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ネット大荒れ常態化

SNSという戦場(いくさば)がある。 いや、正確には「戦場のような場所」ではなく、「戦場のように見せかけた、戦場より面倒くさい場所」である。

なぜなら、その意見を表に出すことで、みんな自分の正しさだけは死守しようとするからだ。
その結果、実際の命が失われているにもかかわらず、まあ、何とも剣呑なことだ。


今日もどこかで、「私が正しい!」「いや私こそが正しい!」 と、正しさのバーゲンセールが開催されている。正しさは半額にならないし、 ポイントもつかないし、そもそも誰も得しないのに、  なぜか人類はこれをやめられない。いや、インプ稼ぎにはなっているのか?

失敬、私が収益化してないものだから、失念してたよ。、たぶんね。駄文からの本文に戻るね。

さて困ったことに、 この“正しさ中毒”という病は、ここまで、偉そうに書いきた私にも容赦なく感染している。

「他者を裁かないように」  
「執着を手放すように」  
「あるがままを受け入れるように」

……と、聖人君子の心持ちでXを見ようとここがけ、

で、気づけば私はスマホ片手に、 知らない誰かの投稿に眉間のシワを寄せている。

なぜ私をふくめた一部の人間は、ここまで「正しさ」に執着してしまうのか。

この問いに向き合うため、 私はついに禁断のジャングルに足は進めなかったが、他者の思考トレースをしてみることにした。

倫理委員会が見たら眉をひそめるであろう実験である。
もしくは、イタコとしてのスカウトが来てしまうかもしれないが。
※イタコの方々をネタにした不敬は認める。ただ、こういうことなんじゃなと思う思考は許してほしい。では、

■偽ダーウィン版【進化論で有名無人】

「人間も自然の一部である」という当たり前の事実を、なぜそんなに忘れてしまうのだろう?自己正当化も、他者への攻撃も、道徳的な悪ではなく、群れを守るための防衛本能にすぎない、SNSで争うのは、サバンナで吠えていた名残だよ。 文明が進んでもDNAはアップデートされないのだ。

私「このダーウィン、現代知識を持ってやがる!!めんどくせーな?じゃ、理性といえば、あの人で!」


■偽カント版【キング・オブ・理性】
人間には理性がある。  
普遍的な正義を実行できる道徳法則がある。  
本能に流されず、意志の力で乗り越えるべし。……と言いたいが、理想が高いほど、 現実のどうしようもない自分に苦しむのもまた人間だ。それでも理性を信じよ。  信じることをやめた瞬間、  人は本能の奴隷になる。

私「いいこと言ってるふうだが、あー、悪口になっちゃいそうなんでお口にチャック。次は宗教家にしてみよう!非暴力してたら、撃たれちゃったあの人を脳内に召喚」

■偽ガンジー版

【非暴力の革命家】あなたが握りしめている“正しさ”は、本当に相手を救うためのものだろうか。 それとも、自分を守るための盾だろうか。暴力とは殴ることだけではない。  言葉で裁くことも、沈黙で突き放すことも、心の中で相手を否定することもまた暴力だ。

非暴力とは、相手を変えることではなく、自分の内側の暴力性を見つめる勇気である。

私「……悪くない。が、最後がなぁ。せめて大往生してくれてれば。やっぱり哲学方面へ戻っておの英霊を!(違う!それ、違う世界線!しかも、たぶん、まだ英霊になってないと思う)」

■偽ハイデガー版【存在の闇を覗く哲学者】

君たちは正しさを争っているように見えるが、本当は“正しさ”そのものが問題ではない。

問題は、自分が世界の中でどう“在る”のかを見失っていることだ。

人は不安になると、存在の足場を固めるために“正しさ”へしがみつく。  

争いは存在不安の副作用なのだ。

私「うん。曖昧加減と、行間を意識した文章に好感が持てる!おら、楽しくなってきたぞ!それじゃ、心理学者で賛否あるあの方を!」


■偽フロイト版【無意識の暴露者】

正しさを主張するのは、理性の問題ではなく、エゴが傷つくことへの恐怖だ。
相手を論破したいのは、相手を倒したいからではなく自分の劣等感を押し込めておきたいからだ。正しさの争いは、大人の顔をした子どもたちの無意識のぶつかり合いである。


私「あー、私、下ネタが苦手なんで。こうなった。。」

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