芋出し画像

物差しが凶噚ず化す日

 人ずの距離の枬り方がわからない私は、今日もたた厩せない壁ず共に過ごしおいる。
近づいおも近づいおも届かなかった痛みず、
近づき過ぎお盞手も自分も壊しおしたった痛みずが、ずっず枊巻いおいる。

「立花たちばな垂圹所垂民課の釜神かたがみです。」
「ねえさっきっから防灜が“うわんうわん”いっおるんだけど 」
「申し蚳ありたせん。この埌、灜害時の攟送の蚓緎を行うこずに぀いおの予告を攟送しおおりたしお 」
「そう  い぀もね、䜕蚀っおるのかわからないの 防灜のための無線でしょ いざずいう時どうする぀もりなの それから  」

 受話噚を持ったたた肩をすくめたり、深々ず頭を䞋げたり、回線の向こうの垂民のご意芋を䞀心に受け止めおいる。
これが私の仕事である。
今は、防灜無線が䜕を蚀っおいるのかわからないずいうご意芋の察応䞭。
この電話をずる数秒前、私も䞀垂民ずしお党く同じこずを考えおいた。
なんなら、防灜無線が流れるたびに同じこずを思っおいる。
同意芋でありながら、同意芋の人間からお叱りの蚀葉をかけられおいる。

 防灜無線は防灜無線の方で、蚓緎の予告を発信しおいる。
考えおみれば、灜害ずいうものは予告もなしにやっおくる。
それに向けおの蚓緎にも関わらず、予告する。
頭ではわかっおいおも、以前から違和感を拭い去れずにいる。
月に䞀床の組織ぐるみの狌少幎、ずいう印象だ。
䞇が䞀、予告しおいた日時に本圓の灜害が起こったら䞀䜓どうなっおしたうのだろう。
思考は菓子をねだる駄々っ子の劂くごろごろず暎れおいる。

「いやヌヌ 本圓に、ごもっずもです あの、私もね、実は思っおたんですよ。䜕蚀っおるかわからないなあっお。」

 身䜓が䞀瞬、二センチほど宙に浮いた気がした。
隣の垭で同期の島さん、いや、矎空さんが受話噚に向かっお共感しおいる。

「そうなんです さっき同じ攟送私も聎いおたしたけど党然わかりたせんでしたから。ええ ねえ。わかりたせんよね ふふっ。」

 圌女も“䟋の予告”のご意芋察応に远われおいる。
ずは蚀え、圌女の口は“すみたせん”ずも“申し蚳ないです”の圢にも動かない。
深々ず頭を䞋げたりもしおいない。
なんなら、笑っおいる。
恐らく受話噚の向こうの垂民も笑っおいるのだろう。

「  おる ちょっず もしもヌし」
「しっ倱瀌したした。あの、私から防灜安党課に䌝えおおきたすので  」
「どうだか でもたあ、頌みたしたよ」

こちらは垂民の怒り、䞀向に収たらずである。

「で、あなた名前なんだったかしら カマ  」
「釜神かたがみです。」
「金網かなあみ」
「あ、えっず、倱瀌したした。釜飯の“釜”に神様の“神”でカマガミ  」
「ふ  カマ 釜神さん  ふふ  そう釜神さんね、わかった ふふふふふ  じゃあ、頌んだからね ちゃんず䌝えおくださいね ふヌふっふっ  」

 受話噚を眮いた垂民は恐らく今頃、腹を抱えお笑っおいるに違いない。
防灜無線ぞの怒りず、私の苗字の珍劙さずで頭を掻き乱されながら倧いに笑っおいるはずだ。

予告された灜害ず、わかりにくい苗字のこずで
重ね重ね詫びる自分がだいぶ滑皜で笑えおくる。
ずはいえ衚面に出おくる時には苊笑いずいう衚情にしかならない。

 苗字など蚘号に過ぎないずは思い぀぀も、嘲笑じみた笑いの察象になるのでできれば蚀いたくないのだ。
できるこずなら、“立花垂圹所垂民課 釜神玫織”ではなく、“立花垂圹所垂民課 立花玫織”のような圹名みたいなものが欲しいず垞日頃思っおいる。

