見出し画像

静かな学びのための「座席」


図書館の閲覧席、いつも満席

この所、調べもので公立図書館を利用させてもらって分かったことがある。この酷暑の下、ある程度快適な環境に、人と人が集まりつつも落ち着いた雰囲気で学びや読書をする空間が実は少ないということ。
図書館の閲覧席では、高校生が真摯に勉強しているし、大人も静かにかつ熱心に読書や学びに勤しんでいる。勿論、小学生のグループは静かに大きな机で勉強したり工作もしている。
この結果、席=空間を順番待ちするような状態になっていた。

この酷暑は当面続くのだろうし、暑い期間がほぼ半年も続くようになっている。とすれば、自治体の施策、地域の活動として、人が集まって、それぞれが静かに落ち着いて学べる空間を都市部にさらに一層整備するということがあっても良いのではなかろうか。

居場所がなくなる都市

都市部では、再開発=ジェントリフィケーションとして、美しくて快適に整えられてはいるが、有料、それも相当高額な費用、料金を払わないとそこにいられないというエリアが広がっている。そのため、居場所を求める人が困っているという。渋谷などは、もう無料では座れる場所もないという。

近隣地域に大型商業施設やアミューズメン施設があるために、私の住んでいる地域自体には、そういった施設が少なく人流確保の面で課題になっているという(人口そのものは多いし、増えている)。生活空間としては問題なくても、ジェントリフィケーションに乗り遅れているという事かもしれない。しかし、どうもそれは都市空間としてマイナスばかりではないように思われる。

レジャーや映えではなく、静かな学びの空間

そういうことであれば、何もレッドオーシャンなそういう施設ではなく、ある程度快適な環境で静かに学ぶというコンセプトで、市民のQoLを上げるための施設を整備するという発想もあってよい気がする。その場合、1時間100円といった、寄付や寸志に近いお金を募っても良いだろう。
街中に空き家、空きビルも、ちらほら見かけるので、そういった余剰施設を時限的にローリングしながら、「静かな学びの場」を整備するという自治体の施策を期待してみたい。

街づくりの中で、レジャーや映えばかりの空間、人同士はとにかくコミュニケーションを嫌でも行わなければなかったり、外向けの発信のために行ったりという空間ばかりが広がっていく感じがする。

でも、特に具体的なコミュニケーションはなくても、静かに学ぶ時間を共有できるという「居場所」がもっと増えてもいい気がする。
昔であれば、静かな個人経営の喫茶店やしぶい居酒屋さんが、そういう役目を果たしていたのかもしれない。あるいは、道端でのちょっとした井戸端会議がそういう役割を果たしていたのだろう。

地域や自治体による意識的な整備

とはいえ、人口の増えている新開発の都市部では、そういう伝統がそもそもないので、自然発生を期待することは難しい。

タクティカル・アーバニズムという運動、デザイン思想があり、街中にちょとした安全な滞留スペースを細かく整備することで、町が活性化し安全になるという発想だそうだ。

やはり、地域や行政が、そういう空間、居場所つくりを意識的に行わなければならないのだろう。