レベル1の村人が魔王討伐に挑む物語 第八話
◆ 放浪者 クロウ・ヴェイル
「アルマ。索敵を頼む」
レインは、倒れた魔物から剣を引き抜きながら言った。
「逃げ遅れた人はいないか?」
石板が淡く光る。
『索敵範囲内に、生存者の反応を確認』
レインの表情が強張る。
しかし、すぐにアルマは続けた。
『全員、地下壕へ避難しています。街に残っているのは、魔物の反応のみです』
「……そうか」
レインは、ほっと息を吐いた。
避難に遅れた子供も、母親とともに地下壕へ向かったはずだ。
これで、守るべき人々を巻き込む心配はない。
「じゃあ、あとはこいつらを倒すだけだな」
『はい。南通りに四体、西の坑道付近に七体。最も危険な個体は、鍛冶場の裏手へ向かっています』
「分かった。行こう!」
レインは地面を蹴った。
石畳を駆け抜け、迫る魔物へ剣を振るう。
『左から一体、飛びかかります』
「っ!」
レインは身をひねり、鋭い爪をかわす。
そのまま剣を振り抜くと、魔物の身体が横一文字に裂けた。
『次は右後方。二体同時です』
「任せろ!」
振り向きざまに、レインは剣へ魔力を流し込む。
淡い光が刃を包む。
一閃。
魔力を帯びた斬撃が、二体の魔物をまとめて吹き飛ばした。
『前方、地面から来ます』
「そこか!」
石畳が砕ける。
飛び出してきた甲殻の魔物へ、レインは迷いなく剣を突き立てた。
戦いの最中でも、レインの足取りに迷いはない。
アルマの声に従い、最小限の動きで攻撃を避ける。
必要な時だけ魔力を使い、確実に魔物を仕留めていく。
少し離れた屋根の上で、その姿を眺めている者がいた。
銀髪に黒い旅装。
黒い鞘に収められた刀を腰に帯びた青年――クロウ・ヴェイル。
「ほう……」
クロウは、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「大したもんだ。聖剣の継承者」
やがて、最後の一体が倒れる。
レインは剣を下ろし、周囲を見回した。
「アルマ、街の中は?」
『確認できる魔物反応は、すべて消失しました』
「よし……」
その時だった。
「見事な戦いぶりだな」
背後から声がした。
レインは振り向く。
そこにいたのは、銀髪の青年だった。
レインより少し背が高い。
旅装を身につけ、腰には黒い刀。
この混乱の中でも、まるで散歩の途中にでも立ち寄ったような落ち着きを払っている。
ただ者ではない。
それは、レインにもすぐに分かった。
「あなたも、旅の人ですか?」
「ああ」
青年は軽く頷く。
「俺の名はクロウ・ヴェイル。ただの通りすがりの旅人さ」
「そうですか。俺はレイン・アッシュ」
レインは名乗った。
「同じく、ここへ立ち寄った旅人です」
「レイン・アッシュ、ね」
クロウは意味ありげに繰り返した。
「さすがは聖剣の継承者。噂通りの働きだ」
レインの身体に、一瞬だけ緊張が走る。
「……どうして、それを?」
「どうしてって」
クロウは肩をすくめた。
「あれだけ聖剣ルクス・エテルナを振り回しておいて、それはないだろ」
「見えるんですか?」
「もちろん」
レインは目を見開いた。
「はじめてです。聖剣が見える人に会うのは――」
そこまで言いかけて、レインは言葉を止めた。
背筋に、冷たいものが走る。
アッシュベル村。
二本角と金色の瞳を持つ魔族。
聖剣の名を知っていた、黒牙六将の姿が脳裏に浮かんだ。
まさか。
この人も――。
「どうした?」
クロウは、レインの表情を見て苦笑する。
「まさか、俺を魔族か何かと勘繰ってるなら、とんだお門違いだぜ」
「……すみません」
「気にするな。今の世の中、用心するに越したことはない」
クロウは腰の黒刀に触れた。
「そうだな。言うなれば俺は、少し物知りなだけさ」
飄々としている。
何を考えているのか、よく分からない。
それでもレインは、彼が悪い人間ではないように思えた。
自分が現れた時には、すでに何体かの魔物が倒れていた。
その傷口は鋭く、無駄がない。
目の前のクロウが、街を守るために戦ったのだろう。
「分かりました。物知りクロウさん」
レインは笑った。
「俺はセレナ聖教国を目指していて、その途中でドゥルガンに立ち寄ったところなんです」
「セレナか」
クロウは、少しだけ遠くを見る。
「あそこには物知りがたくさんいるぞ」
「そうなんです。俺は村で育って、旅に出たばかりで……まだ知らないことだらけで」
レインは石板を握る。
「勇者や聖剣のことも、魔王のことも。俺は、知らなきゃならないことがたくさんあるんです」
