソースを割いていることもあり、少しでも人的リソースは削らねばならない、という状況であることも理解すべきなのかもしれない。

マネージャーという仕事のリスク

今回の経験で強く感じたのは、マネージャーという職種の構造的なリスクだ。

エンジニア(IC)は、自分のスキルで価値を出す。問題を理解し、設計をして、システムを作り、目に見えるアウトプットがある。

一方でマネージャーは、価値の出し方が間接的だ。

チームを作る。方向性を決める。調整する。それ自体は重要な仕事だが、価値は組織に依存する。特に中間管理職は、チームの価値を最大限にするべく、組織的なコンテキストや全社的なコンテキストとの整合性を常に気にしている必要がある。

そして、チームがなくなれば、役割も消える。逆に言うと、個人としてのアウトプットだけでは、自分の価値を説明しにくい。

自分の場合、チームの仕事は他拠点のメンバーに引き継がれ、シリコンバレー拠点のチーム員は全員レイオフになった。会社としては、コスト構造や拠点戦略を見直した結果なのだと思う。

マネージャーとして積み上げたものが、ある意味で一瞬でリセットされる感覚があった。振り返ると、12年もの長きにわたって在籍して、最初はエンジニアとして、途中からはマネージャーとして、パフォーマンスを発揮してきた自負はあった。

「何を作ったか」ではなく、「何を支えていたか」で評価される仕事の宿命だと思う。

レイオフの後に起きたこと

レイオフされた直後は、当然ながら不安もあった。ただ、それと同時に、時間ができた。そしてこの期間に、自分はかなり久しぶりに「自分でソフトウェアを作る」ということに向き合った。結果として、AI技術にどっぷり浸かってあれこれプロジェクトをやっていく中で、何ができるのか、どんな課題が残るのか、ということをじっくり考えることができた。

その中の一つは、モバイルアプリの形で、10日程度でMVPを作ることができた。認証、データベース、モバイルUIまで含めて、一人で一通り動くものを作れた。これは正直、自分でも驚いた。

昔であれば、チームで数週間〜数ヶ月かかっていたことが、一人+AIで短期間にできてしまう。この経験は、自分の中でかなり大きかった。「マネージャーとしての価値」とは別に、「自分で作れる力」の価値を、改めて実感したからだ。

AI技術の進展で人の情報との接し方が大きく変わりつつある中、トークンを燃やして延々と実験に明け暮れる経験ができたことはとても有意義な経験だったと思う。

職探しについて

レイオフ後は、当然ながら職探しも並行して進めた。

ここで感じたのは、EM(Engineering Manager)とIC(Individual Contributor)で市場の見え方が違うということだった。EMはポジションの数が限られている。組織構造に依存するため、タイミングにも左右される。実際、オファー直前まで進んだ話が、組織の方針転換で消えたこともあった。

一方でICは、より直接的にスキルで評価される。正直に言うと、「マネージャーに戻るべきか」は最後まで迷った。最終的に自分は、シニアICとして次のポジションを選んだ。これは「戻った」というよりは、この時点で最も合理的だと思った選択だった。

AIでソフトウェア開発者個人の最大瞬間出力が古典的な開発チーム並み(あるいはそれ以上)になっていった場合、チームを束ねたり、他チームと交通整理をしたり、意思決定をしたり…という昔ながらのEMの役割は減っていって、「ソフトウェアの輪郭も中身もよく分かっていて意思決定もできて責任も取れます」という人材を核にしてプロダクトの開発やメンテが行われていく形に変化していくのかな、というのが現時点での個人的な予想だ。

実際に、最近あったMetaのレイオフではEMをICに降格させてフラットな組織づくりを加速しているようだし、ほかのテック企業も同じような動きを模索していくのかもしれない。

健康保険という現実

レイオフで地味にインパクトが大きいのが、健康保険だ。

アメリカでは、保険は雇用に紐づいていることが多い。つまり、仕事を失うと、同時に保険も失う。日本のような「とりあえず誰でも入れる保険」がないため、保険がない状態は現実的にかなりリスクが高い。

COBRA(会社の保険を全額負担で一定期間キープできる仕組み)で継続するか、別の保険に入るか。COBRAだと、選択していた保険や家族構成や住んでいる州にもよるけど、月2,000ドル以上のコストになることも珍しくはない。家族がいる場合、この判断はかなり重い。

最終的に、我が家はCovered CAという仕組みで保険を契約し、保険がある状態は維持した。我が家は全員健康なので、本当に何かあった時に最悪の事態は免れることができればOK、というスタンスであればかなり安い金額で保険があるというのもちょっとした発見だった。

日本にいるとあまり意識しない部分だが、こちらでは生活に直結する問題になる。

経済的なこと

ビッグテックである程度長らく働いてきた人間であれば、よほどの浪費をしていたり、直近で家を買ったばかり…とかでなければ、数年単位で手持ちの資金で生活を維持することができる人が大多数だと思う。

自分の場合も、レイオフ通知があってから3ヶ月程度は社員という身分は維持されていて(給与あり)、その間に社内で他のポジションを見つけることができれば雇用は維持されるという条件があった(保険なども含む)。

3ヶ月の期限が来たり、その前に会社を去る決断をした場合は、在籍期間に応じた退職金(severance package)が提供される。3ヶ月に加えて、現金給与換算で数ヶ月〜半年分が上乗せされるので、考え方によってはこれを使って新しいビジネスを立ち上げる絶好の機会と捉えることもできなくはない。

そんなわけで、レイオフ通知が来てすぐは動揺したものの、しっかり腰を落ち着けて次をどうするか…という課題に向き合うことができたのは悪い経験ではなかった。

また、我が家の場合、最終手段として日本に戻るという選択肢もアリだと考えていて、一定期間に仕事が見つからなかったり、経済的なダメージが耐えられないレベルになったら家族で日本で再スタート…という奥の手があることも、精神的な余裕につながっていたのかなと思う。

今思っていること

今回の経験を通して感じたのは、キャリアは思っているほど直線的ではない、ということだ。マネージャーになったら、そのまま上に行く。そういう単純なモデルではない。状況によっては、役割を変えることもあるし、むしろその方が合理的な場合もある。

そしてもう一つ。AIの存在によって、「個人でできること」の範囲は明らかに広がっている。これは、キャリアの考え方そのものに影響を与える変化だと思う。

最後に

レイオフは、確かにネガティブな出来事ではある。ただ、自分にとってはそれだけではなかった。結果的には、自分のスキルセットを見直し、これからの働き方を再設計するきっかけになった。

子供達と過ごす時間は間違いなく増えたし、妻と朝からハイキングに出かけたり、というのんびりした時間も楽しむことができた。

アメリカ企業で働く人のうち、約40%がキャリアを通じて1回はレイオフに遭うという。日本的感覚からすると、非人間的だったり非人道的とも言えるレイオフという慣習だけど、アメリカで企業に勤めるリスクとしてドライに受け止める(そして現実を受け入れて前に進む)必要があるのかなと考えている。

少なくとも、自分にとっては「一度リセットされることで見えるもの」があって、失うものもあったと同時に得るものもたくさんあった。

いいなと思ったら応援しよう!