好きなお店に通うということは、推し活の一つだと思う
例えば「今日どこかで食べて帰りたいな」という気分の時、
例えば「大切な日だから外食をしよう」という時、どんなふうにお店を選ぶだろう。
食べログを開いて、GoogleマップやInstagramで検索して、「新しいお店どこかないかな」と探すこともあると思う。
それ自体は悪いことじゃない。
私もそうするときもある。
友人や同僚との会食のたびに新しいお店を探して、雰囲気のいい場所を見つけてはそれで満足していた。そういう楽しさもある。
でも改めて最近、少しずつ変わってきた。
「また来ました!」が言えるお店を、ちゃんと持とうと思い始めた。
きっかけは、一度だけ行ったことがある近所のごはん屋さんがいつの間にか閉まっていたこと。
貼り紙を見て「あっ、閉店したんだ」と知った。
その後、じわじわと後悔が来た。もっと行けばよかった、という後悔。
『気づいたら閉店している』
個人のお店あるあるだと思うけれど、こんなに「あのとき行けばよかった」という感情が残ることもない。
閉店の裏にあるであろう、店主の方の生活や暮らしの変化まで考えてしまう。
だんだんと自分が歳を重ねるにつれ、お店に行くことの意味が変わっていっている気がする。
腹を満たしに行くのではなく、お金を落としに行くという感覚。
最初この言葉を聞いたときは若かったから、全然理解できなかった。「常連になりたい!なんかかっこいいから!」と思っていたが、「きちんとお金を落としたい」までは思い至らなかった。
でも実際にそういう気持ちで行ってみると、全然違う。
なんというか、自分がそのお店の一部になれている感じがする。
お気に入りのバンドのグッズを買うとか、推しのライブに行くとか、そういう感覚に近い。
応援している、という実感。
これも、立派な「推し活」だと思う。
特に個人経営のお店はその感覚が大事だと、最近しみじみ感じる。
大手チェーンは、私ではなくてもどこかで誰かがカバーしてくれる。ブランドとしては長生きできる。
でも個人のお店は、来てくれる人の数が、そのままお店を続けられるかどうかに直結しているのだと思う。
誰かの「また来たい」が、お店の明日をつくっている。
大げさかもしれない。でもそう思ったら、少し行きたくなりませんか。
常連になることの良さって、お店側にメリットがあるだけじゃなくて、客である自分にもちゃんと返ってくることも一つだと思う。
好きなものを覚えてもらえるとか、ちょっと話しかけてもらえるとか、そういう小さなことなんだけど、それが積み重なると「ここが自分の居場所だ。サードプレイスだ」みたいな感覚になってくる。
お店の居心地の良さって、空間だけじゃなくて、自分がそこに通ってきた時間も含まれているんだなと気づいた。
関係性を一緒に育んでいる感じ。
あとは、人におすすめのお店として話したくなるのも良さの一つだと思う。
「ここ本当においしいから行ってみて」って言えるお店が増えるのが、じわじわうれしい。
それも推し活っぽいと思う。布教したくなる、あの衝動。
新しいお店を開拓することも、もちろん楽しい。でも今の私は、好きなお店に何度も通うことの方に、ちょっと夢中になっている。
もちろん、みんなが同じように思えるわけではないし、あくまで「お店」は「食事をする場所」であって、「安く満腹になれたらOK」という価値観があることもわかる。身近な人に、この価値観がどうしてもわからない人もいる。
ただ私は、大好きになったお店たちが続いてくれること、また行けることを願っている。
今日も、素敵なお店をちゃんと自分で選んで、お金を落としてこよう。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援いただけたら嬉しいです
ZINEの制作費やイベントの出展費用に使わせていただきます