プラダを着た悪魔2が描いていたのは、成熟した大人の未熟さだった
※以下、ネタバレを含むので、まだ観ていない方はご注意ください。
20年ぶりに公開された『プラダを着た悪魔2』を観てきた。
ネットの感想を見ていると、「期待外れだった」という声と、「めちゃくちゃ良かった」という声がかなり二分している印象を受ける。
実際、今作は好き嫌いが分かれる作品だと思う。
ただ、私自身の率直な感想を言うと、
一作目はキラキラしていた。
そして二作目は地に足がついていた。
そんな印象だった。
『プラダを着た悪魔』の一作目は、とにかく華やかだった。
ファッション業界の煌びやかさ、刺激的な世界観、理不尽だけど憧れてしまうミランダの存在。
社会に出たばかりのアンディが、自分を見失いながらも必死に食らいついていく姿に、ワクワクする人も多かっただろう。
一方で、二作目はまったく違う。
今作で描かれているのは、成熟した大人の奮闘である。
だからこそ、一作目のような爽快感やシンデレラストーリー的な高揚感を期待すると、少し違和感があるのかもしれない。
でも私は、深みという意味では圧倒的に二作目の方が印象に残った。
理由は、アンディの成長後が描かれていたからだ。
一作目のアンディは、おそらく20代前半。
まだ社会人経験も浅く、自分が何者なのかも分からないまま、大きな世界に飛び込んでいた。
理不尽に揉まれ、自分を削りながら働き、それでも最後には「ここは自分のいる場所ではない」と気づいて、自ら去っていく。
あれは、自分を見つける物語だった。
▼1作目レビュー
対して、二作目のアンディは違う。
20年という時間を経て、キャリアも経験も積み重ね、精神的にも成熟している。
仕事もできる。
周囲からの評価も高い。
もう、何もできない新人ではない。
スタート地点そのものが違うのだ。
だからこそ、今作で描かれる葛藤も、一作目とはまったく別物になっている。
今のアンディは、一見するととても頼もしい。
冷静で、有能で、自立していて、しっかりしている。
でも、それでも人は完璧にはなれない。
一生懸命だけど、人を信じすぎてしまうところ。
器用なように見えて、周囲とうまく折り合いをつけられないところ。
大人になっても残り続ける未熟さ。
その成熟した大人の不完全さが、ものすごくリアルだった。
むしろ、社会経験を積み、周囲からちゃんとしているように見える人間ほど、内側では悩み続けているということが分かる。
だから今作は、何者かになりたい若者よりも、何者かになった後も葛藤を抱え続ける大人たちに刺さる作品なのだと思う。
周囲からは認められている。でも、自分では全然満足できない。
そんな感覚を知っている人には、アンディの姿がかなり響くのではないだろうか。
今回は、あえてミランダや周囲の人物については深く触れない。
この作品で私が最も心を動かされたのは、アンディ自身の変化だったからだ。
特に印象的だったのは、一作目と二作目の終わり方の対比である。
一作目のラストで、アンディは「ここは自分のいるべき場所ではない」と気づき、自ら去っていった。
でも二作目では逆だ。
大切な居場所を守るために奮闘し、「ここで働き続けられるのが嬉しい」と微笑み、幕を閉じる。
この対比が、本当に痺れた。
若さゆえの衝動で世界から飛び出した20代のアンディ。
そして、自分の価値観や軸を理解した上で、「ここで生きる」と決めた大人のアンディ。
そこには、流される人生ではなく、自分で選び取る人生があった。
私はそこに、ものすごくアンディの強さと成長を感じた。
また、今作はセリフが本当に味わい深い。
おそらくテーマそのものが、成熟した人間の生き方だからだと思う。
例えば、
大事なのは高級ブランドでもお金でもなく、自分というアイコンよ
という言葉。
また、
完璧じゃないままでもいい。完璧を目指す必要もないと思うの。
という言葉。(うろ覚え)
さらに、
未来は、抗っても激流のように押し寄せてくる
というようなメッセージ。(これもうろ覚え)
世の中は変わり続ける。
人も、環境も、価値観も、時代も。
若い頃はそんな変化を前向きに受け止められていたのに、大人になると、変わっていくことに対して寂しさや生きづらさを感じる瞬間が増えていく。
それでも世界は止まらない。
その感覚は、どこか仏教の『諸行無常』にも近いものを感じた。
さらに、『最後の晩餐』をめぐる人間の本質の話も含めて、今作はかなり哲学的だったと思う。
この映画は、一回観て終わりの作品ではない。
何度も観ることで解釈が深まり、そして歳を重ねるほどに味が出る映画なのだと思う。
今20代の人が、30代、40代、50代…と経験を重ねて観ると、そのたびに見え方がまったく変わるはずだ。
観るたびに新たな発見や、自分自身への気づきが生まれるから、何度でも観たくなる。
そして観終わったあとには、自分の成長や変化まで感じさせてくれるだろう。
だからこそ、20年越しに描かれた『プラダを着た悪魔』の完結編として、これほどふさわしい作品はない。