「はヌい、倱瀌したヌす」

 少し遅れお、矎空さんも垂民からのご意芋察応を終えた。
私の方を芋お、少し舌を出しいたずらっ子のような顔をしおみせた。
キャスタヌ付きの怅子に座ったたた近づいおきお、
「ねえねえ、今日お昌パスタ行かない 奈々も誘っお䞉人で 新しいお店できたの」
ず蚀う。
もうそんな時間か、ず時蚈を芋るず短針が十䞀よりは頂点に近いが長針はただ八のずころにいる。
小声にした぀もりなのだろうが、垭䞉぀分先の課長がこちらを芋お笑っおいる。
笑いのツボが浅すぎる課長は、肩を揺らしながら資料の山を厩しおいる。
十代の女の子を“箞が転んでもおかしい幎頃”なんお蚀うけれど、課長は今、“資料の山が厩れおもおかしい幎頃”なのだろう。

 私は鞄の䞭のサンドむッチをカヌディガンで隠しながら冷蔵庫たで運んだ。
その途䞭、ふず
「谷本さん、今日パスタで倧䞈倫かな」ずいう考えが過ったが、電話が鳎っおいるこずに気付き、聞きそびれた。
自垭に戻った私はたた垂民の皆さたに珍劙な苗字を告げ、ご意芋に耳を傟け深々ず頭を䞋げるのである。

◇◇◇

「お前のくせに笑うな」
今でも忘れない、小孊校䞀幎生の四月。
入孊早々垰りの玄関でクラスの女の子にそう蚀われた。

 私は芚えたおの、アニメのキャラクタヌの数え歌を歌っおいた。
その独特のリズムがずおも心地よくお、面癜くお、぀い口づさみたくなったのだ。
実は圓時、私はそのアニメを芳たこずがなかった。
子どもが100人いたら、そのうち98人は知っおいるず蚀えるほど人気のアニメ。
恐らく䞀般的な家庭よりアニメに割く時が少なかった。
それもあっお、流行に疎かった私はクラスメむトたちが歌うのを教宀の片隅で聎いお芚えたのだった。

 呚囲に誰もいないこずを確認しお、芚えたおの数え歌をこっそり歌っおみた。
なんだかうれしくなっお、芚えた郚分だけを䜕床も繰り返しながら䞊履きを脱ぐ。
䞋駄箱から靎を出そうずした時に、埌ろから飛んできたのがこの蚀葉だった。
たるで、背䞭を思いきり蹎られ、階段の䞋に転げ萜ちおいくような痛みを芚えた。
「  ごめん、なさい  」
私は歌うこずをやめ、どうやら無意識に浮かべおいたであろう笑みも顔から足元ぞ転げ萜ちおいた。

 この時から、笑うこずが苊手になった。

 クラスではすでに、仲良しグルヌプの前身のようなものが生たれ぀぀あった。
背が高く、䞊の孊幎に兄匟姉効のいる子が茪の䞭心の片鱗を芋せる。
倧人瀟䌚で蚀えば、コネがある人がのし䞊がっおいくずいった構図だ。
その䞊容姿端麗、コミュニケヌション胜力高め、そういう“ハむスペック”な人間が統率者ずなるのだ。

 背も䜎く、䞀人っ子、か぀匕っ蟌み思案の私は必然的に“その他倧勢”に属すこずになる。
それに、同じ保育園から䞀緒の小孊校に䞊がったのは私ずもう䞀人の男の子だけ。
加えお、小孊校入孊ず同時に母が仕事を蟞めたものだから孊童保育に通うこずもなかった。
所属コミュニティが極端に少なく、コネは皆無ず蚀っおも過蚀ではない。
完党に出遅れたわけだ。
正確に蚀えば、その他倧勢の䞭でも“いるけどいない”ずいったポゞションである。
よっお、どこにも属さぬ宙ぶらりんの状態で過ごすこずずなる。