「そうか」
クロウは、どこか懐かしむように笑った。
「頑張れよ、少年」
そして、ふいに表情を変える。
「……だが、その前にもう一つ試練みたいだぞ」
「え?」
レインが首をかしげた、その瞬間。
石板が鋭く明滅した。
『高魔力反応を察知』
◆ 襲来 鉄殻のドゥルガス
アルマの声が、緊張を帯びる。
『急速に接近しています。危険度、極大』
レインは顔を上げた。
遠くから、地面を踏み砕くような音が聞こえてくる。
「……気づかなかった」
「話に夢中だったからな」
クロウは、くすりと笑う。
「そういうところは、まだ青いな。少年」
『この場所では被害が広がります。迎撃を推奨』
「分かった!」
レインは敵の気配がする方角へ走り出した。
その後を、クロウがゆっくりと追う。
しばらく走った先。
ドゥルガン西側の坑道入口付近で、アルマが警告を発した。
『来ます』
『反応を解析。黒牙六将・第五牙――鉄殻のドゥルガスです』
「なんだって!?」
レインの顔色が変わる。
バグラを倒したばかりだというのに、また黒牙六将が現れた。
しかも、アルマの声からして、バグラよりも危険な相手だ。
坑道の闇から、巨躯が姿を現す。
全身が黒い甲殻に覆われた魔族。
人間を見下ろすほどの背丈。
岩のように太い腕。
一歩進むたび、大地が低く震えた。
その背後には、甲殻を持つ魔族たち――鉄殻軍が控えている。
「なんだ、貴様」
ドゥルガスの赤い瞳が、レインを捉えた。
「その剣は……バグラを殺った、聖剣の継承者か」
低い笑い声が響く。
「奇遇だな。俺は人間どもの砦と補給線を破壊し、王都を孤立させるために来た」
「だが、ついでに思わぬ収穫まで得られたようだ」
レインは剣を構える。
「この街を襲ったのは、お前か」
「先遣隊を送った。だが、失敗に終わったようだな」
ドゥルガスは興味なさそうに答えた。
「まあいい。途中で、でかい斧を持った王都の騎士どもにも会ったが……まるで歯応えがなかった」
バルドたちのことだ。
先ほどの爆発は、ドゥルガスたちとの戦闘によるものだったのかもしれない。
「お前らは手を出すな」
ドゥルガスは背後の鉄殻軍へ命じる。
「バグラを倒した実力……見せてもらうぞ!」
巨体が突進する。
「レイン、右へ!」
アルマの声と同時に、レインは跳んだ。
直後、ドゥルガスの拳が地面へ叩き込まれる。
石畳が砕け、破片が周囲へ飛び散った。
「速い……!」
巨体に似合わない速度だった。
レインは魔力を込めた剣を振るう。
光を帯びた刃が、ドゥルガスの脇腹を斬りつけた。
しかし。
ギィンッ!
硬い音が響く。
刃は甲殻を浅く削っただけで、ほとんど通らない。
「そんなものか!」
ドゥルガスの肘打ちが、レインを襲う。
レインは受け止めきれず、地面を転がった。
「っ……!」
レインはすぐに立ち上がる。
拳をかわし、足元へ斬りかかる。
だが、どこを狙っても同じだった。
当たる。
しかし、斬れない。
「硬すぎる……!」
「どうした、聖剣の継承者!」
ドゥルガスの拳が、何度も振り下ろされる。
「バグラを倒したと聞いて、少しは期待したのだがな!」
レインは息を切らしながら、後ろへ下がる。
『解析を継続』
アルマの声が響く。
『甲殻全体に強力な魔力が循環しています。攻撃を一点へ集中させましょう』
「弱点は?」
『解析完了。胸部中央、甲殻の継ぎ目』
石板に、小さな光点が浮かぶ。
『そこへ最大出力の魔力を乗せた一撃を』
「よし……分かった!」
レインは深く息を吸う。
剣を両手で握りしめ、意識を集中させた。
聖剣ルクス・エテルナが、眩い光を放つ。
「行くぞ!」
レインは踏み込む。
ドゥルガスの拳を紙一重でかわし、懐へ潜り込む。
「はあああっ!」
光の剣が、胸部中央へ突き立てられた。
甲殻に亀裂が走る。
「ぐ……ふっ!」
ドゥルガスが、初めて膝をついた。
レインは剣を抜き、荒い息を吐く。
「やったか……?」
だが。
ドゥルガスは、ゆっくりと顔を上げた。
胸の亀裂から、黒い瘴気が溢れ出す。
亀裂は、見る間に塞がっていった。
「フハハハ!」
激しい咆哮が響く。
「これが貴様の全力か!」
「届かぬぞ。このドゥルガスの急所には!」
レインの顔から血の気が引く。
「なかなか楽しませてもらった」
ドゥルガスは拳を握る。
「褒美に、一瞬で屠ってくれる!」
「くそ……どうすれば……!」
◆ 黒刀《夜霧》
巨大な拳が、レインへ迫る。
その時。
ズガンッ!
