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『おいしいごはんが食べられますように』を読んで考えた、「普通」の怖さ

この小説には、悪人はいません。でも読み終わったあとに、あなたはなんとも言えない息苦しさを感じるでしょう。
社会人であれば、「分かるなー」という共感と「こういう人うちの会社にもいるな」という感想も出てくるでしょう。
もしかしたら100年後の国語の教科書にはこの作品が載って、これが令和の社会人ですと紹介されているかもしれません。
それでは、まずはあらすじの紹介をします。

あらすじ

物語は、大きくも小さくもない会社のとある支店の話です。登場人物は主に三人。
一人目は言うことはズバっと発言する元チアリーダー部の女性社員押尾。観察眼にも優れており、考えていることが少し先を行っている。
二人目は、その先輩男性社員の二谷です。二谷は仕事をそつなくこなし人当たりもいいが、その胸のうちに秘める腹黒い思いもあります。この小説は、一人称目線で、二人の目線を行ったり来たりします。同じ会社なのに、考えていることや行動が違うのが面白い。
この押尾と二谷が二人で行った際に、押尾が二谷に放った衝撃的な一言から始まります。

二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか

彼らの職場には、芦川さんという少し年上の女性社員がいます。彼女は体調を崩しやすく、頻繁に早退や欠席を繰り返していました。発表会のある研修や先方への謝罪など、一般的に嫌だと言われる仕事も体調不良で欠席することが多い。当然その皺寄せは、歳の近い押尾や二谷にいきます。特に押尾は不満を抱えているわけですが、職場は案外とそういう空気にはなりません。
彼女は、休んで周囲に迷惑をかけた翌日には、手作りの美味しいお菓子を焼いて職場のみんなに配るのです。
支店長をはじめとする他の社員や契約社員のおばちゃん達は「芦川さんはか弱くていい子だから」と彼女を庇い、甘やかします。有能で真面目な押尾さんは、冷静に職場の状況を見ています。「仕事で評価されず、かわいそうな弱者を演じてお菓子を配る人間が評価される」という職場の理不尽なバグに耐えかねた押尾さんは、その状況を正そうと動きます。そして、一見して愛想の良いと思われる二谷であるが、実は内心思うところがあるのではないかと思い、一緒にいじわるしませんかと共犯を持ちかけるのだ。
この押尾からのいじわる提案に対し、二谷は曖昧な態度を示します。なぜなら二谷は裏で芦川さんと付き合っており、毎週金曜日には二谷の家で芦川さんが手料理を振る舞っている関係だったからです。
しかし、二谷は芦川さんが本当に好きなのか、という状態です。二谷は「食べることに対して、時間や胃袋が支配されるのが嫌だ。できることなら栄養だけが詰まったサプリメントでいい」という、食に関して病的な嫌悪感を抱えていました。芦川さんは逆です。おいしい食べ物や栄養のあるものに対して、普通の人より感度が高い。だからできるだけ手をかけて手作りの栄養のある食事を作り食べることに力を入れています。その芦川さんへの小さな反抗として、彼女が寝た後にカップ麺を食べるほどでした。
そういうわけで、二谷は、押尾の主張する「真面目に働く人が損をするのはおかしい」という論理的な主張に心の中では共感します。しかし同時に、芦川さんの善意と弱さ、この時代をハックした強さに抗うことの面倒くささにも気づいており、芦川さんやその他職場の人間の体制側につく、つまり芦川さんの彼氏というポジションに流される道を選んでいました。
このお菓子作りという行為が、日常化します。芦川さんは定期的に、手の込んだお菓子を作って職場に持ってくるようになります。そうすることにより、芦川さんはより職場に馴染んでいくのです。
二谷はというと、そもそもお菓子に興味がありません。さらに押尾さんの気持ちもわかるという立場。最初のほうは無理やりお菓子を食べていたが、途中から後で食べると言って、みんなが帰宅した後に、職場のゴミ箱の奥底に捨てるようになります。
それだけで済んでいたらよかったのですが、押尾さんがそれを見つけて、こっそりとそのゴミを芦川さんの席にバレないように置くようになります。そしてそれを見つけた別の社員が問題提起して、押尾さんの仕業だとバレてしまいます。押尾さんは職場に居づらくなり、退職。
最終的に二谷は、一人だけとなってしまうのです。

押尾さんはなぜあそこまでひどいことをしたのか

僕は、理不尽な社会に対する、彼女なりの正義の執行だったと考えます。周囲を冷静に観察し、自分の頭で考え、誰よりもまともに仕事をしている自分が評価されず、「頭痛がするから」と休んでお菓子を焼いてくれる人間がチヤホヤされる。この社会は、あるいはこの職場は、実力ではなく、かわいそうな弱者が勝つというバグを起こしています。真の勝者は、芦川さんである、と。単に芦川さんをいじめたかったわけではなく、この間違っている職場のルールを正常に戻したかったのだと思います。理不尽に耐えながら生きている人間が報われない社会への痛切なSOSと復讐劇です。理不尽を見逃すことができない押尾と思うことはあっても器用に生きている二谷の対比です。しかし誤魔化しながら生きる二谷は、別のところでツケを払っています。それが食事に対する価値観です。

なぜ二谷は食事を嫌っていたのか?