 䞀人っ子だからか、生たれ持った性栌か、
䞀人でいるこず自䜓は党く苊痛ではない。
むしろ䞀人で絵を描いたり、本を読んだりする時間が奜きだ。
ずは蚀え、圓時は“䞀人でいるこず”がよしずされないムヌドがあった。

 䟋えば、皆で連れ立っお行くトむレ。
授業ず授業の間の五分䌑憩、
「䞀緒トむレ行こヌ」コヌルがあちこちで䞊がる。
いわゆる連れションで、いかに倚くの子を匕き連れおいるかが暩嚁の象城ずなっおいた。
暩嚁を振りかざす偎になれない子は、より高い暩嚁を持぀子の取り巻きになるこずで自身の地䜍を確立するこずに必死だ。

 そしお、トむレでは個宀の䞭ず倖ずで誰かしらの悪口が行ったり来たりしおいた。
耳を塞ぎたくなるような蚀葉が飛び亀い、涙を流しながら個宀から出おくる子もいる。

「釜神さんっお、䜕考えおるのかわからなくお怖いよね。」
「党然笑わないし。」
「おいうかいるのかいないのかわかんない」
「いおもいなくおもよくない」
「いなくおいいよ 怖いもん」

 私のくせに笑っおはいけない、そう信じお笑顔を封印しおきた。
それが今床は笑わないこずを咎められる。

 この時から、愛想笑いが䞊手くなっおいった。

 甚を足したい人より、甚のない人で溢れかえるトむレ。
誰が䞊んでいお誰が䞊んでいないのかを刀別するこずも、たた聞きたくもない悪口が降っおくるずいう二重苊を味わいたくなくお入孊早々膀胱炎になった。

 おかげで、垂圹所のトむレに行列ができおいたり、
旅先のSAサヌビス゚リアのトむレの長蛇の列に䞊んだ時、
「この䞭で本圓にトむレに甚があるのはこの䞭の䜕人ほどだろう。」
ず考えおしたう。

 私ずしおは、クラスメむトはクラスメむトであっおそれ以䞊でもそれ以䞋でもない。
同じ教宀にいるからずいっおそれは果たしお“友だち”ず呌べるのか、甚だ疑問であった。
おおよそ六歳の子どもがここたで考えるのか、倚くの倧人にずっおは疑問だったのだろう。
芪であっおも理解するこずはできなかったのだから。

 その蚌拠に、父はたたに顔を合わせたかず思えば
「友だちはできたか」
「本を読んでばかりじゃ䞀人になるぞ。」
「同じクラスの子はみんな友だちなんだから  」
こんなこずばかり蚀うのだ。
 倧人になった今では、自分の子どもが孀立しお悲しい思いをしおいるのではないかず心配する芪心だったのだろうず考えられはする。
ただし、合点はいっおいない。

 䌑み時間のたびに倧盛況だったトむレは父が蚀うずころの“みんな友だち”の匊害である。

 存圚こそ地味であったが、率先しお小孊生特有の䞋品なからかいの察象になりにいくような珍しい苗字のせいで悪目立ちしおいた。
「オカマなの 女なのに」
だの
「神様だったらみんなの願い叶えおみろよ」
なんおいうのは日垞茶飯だった。

考えおみるず保育園の頃を陀けば、倧人になるたで䞡芪や芪戚以倖から「しおり」ずいう名前で呌ばれた蚘憶がほずんどない。
 呚りの子たちが䞋の名前に「ちゃん」を぀けお呌び合うのが、少し矚たしかった。
散々䞀人で結構、ずいった空気を醞し出し、孀高の狌のふりをしおいたが実は疎倖感を感じおいた。
自分だけ苗字に「さん」づけで、よそよそしくお。

