海外遠征で身についたのは、サッカーより「〇〇力」だった~オーストラリアで放流され、スペインでソフトクリームを買わされた高校時代~【SUNmaruの海外渡航日記】
はじめに
高校2年の夏。
僕はサッカーの地区選抜として、初めてオーストラリアへ行った。
その数日後には高校サッカー部でスペインへ海外遠征。
この言葉だけを聞けば、なんとなく格好いい。
異国の選手とボールを蹴り、文化に触れ、ひと回り成長して帰ってくる。
実際、僕もそんな遠征を想像していた。
ただ、今振り返ってみると、あの夏に身についたのは、サッカーの技術だけではなかった。
恐怖に耐える力。
知らない場所で時間をつぶす力。
欲しいものと違うものが出てきても受け入れる力。
つまり、レギュラーになれるためのスキルではなく、よく分からない力ばかりだった。
マウスピースを装着して襲ってくる男たち
オーストラリア遠征の最初の3日間は、合宿所に泊まり、ひたすら試合をした。
ちなみに、合宿所の食事は恐ろしくまずかった。
何を食べたのかは覚えていない。とりあえず、サラダのレタスは茶色く変色していた。
ただ、「食文化の違い」という言葉では包みきれない何かだったことだけは覚えている。
当時のオーストラリアでは、今ほどサッカーが盛んではなかった。
相手の高校サッカー部の選手の中には、サッカーだけでなく、野球やアメフトを掛け持ちしている選手もいた。
その影響なのか、試合中に奇妙な光景を目にした。
相手選手が、何かを手に持ちながら走っている。
攻撃している時は手に持ち、守備になると口にはめる。
マウスピースだった。
今では、サッカー選手がマウスピースを着けることも珍しくない。
遠藤選手はつけてますよね。
しかし、当時の僕にはまったく馴染みがなかった。
しかも、相手が守備に切り替わった瞬間、マウスピースを口にはめて、こちらへ向かってくる。
僕には、
「これから正式にお前に正面からぶつかって仕留めます」
という合図にしか見えなかった。
交流試合だったので、大きな事故はなかった。
ただ、相手がマウスピースを装着するたびに、僕の心だけは何度も折れていた。
この経験で身についた力
圧迫感に立ち向かう勇気と、危険を感じたら素直に逃げ腰になる防衛本能。
勇敢さだけでは海外では生き残れない。
ホームステイのはずが、ショッピングモールに放流された
残りの3日間は、ホストファミリーとの交流だった。
初日は、家族全員で歓迎してくれた。
一緒に食事をして、慣れない英語で会話をする。
「これがホームステイか」
僕は感動していた。
ところが翌朝。
父親は仕事。
母親はパート。
子どもたちは学校や部活、友達との遊びへ出かけていった。
そして僕は、ショッピングモールへ連れていかれた。
「17時に戻ってくるから」
そうママに言われ、朝から一人で放流された。
英語力はほぼない。
スマホもない。
持っているのは20ドルほど。
知らない国のショッピングモールに、日本人高校生が一人。
買い物を楽しむほどのお金もなく、店員に話しかける英語力もない。
僕は歩いた。
ベンチに座った。
また歩いた。
時計を見た。
まだ午前中だった。
ショッピングモールを何周したのかは分からない。
ただ、店員から見れば、
何も買わずに一日中徘徊している、かなり怪しい日本人だったと思う。
ホームステイとは、ホストファミリーと生活するものだと思っていた。
僕の場合は、
「英語もお金もスマホもない高校生が、海外で17時まで生存できるか」
を検証する社会実験だった。
この経験で身についた力
突然放流されても取り乱さない潜伏力と、何もすることがなくても平静を装う時間消化力。
たぶん僕は、あの日だけでショッピングモールの警備員より館内に詳しくなった。
3,000円を手にした高校生は、空港で富豪になる
その夏休み、地区選抜とは別に、高校のサッカー部でスペイン遠征へ行った。
出発から順調ではなかった。
利用したのは、おそらく格安の海外航空会社。
成田空港でトラブルが発生し、5時間ほど足止めされた。
お詫びとして、航空会社から成田空港で使える一人3,000円分の金券が配られた。
高校生に空港で3,000円を渡すと、どうなるか。
全員が突然、富豪になる。
普段なら我慢するような食事やお菓子を買い、成田空港で豪遊した。
1500円のパフェ。
2000円のステーキ定食。
1800円の海鮮丼など、
高校生には魅力的すぎる食事を各自楽しんだ。
僕たちはまだ日本から一歩も出ていないのに、すでに遠征費を使い切る勢いだった。
そして、遅延の影響でスペインへの直行便がなくなり、急きょイタリアで一泊することになった。
ただ泊まるだけのはずだった。
翌朝、なぜか一部屋だけ追加料金が発生した。
理由は、部屋のテレビで有料のエロ動画を視聴していたからだった。
当然、高校生が海外ホテルの追加料金など持っているはずがない。
若い女性ガイドさんが立て替えることになった。
もちろん、監督にもばれた。
ただ一つ言えるのは、
サッカー部の遠征で最初にイエローカードをもらったのは、ピッチ上の選手ではなかった。
この経験で身についた力
臨時収入を一瞬で使う豪遊力と、異国の地で臆することなく発揮する性欲
(性欲は俺じゃないけど(笑))
なお、有料動画を見た本人に身についたのは、請求書を見て現実へ戻る力だった。
