高校野球のビデオ検証

桑田真澄さんはビデオ検証に反対らしいです。
理由は「高校野球は教育の一環だから」との事。

教育とは言うものの、野球においてビデオ検証を最初に導入したのは
MLBです。

グラウンドに教育現場の事情や理論など一切導入しないのがMLB。
ブラッシュボールだって投手の気分次第ですし、
乱闘だって全員参加。全員参加しないとその選手は球団から罰金食らうそうです。

そんなMLBなのに、ビデオ検証導入以前の時期はとても長いです。
前述のとおりそれは教育の一環ではありません。

審判は神聖だからです。

よく日本でも、両チームの間で判定が揉めると「審判は神聖」とか言って、
両者を納得させる場面がありますが、それは「審判が単に制度上偉い人」って事ではありません。

キリスト教国家の米国で生まれた野球(baseball)においては、審判は試合の判定と言った大事を仰せつかった「神に選ばれし人間」であり、試合において神の意向を神に成り代わって行使する役目の人だからです。

MLBの審判の判定が(今では「当時」と前置きしなければですが)絶対だったのは、神託によるものであったからです。

今もそうだと思いますが、選手が審判の判定に不満があり、選手がそのことを告げても審判は取り合ってくれません。
「監督を呼んでこい。監督に説明してやる。」そしてそれに従わなければ退場です。


これほどまでに審判の地位が確立したMLBにおいてビデオ検証が導入された経緯は「誤判定が多いなったから」だけではありません。そういった宗教的や思想的、歴史的な同意と妥協があったかと思います。


>審判の判定を受け入れて、そこから気持ちを切り替えて次に向かっていく。そういうことも凄く大事な学び…(上記サイトより)

「審判も人間であり選手も人間である」という設定ならば、両者の食い違いが出たらそこで話し合いが持たれるべきであり、それこそが教育であるはずなのです。であるならば、学びを求めて審判に接するなんてのは(修行や求道ではあるかもしれませんが)本来の審判に対して対峙する姿勢ではありません。

そういった矛盾や葛藤を解消すべくビデオ検証が導入されたのであれば、むしろその意義を十分に認め活用するべきだと音います。

気持ちを切り替えるのは、審判の誤判定ではなくて、ビデオ検証に対する考え方かと思います。


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