 私が「しおりちゃん」ず呌ばれなかったのは、同じクラスの鈎朚栞しおりの存圚が倧きかったず思う。
“鈎朚”ずいうスタンダヌドな苗字に、明るい性栌、アヌモンドアむに、ほんの少し茶色がかった髪をポニヌテヌルにたずめおいる。
こちらの“しおり”はみんなの人気者だ。
い぀も茪の真ん䞭にいお、「しおりちゃん」ず呌ばれおいた。
それでいお、圌女だけは私を芋攟すこずはなかった。
私がどれだけクラスメむトたちから無芖されおいおも。

「ねえねえ、䜕描いおるの 芋おもいい」
「この間読んでた本、真䌌しお借りちゃった 䞻人公がさ  」

 圌女は、あれこれ私に話しかけおくれた。
あたり人ず話すこずが埗意ではない私も、圌女ずは話すこずができた。
䞊手く返事ができなくおも、にこにこず埮笑んでいおくれた。
蚀葉が出おこない時には、
「もしかしお、この虹の先にはリボンでできたお城がある  ずか」
のように蚀葉にしおくれた。

 たるで超胜力者みたいに、私の心の䞭を読み取っおいく。
ただ、䞍思議なこずに互いに名前を呌び合ったこずがない。
それこそ䌚話の始たりは、「ねえ」ずか「あのさ」だった。

 そんな日々を1幎以䞊続けおきたある日、圌女が手玙を枡しおくれた。
実は憧れおいた、可愛らしいメモ玙を折り、䞭倮にキラキラのペンで「Dear●●」ず曞かれたあの手玙だ。

衚には、Dearしおり
裏面の右䞋には、fromしおり
ず曞かれおいる。

 いわゆる䞞っこい文字やギャル文字ではない。
習字を習う圌女の曞く字は、囜語の教科曞のお手本のように敎っおいる。
その敎った文字がキラキラず茝いおいるのがどうきも面癜い。

 手玙をもらった嬉しさず盞たっお笑顔が溢れた。
はっずしお反射的にその笑顔を消す。
キョロキョロず蟺りを芋回す。
笑顔になったこずが呚囲に知られおいないか確認せずにはいられないのだ。

 机の䞋、腿の䞊でコ゜コ゜ず手玙を開いおみる。

「今床からおたがいのこずシオっおよばない うちらだけのよび方 どおかな いい ダメ お返事たっおるよ→」

 もちろん、いいに決たっおいる。
お手本のように綺麗な字のせいで、ギャルになりきれおいないシオが少しおかしくお、ほんの少し笑っおしたう。
それでもそのキラキラ茝く文字の䞀぀䞀぀が、私を持っお曞いおくれたものだず䌝わっおきお぀い、指で撫でおしたった。

 あいにく私は可愛らしいメモ玙もキラキラのペンも持っおいない。
自由垳を慎重にちぎり、色鉛筆でシオが奜きな黄色い犬のキャラクタヌを描いた。
その少し䞍恰奜なメモ玙もどきに返事を曞き付ける。

「もちろんだよよろしくね→シオ」

 曞き終えおから、メモ玙を手玙に倉える折り方を知らないこずに気付く。
圌女が枡しおくれた手玙の折り目をたどり、同じ圢にたたんでいく。
だいぶ苊戊した。
そしお、やっずの思いで折り䞊げた。
圌女がしたように、
衚には、Dearしおり
裏面の右䞋には、fromしおり
ず曞いた。

 クラスでは空気同然の私が人気者の「しおりちゃん」に手玙を枡すのを芋られおはならない。
だから、私は圌女の垭の暪を通り過ぎるタむミングでスッず差し出した。
䞀か八かだった。
気づかれなければそれたでだったけれど、圌女は勘づいおくれおいた。

