森を観る⼒を鍛える〜現場のための⼿引き
はじめに
「森を観る」というのは、当たり前にできていると思われがちです。しかし実際に複数⼈で同じ林分を 10 分間観察して、⾒えたものを出し合ってみると、必ず⼀つは「それ、気づかなかった」という発⾔が出ます。これは観察⼒が⾜りないという話ではありません。⼈はもともと、同じ景⾊を⾒ても違うものを拾っているからです。
以下は「森を観る技術」を示すものではありません。「観察するとはどういうことか」を⼀緒に考え、⽇々の仕事の中で観察⼒を鍛えていくための⼿引きです。
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1. 森は、⼈によって⾒え⽅が違う
ある研修で、10 ⼈の林業技術者が同じ林分(60 年⽣のスギ・ヒノキ⼈⼯林)を 10 分間観察し、⽬に⾒えたものを最低 10 個メモして、全員で突き合わせを⾏いました。
出てきた項⽬は、樹種、下層植⽣の種名(わからないものは「シダ類」のようにグループ名)、地形、明るさ、⽴⽊密度、胸⾼直径、樹形、樹冠の⼤きさ、間伐や枝打ちの痕跡、雪害の跡、⾒かけた⾍、⼟の感触、草のにおい、⾵の抜け⽅など、実に多岐にわたりました。
そしてこの林分を以前から知っている地元の参加者は、指⽰されなくても⾃然に「以前と⽐べてどう変わったか」を発⾔していました。⼀⽅、その場所を初めて⾒る参加者の⼀部は、⾃分がよく知っている別の林分との違いを話していました。
共通していたのは、全員が、他の⼈の発⾔を聞いて「それは⾒ていなかった」と感じる項⽬が、少なくとも⼀つはあったということです。これは失敗でも恥ずかしいことでもありません。同じ林分を⾒ていても、⾒えているものは⼈によって違うというのが、観察の前提になります。
2. ⾒えなかった理由は⼆つある
「⾒ていなかった」には、実は⼆種類あります。この違いを区別し、意識しましょう。
① ⾒落とし
そもそも視界に⼊っていても、意識が向かず、拾えなかったもの。これは「解像度」の問題です。名前を知らないもの、区別を知らないものは、⽬に⼊っていても認識されにくいのです。
② ⾔わなかっただけ
実は⾃分も⾒ていたのに、⼤事だと思わなかった、あるいは⾃信がなくて⼝にしなかったもの。これは「判断」や「⼼理」の問題です。
この⼆つは、対策がまったく違います。「⾒落とし」は、知識や語彙を増やすことで解決に近づきます。「⾔わなかっただけ」は、些細に⾒えることでも⼝にしてよい、という場の空気づくりや、⾃分の中の「これは⾔うほどのことじゃない」という判断のクセに気づくことが必要です。
なぜ⾒えなかったのか、なぜ⾔わなかったのか。この理由を⾃分⾃⾝に問い直すことが、観察⼒を鍛える基本になります。
3. 観察を⽀える4つの⼒
観察⼒は、⼀つの能⼒ではありません。ここでは四つの異なる⼒の組み合わせとして提案します。それぞれ鍛え⽅が違います。
① 差分の検出⼒
「前と何が違うか」に気づく⼒です。⼈間はもともと、急に動くものには気づきやすいのですが、少しずつゆっくり変わるものには鈍感です。森の変化はほとんどがゆっくりです。だからこそ、意識して「違いを探す」訓練が必要です。
鍛え⽅:同じ場所を定期的に観て、必ず何か⼀つ「前回との違い」を⾔葉にする。「特に変化なし」で済ませない。
② 範疇の解像度
「同じに⾒えるもの」の中に区別を⾒出す⼒です。名前を知らないものは、意識にのぼりにくくなります。「下層植⽣」としか⾔えない⼈と、「これはシダの仲間」「これはミヤコザサ」と⾔い分けられる⼈とでは、⾒えている景⾊そのものの情報量が違います。
鍛え⽅:植物などの同定に詳しい⼈と⼀緒に歩き、⽬に⼊るものに名前をつけてもらう。知らないものは「未分類」として記録しておき、後で名前がわかったら記録を⾒直す。
③ 予期の保留⼒
「⾒たいもの」ではなく、「実際にあるもの」を⾒る⼒です。⼈は無意識のうちに、⾃分の予想に合うものだけを拾ってしまいます。
鍛え⽅:現場に⼊る前に、⾃分の予想を紙に書いたりスマホにメモしたりして封をしておく。観察が終わってから開けて、予想と実際を照らし合わせる。
④ 異常の許容⼒
「なんとなく気になるけど、理由はわからない」ものを、そのまま拾っておける⼒です。理由が説明できないものは、つい「気のせいだろう」と⾃分で消してしまいがちです。
鍛え⽅:理由がわからなくても、気になったことはそのままメモする欄(異常ログ)を作る。理由を無理に考えない
4. ベテランほど気をつけたいこと
経験は、①の差分検出⼒と②の範疇の解像度を確実に⾼めます。⻑く現場にいる⼈ほど、細かい違いに気づき、多くの名前を知っています。
しかしその⼀⽅で、経験は③の予期の保留力と④の異常の許容⼒を弱める⽅向に働くことがあります。「この林分はこういうものだ」という思い込みが強くなるほど、予想外のものを予想外のまま受け⽌めにくくなるのです。これは経験の副作⽤であり、注意していないと誰にでも起こります。
ある研修では、参加者に「明⽇観る林分の林齢」だけを事前に伝え、当⽇何を観るか予想を書いて封印してもらいました。翌⽇、実際の観察結果と封印していた予想を突き合わせたところ、多くの参加者が事前情報(林齢)に引っ張られた予想を⽴てていたことがわかりました。
