月の痕──『水辺のつつじ』ep.64
彼女の瞳孔の中で僕はただ、じっとしていた。
眼を閉じなかったのはなぜだろう。
その答えを探すこともなくただ本当に、じっとしていた。
「もう、なんか言ってよ!」
彼女の額が、僕の胸を打った。
鳩尾より、ほんの少し上あたり。
僕はいつの間にか自由になっていた右手で彼女の背に触れた。
触れた指の関節が軋む音を、聴いた気がする。
僕たちは互いの表情も知らないまま、自分の感情の中に沈み、呼吸を繰り返した。
繰り返して、繰り返して、彼女はようやく顔を上げた。
僕は思わずその額に触れた。
「なに?」
「おでこ。」
彼女は僕の手をどけた。
手持ち無沙汰になった僕の右手は無意識に、彼女のいた場所に触れている。
そこにはまだ熱が残されていた。
僕たちは言葉を交わすでも、触れ合うでもなく、なんとなしに再び歩き始めている。
今度はもう、遅れることなく隣り合って。
最後に見た時にはまだ葉を残していた角地の薔薇も、今はもう棘と蔓だけになっていた。
薔薇を目印に右へ曲がる。
道はまだ続く。
けれど、僕たちにとっては最後の角だった。
「瑞樹君。」
「ん?」
袋の中でクッキーは見事に砕けていた。
彼女は「ごめん」と言ったけれど、僕は思う。
こっちの方が分けやすくていい、と。
そして彼女と僕は顔を見合わせ、どちらからとなく笑いあった。
砕けたクッキーをひとかけらずつ、摘んだ。
月と同じ色をした雲が、藍色の空を漂っている。
時の流れる速度感覚を鈍らせるかのように。
街の音は遠い。
ただ、隣で繰り返される呼吸の音だけを聴いていた。
↑
大正時代の下宿にて。
上原朔也、児童文学に目覚める。
↑
白石よ、お前は天使なのか?
悪魔なのか?
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ゆきお様・解説
全く私は解説に頼りきってしまって……
いつもありがとうございます。
というわけでですね、この章はいずれ改稿します。
あのあれです。
改稿というかもともとの原稿から削除した描写を復帰させる形です。
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ポテトチップスよりも
お・ぬ・し