 シオの方を小さく振り返っおみるず自分の右目の䞋ず、私の方を亀互に指差しおいる。
この時は意味がわからなかったけれどトむレの埌手を掗っおいる時にようやくその意味がわかった。
遠目から芋おもわかるくらい、右目の䞋がキラキラしおいる。
「あ  」
思わず声が挏れた。
嬉しい誀算ずしお、その日はそのたた過ごすこずにした。

 こうしお私たちは互いを“シオ”ず呌ぶようになった。
クラスメむトは盞倉わらず私を「釜神さん」ず呌ぶけれど、空気扱いではなくなっおいった。

 シオから手玙をもらった日、私は嬉しくお嬉しくお䟋の呪いの蚀葉・・・・・のこずもすっかり忘れお錻歌混じりにスキップしながら家に垰った。
玄関の扉が開いた瞬間、「ただいた」よりも先に
「お母さん 今日ね、クラスのしおりちゃんから手玙もらったの」ずいう蚀葉が飛び出しおきた。
自分でも驚くほど、蚀葉が溢れおくる。

 ひずしきり、話すず母は
「そっか、よかったね。」
ず笑顔だったが、その芖線は私ずは党く別の方ぞ向いおいた。
「  ごめん、なさい  」
返事はなかった。

 お互いをシオず呌び合うようになった日を境に私は少しず぀クラスに銎染み始めた。
それは玛れもなく、シオのおかげだった。

 䜓育の授業のドッゞボヌル。
「シオヌ いけヌ」
シオは自分がキャッチしたボヌルを私にパスしおくれた。
初めおドッゞボヌルでボヌルを投げるずいう経隓をした。
ビギナヌズラックだろうか、盞手チヌムの匷いクラスメむトが私の球を取れずアりトずなった。

 前たでなら私䞀人狙い、至近距離から匷いボヌルをわざず顔に圓おられお泣くずころたでがワンセットだった。
「顔面セヌフ」
そのルヌルのおかげで私は倖野ずしお避難するこずも蚱されず、䜕床も䜕床も顔でボヌルを受け止めおきた。

「釜神さんの埌ろにいれば圓たらない。」
なんお私を盟にしおいた子達も今では、
「しヌちゃん危ない逃げお」
「こっちこっち」
ず守っおくれる。
䟋のビギナヌズラックのせいか、男子からも䞀目眮かれるようになった。
「しヌちゃん、投げおよ」
こんな䟝頌たでされるようになっおいた。

 䞀方で、私を“しヌちゃん”ず呌ぶ人が増えるたび、
シオず呌び合う回数は枛っおいった。
二人でこっそり屋䞊手前の階段で魔法少女のごっこ遊びをするこずもなくなっおいった。

気づけばクラスの半数以䞊が私のこずを“しヌちゃん”ず呌ぶようになっおいた。
この頃から、シオの様子が倉わっおきた。

「ねえ、シオ  」
「  䜕」
目が合わない。
「今日䞀緒に  」
「ごめん、無理。」
明らかに私を拒絶するようになった。

 そしお぀いに、その日はやっおきた。
颚邪気味で、錻をかんだ私はごみ箱の前で固たった。
2幎前、私が自由垳で䜜ったメモ玙もどきでシオに送った手玙がビリビリに砎かれお捚おおある。
あの䞍恰奜な黄色い犬のキャラクタヌの片目が私の方を芋぀めおいる。
䞍思議なもので、感情がある䞀定の郚分を超えるず涙すら出ないずいうこずを知った。
「  ごめん、なさい  」
再び、呪いの蚀葉が私の䞭に戻っおきたのだった。

 小孊五幎生の秋の出来事だった。
クラスメむトが開け攟った窓からは金朚犀の花が芋えたけれど、匂いは党くわからなかった。

 この日、私はたた「釜神さん」ずいう空気に戻った。
浅はかな自分を悔いた。
異質なものずしお排陀され続けた私は、倚くの人に受け入れられるずいう経隓をしおどうやら浮かれ過ぎおいたようだ。
圌女は私の“寂しさ”に気づいおくれおいた。
それなのに、私は  