拳が、空中で止まった。
ドゥルガスの腕を受け止めていたのは、黒い刀身だった。
「選手交代だ」
クロウが、涼しい声で言う。
「また命知らずの人間が現れたか」
ドゥルガスは、不敵に笑った。
「いいだろう。まとめて潰してくれる!」
拳。
肘打ち。
踏みつけ。
ドゥルガスの猛攻が、クロウへ降り注ぐ。
しかしクロウは、最小限の動きでそれらをかわしていく。
半歩ずれる。
身を傾ける。
刀の鞘で受け流す。
ただそれだけで、巨躯の攻撃はことごとく空を切った。
「遅いな」
「貴様……!」
クロウは、わずかな隙を見逃さない。
黒刀が一閃した。
ドゥルガスの肩へ、鋭い斬撃が走る。
だが。
ギィンッ!
レインの攻撃と同じく、甲殻は刀を弾いた。
「流石に硬いな」
クロウは、黒刀を軽く振る。
「だが、それだけだ」
「何だと!? 負け惜しみを!」
ドゥルガスが怒鳴る。
その時だった。
クロウの青い瞳が、真紅に染まった。
空気が、凍りつく。
黒刀《夜霧》から、黒い霧が立ち上った。
「……何をした?」
ドゥルガスの声が揺れる。
黒い甲殻が、ぱらぱらと崩れ始めていた。
鉄よりも硬かったはずの外殻が、まるで長い年月を経た朽木のように、脆く砕けていく。
「やめろ……俺の、甲殻が……!」
「やだね」
クロウは、いつものように飄々と答えた。
黒刀が閃く。
ドゥルガスの右腕が落ちる。
続けて左腕。
さらに両脚。
「がああああっ!」
巨体が地面へ崩れ落ちた。
クロウは黒刀の切っ先を、ドゥルガスへ向ける。
「チェックメイトだ」
周囲の鉄殻軍は、あまりの光景に動けない。
「俺は……黒牙六将のドゥルガスだ!」
ドゥルガスは、悔しさを滲ませながら吠えた。
黒い瘴気が、失われた手足へ集まっていく。
そして、切断されたはずの腕と脚が再生を始めた。
「見上げた生命力だな」
クロウは感心したように言う。
「だが、俺の役目はここまでだ」
そう言うと、クロウは脇へ退いた。
「とどめは任せた」
レインは、すでに走り出していた。
「レイン、胸部の亀裂が再び露出しています!」
「分かってる!」
再生しきっていないドゥルガスの胸部。
そこへ、レインは聖剣を突き立てた。
「ルクス・エテルナ!」
剣が、眩い光で満ちる。
「バースト!!」
光が、ドゥルガスの内側へ広がった。
胸部から。
腹部へ。
全身へ。
「が……あああああっ!」
ドゥルガスの巨体が、内側から砕けていく。
黒い甲殻も、瘴気も、光に飲み込まれて消えていった。
やがて、そこには何も残らなかった。
光は周囲へ広がり、動けずにいた鉄殻軍をも包み込む。
魔族たちの悲鳴が一瞬だけ響き、そのすべてが消滅した。
静寂が戻る。
「やった……か」
レインは膝に手をつき、大きく息を吐いた。
石板が、穏やかに光る。
『高魔力反応、完全に消滅しました』
『やりましたね、レイン』
「ああ……アルマのおかげだ」
「お疲れさん、少年」
クロウが近づいてくる。
レインは顔を上げた。
「クロウさん……あなたのおかげです」
「まるで黒牙六将を、手玉に取るみたいに戦っていた」
レインは迷いながらも、尋ねる。
「あなたほどの人が、どこにも所属せずに旅をしている目的は何なんですか?」
「あなたなら、きっと――」
「おっと。そこまでだ」
クロウは、レインの言葉を遮った。
「そう買い被るな」
口調は軽い。
「俺は、そこまでの力も情熱も持ち合わせちゃいない」
「ただ、俺には俺のやるべきことがある」
クロウは、黒刀《夜霧》を鞘へ納める。
「お前は、お前のやりたいことをやれ」
「少なくとも俺は、お前の敵じゃない」
「じゃあな」
クロウは背を向ける。
「相棒にも、よろしく」
「え……?」
レインは石板を見下ろした。
クロウは、アルマの存在にも気づいていた。
問いかける間もなく、銀髪の青年は街道の向こうへ歩き去っていく。
「……何なんだろう、あの人」
レインは呟いた。
「アルマのことにも気づいていた。世の中には、あんな人がたくさんいるのかな」
『いいえ』
アルマは即答した。
『彼は、かなり特異な人間でしょう』
「何か知ってるのか?」
『いいえ。ただ、あれほどの能力を持つ人間は、そうはいません』
少し間を置き、アルマは続ける。
『さらに、彼はまだ力を隠しているように見えました』
『解析不能です』
「そうか」
レインは、クロウが去った方角を見つめる。
勇者。
聖剣。
魔王。
黒牙六将。
そして、黒刀を持つ謎の旅人。
「……世の中、知らないことだらけだな」
『不安ですか?』
レインは首を横に振る。
「いや」
小さく笑った。
「ワクワクする」
『あなたも、かなり特異な人間です』
「人を変人みたいに言うなよ」
レインは少しだけ頬を膨らませた。
石板から、かすかに笑うような気配がした。
『まずは、ドゥルガンの街で休みましょう』
「そうだな」
戦いを終えたレインは、夕日に染まる鍛冶の街へ歩き出した。
――第九話・続く――

