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文化振興はベッドタウン均衡を揺るがす介入たりうるか

――ストロー効果のもとでの江戸川区の文化政策再考――


行政による文化振興策への違和感 

 江戸川区の文化振興施策について、まとまった説明を伺う機会があった。区立の文化・スポーツ活動の拠点施設が各所に配置され、その空間で多様な区民活動が展開されていること、東京芸術大学やプロ・アマを含むスポーツ競技チームとの連携による、きらびやかな参加型イベントが実施されていることなどが紹介された。個別の事業として見れば、工夫と努力が凝らされており、区民にとって一定の価値をもつことは疑いない。
 しかし、説明全体から浮かび上がってきたのは、文化振興施策の中心的関心が、「文化を通じて地域の構造をどう変えるか」ではなく、「施設をいかに適切に運営・維持するか」に置かれているのではないか、という根本的な違和感であった。

文化振興施策の正当化根拠

 この違和感は、自治体による文化振興施策の正当化原理をどこに置くのかという問題に直結している。文化が尊いから、あるいは区民アンケートで満足度が高いから、という理由だけでは、税を投入する根拠としては弱い。行政介入が正当化されるのは、文化が市場や個人の判断に任せた場合には過小供給されてしまう外部性を持つからである。
 
 文化活動は、参加者の効用にとどまらず、地域イメージの形成、社会的信頼や関係性の蓄積、学習や創造性の誘発といった正の外部性を社会全体にもたらす。しかし、これらの効果は価格化されにくく、短期的な合理性のもとでは切り捨てられやすい。そのため自治体が介入し、正の外部効果を供給する必要がある。
 同時に、文化分野でも、負の外部性が存在する。文化資源へのアクセスが特定の階層や地域に偏在すれば、社会参加や学習機会の格差が固定化され、地域社会の分断が深まる。文化を享受できる者とそうでない者の差は、やがて経済行動や政治参加にも波及する。自治体の文化振興は、こうした格差が社会全体に及ぼす負の外部性を是正するための装置でもある。

文化振興施策のアウトカムとは?

 しかし、ここで問題となるのは、文化振興施策のアウトカムがほとんど語られていない点である。
 「良かった」「楽しかった」という主観的評価は、施策の正否を判断する指標にはなり得ない。
 本来問われるべきなのは、文化施策によって区民の行動がどのように変化したのか、あるいは変化させようとしているのかである。日常的な消費行動、学習や創作への関与、地域へのコミットメントがどう変わったのか。その行動変容の積み重ねによって、地域の構造をどの方向に変えたいのか。そこまで射程に入らない文化振興は、政策というよりも事業の集合にとどまってしまう。

江戸川区地域経済にとっての文化振興

 この問題は、江戸川区の地域経済構造を考えると、さらに理論的な重みをもつ。新経済地理学(NEG)が示してきたように、都市圏における経済活動は、集積の利益とストロー効果によって中心部へと引き寄せられやすい。都心や副都心は、雇用、消費、文化、娯楽といった多様な機能を吸引し、周辺地域はその活動を支える人々のベッドタウンとして位置づけられる。この構造は偶然ではなく、一種の安定した均衡として成立している。
 江戸川区もまた、まさにこのストロー効果のもとで、都心・副都心のベッドタウンとして固定化されてきた。区民の稼得所得の相当部分が区外で消費され、余暇や文化的経験の重心も区外に置かれている。この状態は「問題」ではあるが、NEGの理論からすれば、単に市場に任せている限り、この均衡は容易には崩れない。むしろ、合理的な個人行動の積み重ねによって再生産され続ける。

 この理論的帰結を踏まえるなら、文化振興施策の意味は大きく変わる。文化施策は、単なる余暇提供や施設運営ではなく、この均衡をわずかでも揺るがすための介入として位置づけられるべきなのである。すなわち、文化を媒介として、区内に滞在する理由を生み、区内で関係を結び、区内で消費し、学び、創作する行動を誘発できるかどうかが問われる。文化施策は、ストロー効果に抗して、逆向きの流れを生み出すための政策装置である。

地域経済構造を変革させる触媒として

 このような概念整理からすれば、区立文化施設の整備維持は、到底、ゴールではない。それらは、均衡を変えるための「触媒」でなければならない。文化活動が施設の中で完結し、日常生活や経済行動に接続しないのであれば、ストロー効果の均衡には何の影響も与えない。結果として、文化振興は「やっている感」を生み出しながら、地域構造は何も変わらないという事態に陥る。

 文化振興施策の本質的な問いは、結局のところここにある。
 江戸川区は、文化を通じて区民のどのような行動変容を生み出し、ストロー効果によって固定化されたベッドタウン均衡を、どの方向に、どの程度揺さぶりたいのか。その問いに答えない限り、文化振興は施設維持の論理に回収され、正の外部性の供給、負の外部性の抑制という本来の政策目的を見失い続けることになるだろう。