 垰り道、道に萜ちおいた金朚犀の花を集めた。
淡い橙色のそれは、小さくお、砂のようだった。
手に乗せおも、颚が吹くず飛ばされおしたう。
六時間目の終わり、秋の䞉時過ぎの空はもう倕方にもたれかかり始めおいる。
西の倪陜の眩しさに现めた目から涙が溺れ萜ちた。
たるで長雚のように、ずめどなく溢れ続けた。

 その日から私は他人を䞋の名前で呌ぶこずをやめた。
自分自身を守るために。

 自分が苗字で呌ばれおいた時、人ずの間に途方もない距離を感じ寂しく思っおいた。
けれどそれはある意味で心を守る手立おでもあるず知った。
螏み蟌み過ぎお、傷぀くくらいなら初めから觊れ合わなければいい。
それず同時に、誰かを傷぀けおしたう私は隙間のない箱の䞭にいなければならないず感じおいた。

 だから私は、もう四幎も䞀緒にいる同期のこずすら「さん」を぀けお呌んでいる。
もう二床ず、傷぀きたくなかった。
もう二床ず、傷぀けたくなかった。

「  玫織しおり」
「しヌおヌりヌ」
「え」
「もヌ、玫織も奈々もがヌっずしちゃっおさ どうたの」
私のフォヌクの先端は巻き぀け過ぎたパスタでゎロンゎロンになっおいる。

谷本さんも私も、心ここに圚らずで矎空さんの話を聞いおいなかったのだ。

その埌も私たち二人は、矎空さんの蚀うようにがヌっずし続けおいた。

 垂圹所に戻る道すがら、足元のほんの少し赀く色づいた葉を螏み぀぀、
「矎空」「奈々」ず呌び合う二人を十歩くらい埌ろから眺めおいた。
その二人の関係性が矚たしくもあり、怖くもあった。
あの呪いの蚀葉が぀きたずっお離れないから。

 矎空さんのスマヌトフォンが鳎る。
「ええ、はい。え 急いで戻りたす」
そう蚀っお電話を切るず、矎空さんは
「䞀足お先に」ず、萜ち葉の䞊を走っおいった。
半分色づいた玅葉の葉がパンプスの裏に貌り付いおいた。

 谷本さんず二人になった私は、途端に居心地の悪さを感じた。
おそらく、谷本さんも今同じ気持ちだず思う。
先皋振り向いお向けおくれた笑顔が少し、困っおいた。

 人の顔色を䌺う癖が私ずよく䌌おいる。
違うずころずいえば、すぐに他人の心を読み取っお自分の手札を匕っ蟌めるずころ。
そしお、盞手が有利になるように動くずころ。

 私は最近、䞉人でいる時に谷本さんが芋せる寂しげな暪顔を芋お芋ぬふりをしおいる。
だから、今この二人でいる状況がずお぀もなく苊しい。

 歩幅を狭めた圌女に私は远い぀いおしたった。
少し、間があっおから谷本さんがすぅっず息を吞い蟌むのがわかった。

「ねえ、玫織。聞いおも  いいかな」
「  䜕」
「矎空のこず、前たで“島さん”っお呌んでたじゃない急に䞋の名前で呌ぶようになったの、䜕でかなっお。」

やはりそうだ。
私は谷本さんを傷぀けおいた。
自分を守りたくお、それず同時に自分以倖も守りたくお築き䞊げおきた壁が圌女を苊しめおいた。

「  ごめん、なさい  」

぀い、昔を思い出しおしたう。
だめだず思いながらも涙ががろがろず出おくる。

「ごめん ごめん、玫織」

 谷本さんの心の奥底に沈んでいる、本圓に蚀いたいこずがわかっおしたうから䜙分に痛いのだ。
でもそれを蚀っおしたったら私を困惑させるのではないかず気を遣っおくれおいる。
同時に“子どもっぜい”ず思われたくないずいう圌女の自己保身たで芋えおくる。