実際に現場で観察すると、封印していた予想より項⽬数がおよそ倍に増え、内容の質も違っていました。「思っていた以上に情報量が増えた」「昨⽇とは⾒え⽅が全然違う」という感想が多く聞かれました。
「知っているつもり」が、観察の解像度を逆に下げることがある。これはベテランであるほど⾃覚しておく価値があります。
5. 「決めつけない」を鍛える練習
上記の研修で使われた⽅法は、そのまま現場でも使えます。
現場に⼊る前に、「今⽇はこういう状態だろう」という予想を紙に書く
その紙を封筒に⼊れるか、折りたたんでポケットにしまう
予想を⾒ずに、実際に現場で観察し、記録する
観察が終わってから予想を開けて、実際の記録と⾒⽐べる
⼀致していた点、外れていた点、そして「予想していなかったのに実際にはあった」ものを確認する
これを繰り返すことで、「⾃分がどれくらい思い込みで森を⾒ているか」を⾃分⾃⾝で確認できるようになります。
もう⼀つ興味深い現象があります。ある研修では、同じ⽇に複数の林分を続けて観察したところ、回数を重ねるごとに、参加者が「異常の許容」を少しずつ⾃然にできるようになっていきました。指⽰していないのに、後半になるほど「気になったこと」を素直にメモできるようになったのです。
これは、観察という⾏為⾃体が、繰り返すことで鍛えられることを⽰しています。
6. 観察を仕事の⼒にする
観察を活かすのは、「観察主導の意思決定プロセス」という考え方(観察 → 判断 → 検証 → 修正 というサイクル)です。これは、どんな場合に有効なのでしょうか。
対象が時間とともに変化し続ける
介入の結果が出るまでに長い時間がかかる
対象が場所に固有であり、よそで成功した正解をそのまま持ち込めない
関与する主体が複数いて、それぞれの利害・価値観が異なる
森づくりは、まさにこの4条件がそろった典型例です。だからこそ、あらかじめ決めた指標だけに頼った管理は、想定外の変化を取りこぼします。指標に還元しきれない現場の観察を起点に、小さく可逆的に(とりかえしの付く範囲で)手を打ちながら、結果をまた観察して修正していく。このプロセスが不可欠になります。
観察する:過去と比べながら現在をよく見る
判断する:未来に向けて何をすべきか考える
手を入れる、あるいは見守る
検証する:結果をまた観察する
修正する:必要なら判断をやり直す
森づくりに限らず、組織づくりやまちづくり、長期のプロジェクトなど、この4条件に当てはまる場面であれば、同じ考え方が応用できるはずです。逆に言えば、対象が制御可能で、モデル化しやすく、変化が速くて検証がすぐできるような場面では、データや指標に基づく管理で機能します。
このサイクルを続けるためには、記録が⽋かせません。記録がなければ、「前とどう違うか」を⽐べる基準そのものが失われてしまいます。
7. ⼀⼈で頑張らない
観察⼒は個⼈で鍛えるものですが、それだけで終わらせないことが⼤切です。⼀⼈の観察には必ず癖や偏りがあります。複数⼈で観察結果を突き合わせることで、個⼈の⽬では気づけなかったことが⾒えてきます。
これは、⼀⼈の「属⼈的な観察眼」を、みんなで確かめ合える「共有の知識」に変えていく作業です。突き合わせの場では、「⾒落とし」なのか「⾔わなかっただけ」なのかを、お互いに率直に確認し合うことが役に⽴ちます。
理想としては、フォレスターが森に込めた意図が、後の世代が観察するだけで読み取れるような森づくりです。つまり、観察⼒を鍛えることは、単に今の判断のためだけでなく、次の世代に森を⼿渡すための⼟台でもあります。
8. 現場でできる練習メニュー
特別な準備がなくても、⽇々の仕事の中で始められます。

⼀度に全部やる必要はありません。まずは⼀つ、今⽇から始めてみましょう。
おわりに
この⼿引きは、筆者がスイスのフォレスターとの対話を続ける中で、彼らが何を考えて森を観ているのかをほじくり出し、分析し、試⾏錯誤して積み上げたものです。
ここでは4つの項⽬とそれぞれの訓練⽅法を提案していますが、固定されたものではありません。皆さんのフィールドで応⽤するためのたたき台として、活⽤いただけたら幸いです。
観察の訓練は、間違いなく効果があります。ただしそれを本当に活きたものにするには、その⼟地をよく知る⼈、すなわち「地元のフォレスター」のような存在が⼀緒に歩き、解説し、問いを投げかけてくれることが⽋かせません。観察⼒は⼀⼈でも鍛えられますが、⼟地に根ざした知⾒と組み合わさったとき、初めて森を読む⼒になります。
また、造林学に関する基礎知識は、みなさんの観察を強⼒にサポートします。⼊り⼝としておすすめは、造林技術研究所の横井秀⼀先⽣が公開されている「森づくりの技術」というWEB サイトです。
特に「樹⽊の形態・⽣理・⽣態」→「シュート」の項は必読です。
森を観ることは、技術である以前に、姿勢です。今⽇観た森を、明⽇、来⽉、来年、もう⼀度観てみてください。きっと、何かが違って⾒えるはずです。
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