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ヒエラルキーの外で生きるということ

以前、買い物帰りに偶然会った、
元同僚のアジア人女性のことを書きました。

彼女は難民としてフランスに
やってきた人です。
わたしのように恋愛がきっかけで
移住したのではありません。
国を追われ、フランスに
受け入れられた人です。

一方で、パリには
グランゼコールを卒業し、
大企業や行政の中枢へ
進んでいく若いエリートたちもいます。
いわゆるBOBOと
呼ばれるような人たちです。
(ボーボーがエリート、というのは
ざっくりしすぎかもしれませんね。
多くのエリートの行動パターンは
ボーボーに似てるなあと思っています)

フランスは平等の国と
いわれますが、現実には
学歴や肩書きが、その後の
キャリアに大きく
影響する社会でもあります。
もちろん、
それ以外の道もあります。

でも昇進という意味では、
決して簡単ではありません。
以前、お皿洗いをしていた
同僚がこんなことを言っていました。
「フランス人は、
いいポジションを簡単には渡さない。」

いつも陽気な彼が、
その時だけ真顔だったのを
今でも覚えています。

だからといって、
ヒエラルキーの外にいる人が
不幸かというと、そうでもありません。
あの難民だった彼女は、
今では管理人付きの立派な
アパルトマンに住んでいます。
管理費だけでもわたしの家賃より
多い金額でしょう。

もし売れば、日本円で億を超えるのはたしか。
そんな暮らしを手に入れています。
嫉妬というより、
「すごいなあ」と思いました。

命からがら逃げてきた人が、
自分の力で人生を切り開いた。
その生き方は、とても清々しく見えました。

最近のわたしは、
ヒエラルキーとか、
グランゼコールとか、
そんなことばかり書いています。

読んだ人には、
「ひがんでいるのかな」と
思われるかもしれません。

でも、本当に言いたいことは違います。
エリートにはエリートの苦労があります。
数少ないグランゼコール出身の
フランス人にきけば
本当にピアージュ(罠)が
多いんだよ、といってました。
彼は大手企業の花形部署に
いましたが結局辞めることに
なりました。

責任も重いでしょうし、
選ぶ仕事によって収入も変わる。
結婚相手によっても人生は変わる。

きっと、上には上の悩みがある。
そして、難民から成功を
つかんだ人もいます。

わたしは、そのどちらにも
なれませんでした。

グランゼコールでもない、
難民として人生を切り開いた
わけでもない。

17年間、ジャパレスで働いて、
もうすぐ還暦になります。

それでも、わたしには
わたしの幸せがあります。
派手ではないけれど、
ここまで生きてきたという事実。

それだけでも、悪くない人生
なのかなと思うのです。

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