「  “島さん”じゃなくなったでしょ、圌女。」

これが粟䞀杯だった。
私が導き出した最適解か぀事実でもある。

矎空さんは最近結婚しお、苗字が倉わった。

「“島さん”じゃなくなった人のこずをい぀たでも“島さん”っお呌ぶのも気持ち悪くお。新しい苗字だっおたた倉わるかもしれないっお  あ、矎空さんには内緒ね。新婚だし  」

䜙蚈な蚀葉も添えお、泣いおしたったこずを垳消しにしようずする。

「ごめん玫織。あのね  」

「うん。」

私は立ち止たっお、圌女の方を向き盎した。
怖いけれど、真っ盎ぐにその目を芋る。
するず、圌女の方も私の目をしっかりず捉えおいる。

「寂しかった  んだよね。あ。ごめんね、こんなこず。」

圌女の心の底に沈む、私がひたすらに芋ないようにしおきた思い、きっず隠し通すのだろうず思っおいた蚀葉が圌女の口から溢れ出す。

「私、気付かないうちに玫織に䜕かしちゃったかなっおさ。」
「違うのそれは  」

圌女は正盎に話しおくれた。
有刺鉄線を倖すように、私は蚀葉を絞り出す。

「私、深く人ず関わらないようにしおたんだ。裏切られた時、傷぀きたくないから。苗字で呌んでたのは、私なりの予防線  」

ここたで蚀っおみお、違和感を芚える。
谷本さんが悲しそうな目をしおいる。

「あの、その  前にその、䞋の名前  “奈萜の底の奈”っお  だから、名前、あんたり奜きじゃないのかなっお  」

少し間があっお、谷本さんが笑い始めた。

「  ははは やだそれ聎いおたの それかなり前じゃない」
「䞉ヶ月前の防灜無線の日  」
「あの時さ、案の定来たんだよ。防灜無線が䜕蚀っおんのかわかんねヌよヌっお電話」

谷本さんは耳の暪で䞡手をパタパタ動かしながら、䞊匊の月のような目の圢を䜜っおいる。

「それで、フルネヌム聞かれたの 玫織もあるでしょ 責任の所圚だかなんだか知らないけど聞き出しおくるパタヌンの。あれ」

こんなに熱くなっおいる圌女を芋るのは初めおで、少し困惑する。

「なんか私のあの時むラッずしちゃっお。なんかこう盞手に“申し蚳なかった”っお思わせたくお。」

こちらが盞槌を挟む䜙裕もないくらい、怒涛の劂く話は続く。

「奈々の“奈”は  奈萜の底の  “奈”  です  」

途端に恚めしそうな声で、今床は䞡手を胞の前でよくあるお化けのむラストのように垂らしおいる。

「ずか蚀ったらちょっずは向こうも“あ、蚀いすぎたな”なんお思っおくれるかなっお期埅したんだよね。」

あっけらかんずしおいる。
あっけにずられおいるず、防灜無線から䜕か音が流れ始めた。

うわんうわんずいう音に包たれる圌女ず私。

鳎り響いた防灜無線の埌、私たちは笑い合っおいた。

秋の冷たい颚が、ふんわりず金朚犀の銙りを運んでくる。
䞊んで歩く私たちの䞊では、少しず぀銀杏の葉が色を倉え始めおいた。

(9320文字)


↑
「二子玉川」シリヌズ1䜜目。
䞻人公が映画を䜿っお同期たちに埩讐する話。

↑
「二子玉川」シリヌズ2䜜目。
1䜜目に登堎した人物が登堎する。
身を焊がすような恋をしたこずがない奎が描く、気持ち悪い恋愛小説がテヌマ。

いいなず思ったら応揎しよう

よもぎ よもぎちゃヌん はヌい 䜕が奜き ポテトチップスよりも お・ぬ・し

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