二谷にとって食事とは、人間関係の面倒くささや社会人はこうあるべきという同調圧力の象徴だったからと考えます。実際に、会社でもこうあるべきという像やプライベートでも孫が見たいなどという祖母からのメッセージが出てきます。きっとそういう煩わしさを常に感じていた。
食事には、美味しいねという共感や食事に関して、何を食べたいとかどこで食べたいとか思考を要する面倒くささが強制的に伴います。つまり、人間が生きる行為であると同時に、他人との関係や、自分の感情、価値観まで要求される行為でもあります。感情や思考が入り込む余地が大きすぎるのです。食事そのものというより、食事にまとわりつく「考えること全部」が嫌だった。もしかしたら日常で、二谷のキャパシティはオーバーしていたのかも。
だからこそ、カップ麺など、感情や思考が介在しないただの作業を好んだのだと思います。
人間関係についても、大学時代からの本を通じたLINEグループがあるのですが、毎回発言は見ているが決して発言はしない。関わりたいという気持ちに、めんどくさいという気持ちが勝ってしまう。自分としては分かる気がします。
二谷は決して幸せそうではありません。でも、一番今の社会を生きている人にも見えました。

芦川さんという人間

不器用にしか生きられない押尾と空気を読んで自分をすり減らしている二谷。芦川さんは、弱さとお菓子作りという善意を武器にして、悠々と生きている究極の要領の良さを持つ存在です。
押尾は真正面から向き合って、退職という敗北してしまいます。二谷は、迷う面から否定する勇気はないけど、せめてお菓子をこっそり捨てることでしか自我を保つことができなかったある意味ではホラーな結末です。
芦川さんには、悪気はありません。むしろ、一般的な感覚で言うとかなりの善人です。おそらくこれまでの人生経験からどう振る舞えば、自分がコミュニティの中で守られるを学習して、自然とそういう行動をしているように見えます。悪意がないからこそ、真っ向から非難することができず、結果的には制度をハックした最強の勝者となっているのです。
彼女の一人称目線を描かなかったのは、うまいなと言わざるを得ません。もし、彼女の内面が描かれたら、彼女が腹黒い女なのか純粋無垢な善人なのか読者に答えを与えてしまいます。僕は後者であると推測するわけですが、しかし視点を奪いブラックボックス化することにより、何を考えているかわからない不気味な存在として描いたのだと思います。

タイトルに込めた呪いと無自覚な共犯者たち

多くの方が、この『おいしいごはんが食べられますように』というタイトルからほっこりしたお話を想像したと思います。僕もそうでした。
しかし最後まで読むとこれが強烈な皮肉、あるいは呪いであることに気づきます。あとがきには祈りと書かれていましたが。
これは、芦川さんが二谷に向けて放つ純粋な愛情であると同時に、食を憎み、サプリメントで行きたいと願う二谷にとっては、「一生私の手料理から逃さないわよ」という無自覚な呪いの言葉にも聞こえてきます。
またこの話は、芦川さんを守ってくれる支店長や契約社員のおばちゃんがいるから成立します。彼らは仕事の成果(押尾の努力)よりも、自分たちを癒やしてくれる「わかりやすいケア(手作りお菓子や、か弱さ)」を無意識に評価してしまっています。実害、つまり仕事の引継ぎは、二谷や押尾がやっていたのもポイントかもしれません。
とにかく、芦川さん一人が悪いのではなく、「真面目な人間から搾取し、愛嬌のある人間を重用する日本の古い組織構造」そのものが真の悪役である、とも言えます。これも僕は分かるな、と思わず頷かずにはいられませんでした。

僕は押尾さんを自然と応援していました。が、と同時に行動ができない二谷に共感します。心の中に押尾さんは飼っていても、現実には動けません。大なり小なり社会には理不尽があって、守るべきものが各々にあって、だから「そんなもんだよなぁ」と諦めてします。二谷のように。
社会というのは、本来であれば、仕事ができるべき人が評価されるべきです。しかし現実はそうではない。実際は、人間関係だったり、運だったり、様々な要素があり、なんというか面倒くささがあります。押尾は、学生の描写が非常に多く出てきます。月並みな表現ですが、学生時代が抜けていないとも言えます。逆に二谷は学生時代のコミュニティとは中途半端に付き合っています。芦川さんは?描写はないですが、きっと同じように生きてきたのでしょう。しかしもしかしたら、この先で躓いてしまうのかも。二谷と芦川は、結婚したとしても幸せになれないだろうと予想します。

さていかがだったでしょうか?
きっと働いているあなたは共感できる箇所があったのでは?
きっと一人くらい、自分だと思える登場人物がいたのではないでしょうか。
「あなたは押尾、二谷、芦川、どの人物に一番共感しましたか? ぜひコメント欄で、皆さんの職場のリアルな理不尽体験も教えてください」


紹介した書籍

📚『おいしいごはんが食べられますように』(高瀬隼子)

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