ハンバーガーを頼んだら、ソフトクリームが出てきた
ようやくスペインへ入り、アトレティコ・マドリードのユース年代の選手たちと合同キャンプを行った。
朝に練習。
昼は暑いため、現地の選手たちはシエスタで身体を休める。
しかし僕たち日本人高校生は、
「海外まで来て昼寝なんてもったいない」
と、ショッピングモールへ行ったり、プールで遊んだり、トランプをしたりしていた。
夕方から再び練習。
終わるのは22時頃。
そこから夕食を食べ、寝るのは深夜1時近く。
当時、毎日21時に寝ていた僕のコンディションは、見事に崩壊した。
現地の選手はシエスタで回復する。
僕たちはシエスタの時間に全力で遊び、夜の練習で力尽きる。
文化の違いを学ぶ前に、休むことの大切さを学ぶべきだった。
さらに困ったのが言葉だった。
スーパーでは英語が通じない。
マクドナルドでも、手元にメニューがなかった。
天井付近にある写真を指さして注文するしかない。
僕はハンバーガーセットを指さした。
しかし、出てきたのはソフトクリームだった。
違うと伝えるスペイン語は分からない。
僕は静かにお金を払い、ソフトクリームを受け取った。
海外では、指の角度一つで主食がデザートになる。
この経験で身についた力
ハンバーガーを諦め、目の前のソフトクリームを昼食として受け入れる現実適応力。
あの日の僕に必要だったスペイン語は、「ハンバーガー」ではなく「ノー」だった。
モレリアをめぐる、情熱のぶつぶつ交換
現地で特に印象的だったのが、友人の履いていたミズノのスパイク「モレリア」だった。
当時、バルセロナに所属していたリバウド選手が履いていたものの、スペインでは未発売で手に入らなかったらしい。
そのため、友人のモレリアを見ると、現地の選手たちが一斉に集まってきた。
ある夜、友人の部屋の前に列ができていた。
モレリアとの交換を希望する選手たちだった。
ただし、誰も現金は出さない。
シャツ。
パンツ。
ソックス。
すね当て。
次々と交換材料を提示してくる。
しかし、どう考えても釣り合わない。
友人はすべて却下した。
それでも翌日、また交渉に来る。
断られても、商品の組み合わせを変えて再び現れる。
シャツ一枚がダメなら、シャツとソックス。
それでもダメなら、パンツとすね当て。
彼らの頭の中では、足し算を続ければ、いつかモレリアに届くことになっていたらしい。
この経験で身についた力
どれだけ熱く交渉されても首を縦に振らない、ぶつぶつ交換遮断力。
(これも俺じゃないんだけどね)
情熱の国・スペイン。
ただし、情熱だけではモレリアは手に入らない。
遠征で鍛えられたのは、サッカー以外の力だった
オーストラリアでは、マウスピースを装着した選手に追いかけられた。
ショッピングモールでは、一人で朝から夕方まで放流された。
スペイン遠征では、成田空港で一時的な富豪になった。
ハンバーガーを注文して、ソフトクリームを受け取った。
モレリアをめぐる、終わりのないぶつぶつ交換にも立ち会った。
遠征の目的はサッカーだった。
もちろん、試合も練習もたくさんした。
ただ、今でも鮮明に覚えているのは、サッカー以外の出来事ばかりである。
あの夏に身についたり勉強になったのは、
マウスピースへの恐怖に耐える力。
ショッピングモールで気配を消す力。
3,000円で富豪になれる力。
ソフトクリームを昼食として受け入れる力。
釣り合わない交換を断り続ける力。
サッカー選手としてどれだけ成長したのかは、正直よく分からない。
でも、言葉が通じなくても、予定が狂っても、欲しいものと違うものが出てきても、
人間は意外と何とかなる。
そんな自信だけは手に入れた。
ただし、ホームステイ先の家族には言いたい。
次に日本人高校生をショッピングモールへ放流する時は、せめて30ドルくらい持たせてほしい。
最後に
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
海外遠征というと、サッカーの試合や練習の思い出が一番に残りそうなものです。
でも僕の記憶に強く残っているのは、マウスピースを装着して向かってくる選手の恐怖や、ショッピングモールに一人で放流された時間、ハンバーガーを頼んだのにソフトクリームを渡されたことでした。
当時は必死だった出来事も、時間がたつと少しずつ笑える話に変わっていきます。
そして振り返ってみると、うまくいかなかったことや予定どおりに進まなかったことほど、自分の考え方や行動に残っているのかもしれません。
このnoteでは、サッカーを通じて学んだこと、人や組織の成長、親子関係、大学職員として感じたこと、そして今回のような自分の過去について書いています。
真面目に考える記事もあれば、昔の失敗を笑いに変える記事もあります。
初めて読んでくださった方には、僕がどんな人間なのかをまとめた自己紹介記事もあります。
「SUNmaruって、結局何者なんだろう?」
そう思った方は、ぜひ自己紹介記事ものぞいてみてください。
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それでは、また次の海外渡航記録で。
次は、サッカーよりも危険な目に遭った海外旅行の話になるかもしれません。
これからも、いつでも心に太陽を。

